褒めることに必要なのは努力じゃない
大失敗
カミユは歯を磨くと、さっさと寝に行くと自室へ引っ込んでしまった。これ以上付き合いきれないとでも言いたげに。
実際、もうそんな遅い時間ではある。
俺は綺麗に食べきった夕食の皿を洗って、みつきが風呂から上がってくるのを待っていた。
キッチンから出ず、流し台に気だるい身体をもたせかけてため息を吐く。
みつきはいつも長湯だから、まだほんの少しだけの余裕があるはずだと思って、上手く働いていない思考を必死で回転させていたのに、今日に限って彼女はさっさと風呂から上がってきた。
風呂上がり、鼻歌を歌いそうなご機嫌さでリビングにやってきたみつきは、俺がキッチンにいることに気づいてほんの少し驚いたようだった。
俺も、驚きを隠せない。
驚き合った視線が、長く、もしかしたら短かったのかもしれない時間の間、交わった。
なんでこんなにいつもと違って早く上がってきたんだ? と考えて、すぐに答えに行き着く。
髪の長さのせいだ。
自分も切実に感じたけれど、髪が長いと洗髪とドライヤーにかかる時間が二倍三倍違う。
みつきの髪の長さなら、俺の比じゃなかったはずだ。
それが肩までの長さに変わって、時間がずいぶん短縮されて、早く上がってきた。
少し考えれば分かることだった。
そして、余裕があると思い込んでいたのにまったくなくて、今すぐにでも言葉を交わさなければいけないという状況に追い込まれた自分の頭の中は真っ白。
風呂上がりのみつきのパジャマ姿にも、さらに思考は奪われる。
元気に肩の上で外ハネしていた髪先もふんわりとしていて、洗って乾かしたばかりのつやが艶かしい。
これ以上、見ていてはいけない。
そう思って、慌てて目を逸らした。
……、……あれ?
俺が髪を切ってすぐ、こうしてわざわざ目を逸らす動作は、みつきもやっていたことじゃないか?
「ヴァルティさんもお風呂どうぞ。お仕事でお疲れでしょうから、今日は早めにお休みになったほうがいいかもですね。おやすみなさい」
キッチンに寄ろうともしないで、風呂上がりの水分を摂ろうともしないで、みつきはさっさと自分の部屋に向かっていこうとする。
「みつき…っ、その…っ、……っ、……飯、ありがとう、美味かった」
必死に、彼女をこの場に引き止めるために選んだ言葉はやっぱり礼だった。
ピタリとみつきの足が止まって、わずかに振り返る。
ほんの少し照れて、でも唇を尖らせて、物言いたげな眼差しで俺を見る。
「お口に合ったなら良かったです」
「ああ、いつも美味いと思ってる。仕事で高い飯を食べさせてもらったけれど、……やっぱり毎回、みつきの飯が食いたいなと思っていたから」
くるりとこちらへ向き直ったみつきの、可愛らしい耳の先まで赤い。彼女自身、まだ慣れない髪型のせいで、耳に髪をかけていたから一目瞭然というやつだった。
「そんなの絶対に言い過ぎです。おだててもなにも出てきません。私だって高いご飯なら食べてみたいし、……、……お土産、たくさんありがとうございます。いろんなお料理に使います」
「遠慮なく使ってくれ。土産をくれた企業のコーディネーターたちも喜ぶと思う」
今、食卓に並ぶ、お土産にもらったものは、最高ランクの果物を贅沢に使った干し果物・桃ぶどうなど。牡蠣のアヒージョなどの缶詰。牧場の豪華ハム極上セット。うなぎパイVIP。国産牛肉のスモーク、燻製ジャーキー(カミユに半分は食べられてしまった)。最高級七味。老舗のお漬物セット。国産最上級ウイスキー、一口サイズ瓶。国産最上級ワイン、貴腐ワイン一口サイズ。きびだんご。
今はまだ、食卓の上にみつきが並べたままの状態だった。
思い出したように、常温保存可ではあるが冷蔵保存が必要そうなものを、みつきは冷蔵庫の中に仕舞った。
今さっきよりも、みつきとの距離は近くなった。
だから、今しかないと思い切り、勢いをつけて告げた。
「髪、よく似合ってるよ」
もっとよく考えて、気の利いたことを言うつもりだった。
でも考える時間もなくて、どうにか絞り出した精一杯はそれだけだった。
みつきはすぐには反応を見せず、ただ静かに俺から距離を取る。
そして。
「お世辞でも嬉しいです。おやすみなさい」
表情一つ変えずにそう答えて、俺の返事も待たずに自室へと去っていってしまった。
パタン、とみつきの部屋のドアが閉まる音が確かに聞こえて、俺はその場にしゃがみ込んだ。
「お世辞ってなんだよ……」
もう、みつきはこの話題のことで、俺からの言葉を受け入れてくれる気はないのだと、ありありと分かってしまう。
女の子の心理なんて理解できない。
それは宇宙理論でも紐解く以上に難しいに決まっている。
ただ、明確に言えることは、……俺は失敗した。
彼女の機嫌を大きく損ねてしまったことだけは、確かだった。
ヴァルティ
みつき




