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ここは世界で一番空に近い檻 ディストピア一歩手前のオメガバースの世界で運命の番が幸せになるまで  作者: 庭師K炎


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降り積もる違和感

そして、思ってしまった

 ここ数日で習慣になりかけている、風呂に湯を張って入るということ。

 しっかり湯船に浸かる気持ち良さを覚えてしまったからだ。


 だから、昨夜もちゃんと風呂に湯を張って浸かった。

 なのに、なぜか違和感があった。


 一日の仕事の汚れをちゃんと風呂で洗い流して、湯に浸かって、疲れを取る。

 気持ち良かったのは気持ち良かった。


 だが、……なにかどうしようもない違和感があるような。


 まさか、と思ったことはあった。

 でも、気づかないふりをしてさっさと眠った。





 

 朝。

 誰もまだ起き出していない間にワークアウトに出て、戻ってきた。


 シャワーを浴びて、身を整え、朝食の用意があると知らされていた場所でスタッフたちと合流。


 コーディネーターたちとも朝の挨拶をして、朝食を摂った。


「ここのホテルの朝食はとっても評判がいいんですよ」


 みんな口を揃えて教えてくれて、確かにとても美味しい朝食のメニューに舌鼓を打った。


 ……打ったんだけど。


 食後に抑制剤もしっかり飲んだ。

 なにもおかしなことはない。


 体調も悪くない。

 コンディションも万全。

 このあとの仕事の内容もバッチリ。

 おあつらえ向きに、撮影日和のいい天気。



 なのに、なんだろう?



 胸の中にもやもやと渦巻く、違和感。


 撮影ポイントへと移動するために動き出す。


 その途中で、ポケットの中の携帯が鳴る。

 取り出して見てみると、カミユからのメッセージだった。


『おはよー。今日も一人で学校まで行ってくる』

『そういや、昨日ガクラン着てみたよ』

『みつきサンに、少し大きめを選ばないとダメだって助言されたんだ』

『秋露センセイが撮ってくれた写真送るね。昨日色々あって、送るの忘れてた』


 送られてきた写真に写る、ガクランというこの国特有の制服を着たカミユの姿に感心する。


『みつきサンが昼用にベントー作ってくれてさ』

『今日の朝ご飯の写真と一緒に送る』

『仕事頑張ってね』


 そして、送られてきたみつきの朝食と、カミユの昼用のベントーの写真。


 羨ましい、と思った。

 寂しい、と思った。



 帰りたい、と、……思ってしまった。



 衝動的に、ぐるんと振り返っていた。


 ここは見慣れない景色の場所。

 必死に帰り道を探している。


 その心境が、衝動が、感情が、おかしいことになんてすぐに気づいて、我に返れた。


 一瞬の、俺の不可思議な挙動に気づいたスタッフは、幸いなことに、いなかった。


 俺はなにをしようとした?


 あと少しで終わる仕事に穴を開けようなんて、思っているわけじゃない。



『……三日と持たないだろうね』



 秋露の言葉が、降ってくるように思い出された。


 みつきと離れて今日で三日目。それも、お互い離れることを了承して送り出された、なんて穏便なものでは決してなく、まだ話し合いさえする時間が欲しかったと、惜しむばかりの出立だった。


 時間がもう少しあれば。

 少しでも早く帰れるなら。


 そんなふうに後悔の気持ちばかりが、胸に降り積もっていた。


 秋露が言っていた目安として余裕のある一週間のうち、もう五日目。


 いくら秋露の計算でも、抑制剤の計算なんかじゃなく、所詮は推測された目安。多少の誤差があってもおかしくない。


 もう十分、自分がおかしいことには気づいている。

 それを思い知りたくないと、最後の最後で目を逸らそうとしているだけだ。


 静かになっていた携帯が、また受信を知らせてくる。

 のろりと動いて、画面を見た。


 カミユが続きを送ってきたようだ。


『みつきサンが、仕事頑張ってって伝えといてってさ』


 書かれていた言葉に、またカミユ伝手での連絡か、と思ってしまう。


『それから』


 まだ続くのか?


『今度ルティの好きなお菓子を作るから、なにが好きなのか教えてくれって』

『あれ? これってサプライズだったのかな?』

『ルティに言っちゃダメだったかも』

『なにが好きか言っといていい? なにが好きって言っとく?』

『肉?』


 肉は好きなお菓子じゃないだろ、と盛大なツッコミを入れずにはいられない。


 そこで、カミユからのメッセージは止まった。

 ため息のような深呼吸をして、来た道を戻った。


「ヴァルティさん? どこ行くんですか?」

「撮影ポイントはあっちですよ?」


 ホテルのほうへ戻っていこうとする俺に、コーディネーターたちがすぐに声をかけてくる。


「分かってる。ちょっと部屋に忘れ物してきた。取りにいって、すぐ向かう」

「お待ちしてますね」

「ああ」


 今は撮影用の衣服。着てきた服のポケットに、みつきの作ったクッキーを入れたままだ。


 どうしても、あれを持っておきたいと思ってしまった。


『仕事は、ちゃんと頑張るさ』


 彼女が今現在も、ほんの少しでも俺のことを気にかけてくれているなら、それでいい。



 それで嬉しい。



 仕事を完璧にこなして終わらせることこそ、みつきとカミユに会いに帰るための最短ルートだ。


 そう自分を奮い立たせて、駆ける速さを上げた。





ヴァルティ

コーディネーターたち

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