夜明けの青、見上げる空
美しい、寂しい
胸が痛んで最悪の気分でも、頭の中がどうしようかと答えのない問題に埋め尽くされていても、身体は動くものだ。
そういうふうに鍛えて生きてきた。
大急ぎでクライアントが俺を連れてきたのには理由がある。
今日中に国際免許の切り替え試験を受けて、なおかつ一発合格し、即座に免許が発行され、そこから撮影場所へ移動し、夜明けに合わせて撮影。
かなりのRun and Gun One‐Take(強行軍スケジュール)。
いや、撮影だけは一日、余裕があるんだけど。
そうやって、俺は無事国際免許の切り替えを終わらせ、面倒なお役所仕事もコーディネーターたちの尽力でスムーズに終わり、今、夜明け前の道で撮影中。
夜がまだ残る空は濃い濃い青だ。
涼秋の朝の薄い霧が、道の行く先を霞ませている。
旅をコンセプトにしたCM撮影が二本。
その、まずは一本目。
この国の大手企業がいくつも集まって合同で立案した、かなり大きなプロジェクト。
鉄道、道路交通関係。旅行、御当地観光関係。バイクと周辺衣料関係。大きいところはそういうもの。
CMを撮ったあと、その中の映像からポスターを作成する。使った物もタイアップでいろんなメディアやSNSで後日、紹介されていく。
動く金はどれほどになるだろう。
俺自身も、最後の仕事にするにしては思っていた以上に良い収入になった。
バイクを走らせ、所定の位置に停める。
ヘルメットを脱いで、夜明け前の空を見上げる。
手に持ったヘルメットのバイザーにも、青色が美しく反射する。
ああ、なんて深い青色だろうか。
バイクに跨ったまま、そんな空に見惚れた。
昔から、美しいものを見たときに感じるのは寂しさばかりだった。
そんな人生にいつしか息子が加わって、見せてやりたいと思って見せてやったら、大して興味を持ってくれなかったり。
……今、また、思う。
この空も、今昇ってきた朝日も、見せてやりたいと思う人が増えた。
彼女が、俺が綺麗だと思ったものを見て、なんて言うのか聞いてみたい。
別に興味がなくてもいい。
もちろん、俺と同じように美しいと感じてくれたら嬉しい。
けれど、それは重要じゃなくて、ただ、どんなときも側にいて、同じ景色を見てくれたらと浅ましく願ってしまった。
朝日の光が強くなって、眩しいと目を細める。
それでもしばらく、憎らしい太陽を見つめてから、ヘルメットを被り直し、バイクを太陽に続く道へと向かって走らせた。
しばらく走って、走って、撮影機材とスタッフの集まったロケベースへとたどり着く。
俺を追って撮影していたドローンや、停まっていたときに撮影された映像が次々と集まってくる。
朝日が昇る時間帯を狙った一発撮りだから、スタッフたちの緊張は凄まじい。
だけどなぜか、みんな確認のための映像を観て惚けているというか、口を開けて声も出ない様子だというか。
なにか重大なやらかしでもしたか? と思いながら、彼らを見て、反応が出るのをただ待っていた。
映像監督がようやく、氷漬けが溶けたみたいに動き出して、たったひと言。
「……色気がすごい」
おかしなことを言って、撮影の完了を告げた。
一本目の撮影は、無事に予定どおり終わったのだった。
ヴァルティ




