みつきのお留守の日々
視点変換・みつき
時間軸はみつきの午後の続き
カミユくんが持ってきてくれたバーガーをありがたく食べた。
オマケで買ってくれた三角チョコパイは半分に切って、カミユくんとワケッコした。
お腹いっぱいになったところで、携帯にメッセージが入る。
病院の売店で私のクッキーの販売を手伝ってくれる仲の良い売り子さん達からだ。
『完売しました』
『売上金は売店の金庫にてお預かり中』
『例のアレはまだウロウロしているみたい』
『まだこっちに来ちゃだめよ、みつきちゃん』
『私たちに任せておいてくれたらいいからね!!』
ありがたくって、感謝の念が止まらない。
みんなに一人ずつお礼と、明日もよろしくお願いしますと言葉を書いて送った。
そしてまた、みんなからそれぞれ「任せて」と言葉やスタンプが返ってくる。
私は、結局は自分で作ったものを自分で直接お店に立って販売することはできない。
買いに来る者の中には、α性である者たちも多くいる。
それは当たり前のことだ。
いくらうなじを守る防御用の服を着て、防御チョーカーを四六時中着けていたとしても、不用意に不特定多数のαと対峙するようなことは避けなければいけない。
いや、避けたい。
そして、避けていたとしてもどうしても……。
「みつきサン、このあとの予定はどうするの?」
カミユくんの声で、ハッとなった。
「あ……、明日の分のクッキーを作る予定です。午後はそれで全部埋まってるの」
「そっか。俺、明日は制服の試着があるけど、今日と明日の午後はまるまる予定が空いてるんだよね。みつきサンとなにか遊べたらって思ったんだけど」
突拍子もないお誘いに目が丸くなった。
正直、中学生の男の子と一緒に遊ぶ、なんてなにをしていいのか考えつかない。
そもそも、私は同じように学生と呼ばれる年代の友達と、そこまで親しく面と向かって遊んだ経験が少ないから、なにをしていいのか分からない。
同じΩの同年代の友達と遊ぶことはほぼ年にたった一回の大きなイベントだ。
今年は大きなプールに行った。
去年は海へ。
その前の年は、豪華ホテルを借り切ってのケーキバイキング。
そんなふうに、みんなでなにがしたいか案を出し合って決めた。
そしてそれは、国家レベルでの厳重警戒の下で行われる、秘匿されたイベントなのだ。
来年もまた、みんなに会えるかどうかなんて分からない。
番を得たらその都度環境も変わる、Ωの境遇。
番を持たないΩの体調はやはり不安定。
確実性などなく、「また来年」と友達と約束をする。
あとは住む場所があまりにも違うから、オンライン授業や、メッセージアプリの中で交流するだけ。
それでも、同じ境遇の、同じ立場の、同じΩが友人として存在していることは、それぞれにそれなりの心の拠り所として、いい影響を与え合っているはずだ。
Ωは、奇妙な存在だ。
β性の人種から見たら、あまりにも不可解な生き物かもしれない。
番その人一人さえ側にいてくれるならば、世界が完成してしまうと言えてしまうほどに歪な生き物。
それがΩ。
私も、同じ。
でも、優しい周りの人たちが、それで放っておいてくれなかったから、私はこうして一見まともな常識を持った人間として、生きていられる。
「カミユくんと遊ぶ、遊ぶ……? ゲームはいくつか持ってるよ? 友達とオンライン対戦するために。でも、上手くはないよ?」
「マジで?! なんのゲーム持ってる?」
「ええっと……」
リビングのテレビ台の下にまとめて片付けてあるゲーム機のソフトパッケージを目で追っていると、カミユくんはものすごい勢いで部屋へ駆け込んでいって、またものすごい勢いで戻ってきた。
その手には、私も持っているのと同じ見覚えのあるゲーム機本体。
お互い目が合うと、勝手に楽しげな笑みが浮かんだ。
夜
もう夜。
明日の分のクッキーはちゃんと作り終えて、準備も終えた。
カミユくんはあれから「この国の治安の良さを信用して周辺探索に行ってくる。一人で!! ルティには内緒だぜ?!」と言って、午後の時間を研究センター周辺の地理把握、お店把握なんかに費やしていた。
途中でスーパーを見つけて、お菓子コーナーを見つけて「オレは天国に来てしまったのかもしれない」などというコメント付きの写真を送って来てくれた。
「ついでに卵を買ってきてください」そんなおつかいを頼むと、カミユくんは嬉々として袋いっぱいのお菓子と卵を一パック買って帰ってきてくれた。
夜ご飯は卵たっぷりの親子丼になりました。(秋露おじさんにも作って届けました。)
楽しかった夕飯のあと、ほんの少し一緒にやるゲームソフトのオススメ品評会をして、今日は就寝時間を迎えた。
今まで、淡々と一日一日を過ごしていた。
それがなんだか、今は少し浮き足立っているような気配。
楽しくて、夢のよう。
そう感じるのに、……私はやっぱり足りないと思っている。
気配がない。
明確に心にのしかかる寂しさ。
つい数日前には居なかった人なのに。
たった数日、仕事で行ってしまっただけなのに。
きっとカミユくんがいなければ、彼が帰ってこないんじゃないかとまで、私は簡単に想像しただろう。
片付け終わったキッチンを、ぼんやりと眺め見る。
私は、今までの日常を変えていいんだろうか?
変えるべきなんだろうか?
夕食の親子丼のお弁当を秋露おじさんに届けたときに相談してみたら、「みつきの思うようにしなさい。大丈夫だよ」と、優しく後押ししてくれた。
……だって、そんな自由があるならば、私だって選びたい。
自分の身は自分で守らなきゃいけない。
最低限の無駄なあがきの防衛策。
怖くて怖くて、ずっと切れなかった。
怯えていた分、長く伸びた重い髪の毛。
番の存在を知った。
彼が側にいる日々がやってきた。
もしもなにかがあったら助けてもらおう、なんて甘い考えを抱いていないつもりで、心の片隅では期待している浅ましい自分がいることも分かっている。
だけど、だけど。
「好きにさせてくれ」と叫んだ彼の言葉は、そのまま私の言葉だった。
何度だって、いつだって、ほんとはそう思っていた。
携帯を手に取る。
少ない登録アドレスの中から、履歴をたどって選んだ電話番号。
コール音が静かに繰り返したあと、いつも元気な彼は電話に出てくれた。
「こんばんは、シンさん。水実みつきです。急で大変申し訳ないのですが、……髪を切っていただけますか?」
そう頼むと、シン店主は快諾してくれた。
急な頼みだったから、それなりに早い時間に研究センターに来てくれることになったけれど、そのおかげもあって、昼前に学会へ出かけていく秋露おじさんに切ったばかりの髪をたっぷり持たせて出発させることができそうだった。
一仕事やり遂げた満足感で、ベッドに入った。
……それから、ずっと眠れない。
ごろりと寝返りを打つ。
こういう夜は、幾度となくあった。
そしてきっと、また幾度も来るんだろう。
さっきからずっと、じっと、私の目は暗闇の中のクローゼットの奥を見つめたままだった。
そこになにが仕舞ってあるのか、自分が大事に片付けたのだから、分からないはずがない。
起き出して、クローゼットに向かったのは無意識だった。
だけど、それを手にしてベッドに戻ってきたときには自分の情けなさに気づいて、諦めて、私は自覚した。
もう思い知っている。
たった一回、袖を通しただけのサイズの合わないシャツに、いったいどれだけ彼の匂いが染み付いているというのだろうか?
それでも、……それでも。
シャツに顔を埋めて、目を閉じる。
私の運命の番。
『……、……ヴァルティエル……』
心の中で彼の名を呼んで、ほんの少し香る彼の匂いに安心して、私は眠りに落ちていった。
みつき
カミユ




