夜、息子から届くメッセージ
〇〇疑惑
どうにか日付をまたぐ寸前で、ホテルの部屋へ帰れた。
明日も一日撮影だ。
早めに寝てしまうのがいい。
浴槽の準備をしながら、片手で携帯をチェックする。
みつきからなにかメッセージでも来ていないかという淡い期待は毎度のごとく打ち砕かれる。
そのかわり、カミユから結構な量のメッセージが届いていて驚いた。
俺が仕事のときは、返事も期待せずにこうしてカミユから一方的なメッセージが届いていることはよくある。
今日一日どんなことをしたのか、息子の挙動が知れるのは楽しくて、嬉しい。仕事の合間の和みの時間だ。
風呂に湯が溜まるまでの間、ベッドに戻って腰掛けた。
それから、メッセージを読み始める。
『ルティ!!』
『ヤバいヤバいヤバい!!』
『みつきサンの正体が分かった!!』
文面で、凄まじいカミユの慌て具合を見る。
『どうしよう!!』
『まさかそんなふうだとは思ってなくて!!』
『うわー、うわー!!』
叫ぶ絵文字が大量に貼り付けられている後ろに、急に冷静に。
『ルティもいい加減、オレが教えたアプリインストールしてくれない? 絵文字送れなくてつまんねぇ。絶対そっちのほうが、みつきサンともやり取りしやすいのに』
なんて極端なテンションの差を見せつけられる文が綴られていた。
若者特有の感情ジェットコースターに、こっちはついていきにくい。
画面をスライドさせると、今夜の夕飯だったのだろう美味しそうな料理を写した写真が貼り付けられていた。
みつきの正体の話から、なぜ料理に?
いったいどういう繋がりだ?
写真に写っているのは、一見、中華料理のように見えた。この国の料理は、海外からこの国に入ってきたときに「魔改造」されることが多かったらしいので、そう見えただけで本当かどうかは俺には分かりかねるが。
しっかりジューシーに焼かれた豚肉の上にさらにキムチが乗せられたキムチ炒飯。ツヤツヤしたレタスとミニトマトを添えた皿に乗っている揚げたてさっくりとした春巻き。
辛そうで辛くない、でも辛そうな色味が食欲をそそる麻婆豆腐。小さな器で、ワカメの中華スープがついている。
小皿に二つずつ、ごま団子。
『……美味そうだな、おい……』
しっかり食事は摂ってきたというのに、空腹を感じる気がした。
そういえば、俺は今日の豪華な夕食に対してなにも、なにかしらの感情を抱かなかったな、と、ふと考えた。
写真では、カミユの言葉の意図は汲み取れない。
だから画面をゆっくりとスライドする。
『この麻婆豆腐さ』
あ、カミユも麻婆豆腐だと言っている。俺の予想は間違っていなさそうだと考える。
『豆腐をさ、みつきサン、手のひらで切ったんだ』
……ん?
『手に豆腐乗せて、包丁で簡単にSWISH,SWISH,(スイスイ)ってさ!!』
……それはどういう状況だ?
手のひらで? 包丁で切った?
思わず跳ねるようにベッドから立ち上がった。
その勢いで画面にまた指が触れて、次の写真が出てくる。
みつきがこちらに手のひらを向けて、困ったような顔で写っている。
カミユが撮らせてくれと無理に頼んだことはすぐに理解できた。
料理中のエプロン姿で、しかたないなぁと言わんばかりの困り顔のみつきは可愛かった。
彼女の手に、怪我はない。
ほっとする。
脱力感に苛まれながら、またベッドに座り込む。
そこからまた、カミユの慌てた文章が続く。
『ニンジャだ!!』
『ニンジャ!!』
『みつきサンはきっとニンジャだよ!!』
突拍子もないカミユの推察に、吹き出しかけた。
『だって、包丁をあんなふうに!!』
『オレ今日、みつきサンが飯作ってるところずっと見てたんだけど』
『一瞬目を離したら、次の料理って移動してて』
『あんな速さで飯作るとかできるの、ニンジャしか!!』
いったいカミユはみつきのどんな動きを見たというのだろうか?
ちなみに、俺たちはそれなりに自分の身体を鍛えているからか、対面した人間の身体を見れば、その人がどれだけ己の身体を動かす事ができるのかが大体分かる。
強さを判断することができる、というわけじゃない。万能な特技じゃないことだけはいつだって頭の片隅に置いてある。
なので、カミユも分かっているはず。
みつきの運動能力は……、残念だが……。
苦虫を噛み潰す気持ちで、一度天井を見上げた。
だが、それでもカミユのこの「みつきサンニンジャ疑惑」に対する熱い言葉。
まだ続いているな、と、思いながら文章を読んでいく。
『みつきサンに聞いてみたんだ』
『じゃあなんて言ったと思う?』
……直接聞いたのか。俺の息子はすごいな。
『たとえニンジャでも、ニンジャだって言うわけないじゃない、だって!!』
まあ、そうかもしれない。
『なんでって聞き返したら』
『ニンジャだってバレたらどうなると思う? って聞かれた!!』
『どうなるの?!』
知らん。俺も知りたい。
『飯食べてるときにさ、聞いてみたんだ』
『ニンジャってどれくらい強いのって』
『オレも闘えるかなと思ってさ』
『そしたらさ』
『ニンジャが自分の強さを教えてくれるわけがないじゃないって、めっちゃ笑って言われた』
カミユの混乱が手に取るように感じられた。
『なんでかしばらく自分で考えたけど、答えが出なかったから、みつきサンに聞いたら』
『どれくらいの強さかバレちゃったら殺されちゃうでしょ、って言われた』
ああ、確かに。
……、……え、なんかすごい納得したんだけど。
『ねぇ!!』
『みつきサンニンジャだよ!!』
『少なくともニンジャの関係者だよ!!』
『でも、ニンジャだってバレたら』
『もしかしたら姿を消しちゃう?! PUFFって!!』
『それは困る!!』
俺も困る。
待ってくれ。俺はなにを考えさせられているんだ?
自分の番がニンジャ疑惑?
いやいや、違う違う。
『ルーティー』
『ニンジャって見つけちゃダメなんだね』
『せっかく闘ってみたかったのに』
『みつきサンとは嫌だけど』
『ルティは若いとき、ニンジャと闘ったことあるんだっけ?』
ないない。
そんな面白おかしい体験は、残念ながらできなかった。
『もう寝る。ルティも仕事頑張ってね』
『仕事で高い飯食べさせてもらってるんだろ? 写真送って』
『オレもみつきサンのご飯の写真送っとくね』
『おやすみ』
そして、どうやら昨日の夜と、朝と、みつきが作ったんだろう豪華なランチボックスの写真が貼りつけてあった。
これって新手の拷問だろう?
カミユはもしかして、分かってやってるのか?
腹が鳴くよりも先に、風呂に湯が溜まったと知らせる音楽が鳴って、驚いて顔を上げた。
たった二泊三日、居ないだけ。
なのに。
『俺抜きでも楽しそうだな……、コンチクショウ……』
心の中で悪態を吐いて、のそりと立ち上がった。
ヴァルティ
カミユの一方的メッセージ




