カミユの感情
少年は少年で色々考える
「制服かぁ……。なんかもう響きだけで窮屈。でもこの国の学生がみんな制服着てるのも知ってるしなあ」
オレもあれを着なきゃいけないのか……。なんて、カミユが不服げに呟く。
よく考えれば、カミユがこの国のことで不満を訴えたのは初めてかもしれない。
「今までは制服なんてなかったもんな」
「うん。α性が発現してから転校したとこも国が支援してるイイトコのガッコウだったけど、無かったろ? 別にいいけどさぁ……。どうせだったらニンジャショウゾクが着たい」
郷に行っては郷に従え(When in ROME)を唱え、諦めつつも状況を受け入れ、すんなり飲み込む物分かりのいい息子の口から出た続きの言葉にギョッとする。
「ニンジャ?!」
「ニンジャの服!!」
にこやかなカミユの笑顔に、ちょっと呆気に取られてしまう。
この国に来てから次々と、今までに知らなかった息子の趣味を知ることになった。嬉しさもあるが、驚きと戸惑いも同じだけある。
「帰ったらみつきサンにどこでニンジャショウゾク売ってるか聞いてみよう」
跳ねるような足取りで行くカミユの口から、もう当たり前のようにみつきの名前が出てくる。
彼女と出会って、この生活が始まり、たった三日、されど三日。
若者が仲良くなるのには十分な時間かもしれない。
けれど。
「カミユ、お前、……えらくみつきに懐いてるな」
言葉にすると、ずっと上機嫌だったカミユの纏う空気が張り詰めた。
そして、それを隠そうと必死になったことも。
「あー…、なんでだろうね? テンション上がっちゃってたからかな?」
くっ、と、大人びた顔でカミユが笑う。
それが、追及を逃れたいと思って作った笑顔だと分かってしまった。
「カミユ」
彼を呼ぶ。
血の繋がらない、まだ家族になって数年の、それでも大事な息子の名を。
ほんの少しだけ、少年の赤色の目が泳いだ。
正直、カミユがここまで人懐こい性格をしているとは思っていなかった。
どちらかというと秋露に対してしていたような、確実に一歩引いて、どうしてもという質問以外、聞かれたならば答える、というスタンスの人との接し方をしているところばかりを見てきた。
年頃の少年の、よくある他人との付き合い方の見本のような。
引き取った幼いときから、俺の仕事にくっついて来ざるを得ず、たくさんの大人たちに囲まれても邪魔にならないように、ヘイトを買わないように、自分の行動が巡り巡って俺の迷惑にならないように、そんなことを早々に考え、行動として身につけることができるほどにはカミユは聡い子だった。
だからこそ、同世代との付き合い方は淡白だった。
グレードスキップをしているからか、本当に同じ年頃の友達はほぼいないといってもいい。
αだと分かる前から優秀で、αであると分かってからは更に輪をかけて。
元々の境遇も、俺の弟子であることも、様々な「強さ」を身をもって知っていることすら、カミユの特異さに繋がっているのだろう。
その強さをひけらかすこともない。
境遇を売り物にするわけもない。
ただ賢く周りを見て、目立ちすぎないように、気配を潜めて、良い子でいるように努力を続けている。
親としては心配になってしまう。
もう少し迷惑をかけてきたり、問題を起こすのが子供というやつではないだろうか?
実は俺もよく分かっていない。
比べるにしても、俺がカミユと同じ年齢だったときは裏の世界で闘い漬けの日々だったので、真っ当な青春を送る少年とやらの日々が分からないのだ。
もちろん、そんなことをカミユに聞いて話し合ってみても「とくになにも不便はしていない」と嫌そうな顔をされるから、それ以上なにも言えなくなるのが毎回だった。
息子を見つめて、じっと待つ。
秋露のいる研究室に向かう廊下を歩く俺たちの足は、いつの間にか止まっていた。
「……この国に来れて、テンション上がってたのは本当だと思う」
「うん」
観念したかのように、ボソボソと喋りだしたカミユに、俺はしっかりとうなずいて返した。
「一番、ルティが知りたいのはどうせ、オレがみつきサンをΩとして気に入ってるんじゃないかってことでしょ? 心配しないで。そういうことじゃないって、多分、……言い切れると思う」
カミユの推察に、そうじゃない、と言いかけて、言えない自分がいることに気づいた。
カミユがもしもαとしてΩのみつきを気に入っていたら。
聞いてみたい、いや、確認したいと思っていた自分がいる。
そんな気持ちを認めつつ、すぐに続いたカミユの言葉を聞く。
「多分とか思うとかついちゃうのは、Ωとしてのみつきサンを気に入っている部分が全くないわけじゃないって、本能的とか、秋露センセイから見たら違うとか、そんなことがあるかもしれないから言うだけ。オレ、恋とか家族以外の愛だとかはまだよく分からないから、だから、言い切れる」
カミユは真っすぐに俺を見上げた。
「オレ、大前提としてみつきサンのこと、ルティの番になる人だからっていう目で見てる」
「……おう」
返事に若干困る。
そこまで純粋で真っ直ぐな目で見つめながらそんなことを言われたら、恥ずかしくてたまらない。
「それからあの人、……ルティが何であれ、オレが何であれ、あんまり気にしてないみたい」
少し考え込むように、カミユの視線が下がった。
カミユの言った言葉を考えてみたけれど、よく分からない。
みつきが俺たちのことをあんまり気にしていない?
どういう意味だ?
首を傾げていると、カミユもまた、言い方が悪かったんだろうかと考え巡らせながら俺を見上げてきた。
「オレの周りにいた人は全員、オレのことをムービースター、ヴァルティ・ノーススターの息子、関係者だって目で見てくる。ルティの仕事の関係者は全員。ファンの人も全員。学校にいる同級生も、その親も、先生も」
それはどうしようもない、当たり前の事実だ。
俺がうなずくと、カミユもうなずく。
「どうしようもないって分かってる。オレがルティの関係者なのは事実だし。でも、それを知っていて寄ってくるヤツラに、どうしても打算が透けて見えちゃってた。……いろんなのが」
カミユに近寄ってくる大人たち。
カミユに気に入られたら、それだけでごく自然にヴァルティへと接触できるだろう。
うわべの付き合いでも十分に。
信用を得られたら、それ以上に。
そこから生まれる利益はどれほどだろうか。
あわよくばヴァルティと大人の付き合いへと発展していけたら、なんて望む者すらいるに決まっている。
カミユに近寄ってくる子供たち。
カミユと友達になれば、ごく自然に親であるヴァルティが関わることになる。
子供たちが俺に向けてくる憧れや好奇心、純粋な好意に対して別に悪い気はしない。
でも、カミユにとって、そんな打算を抱いて友達になりたいと近づいてくる者たちは、深く付き合うのを避けて当たり前の煩わしい存在なのだろう。
ヴァルティ・ノーススターが養子の息子を大事に育てていることは、業界関係者やファンの間では有名な話だった。
だからこそ、カミユは己の行動を、交友関係を律している。
他人が自分に向けてくる感情を簡単に見抜けるほど、αの感覚は鋭い。
敵意を、害意を、自分に向けられる好意を、その歪み具合を。
感情の度合いが強ければ強いだけ、分かる。
そして、裏の世界を生きる最低限の術としてとっくに身につけていた色々な感覚が、更に鋭敏にその感情を拾い上げた。
そんなものが見えてしまうカミユに同年代との「普通の友達付き合い」なんてものを求めるのは、親側の勝手なエゴに違いない。
「みつきサンからは、なにも感じない。最初は、……テンション上がったフリして様子見てたけど、そんなの必要ないくらい」
「お前のあのテンションは確かにちょっと驚いたが、……やっぱりフリか」
「最初だけね」
そう言うということは、今日今さっきのみつきへ向けられていた好意なんかは素直な感情の発露だと思っていいのだろう。
「最初は、ルティに気に入られるためにオレの機嫌を取ってきてるのかとか勘ぐったけど、そんなもの微塵も感じない。むしろルティを前にしたときのほうが、みつきサンの挙動がすっげえ硬いんだけど、……なんかしたの?」
「なにもしてない…っ!!!!」
心の底からうなった。
むしろしてしまいたいと思っているとか、そんなことは口が裂けても言えやしない。
カミユの目から見ても、やっぱりみつきの俺に対する接し方は硬いか。俺一人の勘違いじゃなかった。
「Ωにとって自分の番は、この世で唯一絶対的な味方でしょ? 番契約をまだ結んでないにしろ『運命の番』なんだから、そういうとこなんかないの? 繋がりを感じるだとか、なに考えてるかとか分かるとか」
「そんな都合のいい超能力者みたいなことができるようになるのかね? できるんだったら是非ともお願いしたいもんだ」
大げさに手を振って、降参のポーズをして見せる。
うーん、とうなったあと、カミユは腕を組んで難しい顔をした。
「とりあえずさ、みつきサンには打算とか無いんだよ。秋露センセイですら、色々企んでるんだろうな、それってルティとの契約による大人の相互利益ってことなんだろうなって感じるだけのなにかがあるのに」
やっぱり、よく見ているもんだ、と感心する。
だが次の瞬間には、困ったような、心配するような、憐憫と怒りをないまぜにしたような、なんとも言えない表情でカミユは悪態を吐いた。
「なにあれ?! 馬鹿なの?! お人好しなの?! 自分が国家規模で保護受けてる対象だって分かってんの? 警戒心無さ過ぎじゃない?! いくらそばにルティがいるとはいえオレもαだよ?!」
ガバッと顔を上げ、カミユは俺を睨みつけてくる。
「Ωってみんなあんなもんなの? オレたちに美味い飯食わせて、ハウスキーパーみたいなこと喜んでやって、あの笑顔!! めっちゃ楽しそう!!」
俺は思わず口元を引きつらせた。
その、カミユ曰く「めっちゃ楽しそう」なみつきの笑顔を俺は見せてもらってないのだが。
というか、向けてももらえていないのだが。
カミユとみつきのやり取りを横目で見て、ジリジリと身を焼いていた焦げ付きは、それだ。
本当なら、番という絶対的な信頼のもとに向けてもらえるはずの言葉も、笑顔も、交流も、ほとんどカミユに取られてしまっている現状。
そのうえ、近づけば身構えられて、緊張だって走らされる。こっそり俺を見ているかと思えば、落胆に近い表情でため息を吐かれる始末。
正直、距離感を計りかねる。
年齢の壁と、法律の制限があって、常識と倫理は守る気でいるけれど、さすがにどうしていいか分からない。
……もう少し、お互いを知るためにも近づきたいと思うのが悪いことだとは思えないんだが。
「そんなんだから、オレがみつきサンに気を許してるのは、なんていうか……、毒気を抜かれてというか、みつきサンの楽しそうな雰囲気につられてというか、……この国のことを純粋に楽しませてくれる情報源というか……」
最後にカミユの打算がくっついていた。
みつきには打算がないのに、自身には打算があることを、カミユは少し恥じて照れている。
そんなところはやはり、年相応の少年だなと笑みを浮かべた。
「あんまりαだからとか、Ωだからとかは関係なくて。ルティとちゃんと番になったら、みつきサンは法的にはオレの母親で……、……五歳くらいしか違わない母親ってのは複雑だけど、しかたねぇ。将来的に家族になる人で、……みつきサンならいいやって、今なら素直に思ってもいい。だから、……そんな感じ」
出会ってから、まだそれほどの時間は経っていないのに。
これから先、どんな側面が見えてくるかも分からないけれど、それでも今は、懐いて受け入れて。
聞かせてもらえたカミユの気持ちに微笑んで、息子の頭を撫でた。
ベシリ、とすぐに手を叩き飛ばされる。
カミユの照れたむくれ顔を見て、ますます笑った。
改めて、秋露の研究室へと二人、歩き出す。
カミユはまた腕を組んで、また考え始めた。
「番ってさ、なんかこう、新婚みたいに甘々なんじゃないの? 秋露センセイにPDA (Public Display of Affection)を心配されてオレが一緒に居ることが重要って言われたんじゃないの?」
思わず口を開けて唖然とした。
「お前は俺たちになにをさせようってんだ……?!」
「別にさせるつもりはないってば。まだあと少し経ってみつきサンが成人しないと、ルティが社会的に死んじゃうじゃん」
そこはちゃんと分かってくれているならいい、とホッとした。
「オレがαになったときに受けた座学で知った番の行動と、二人があんまりにも違うからさぁ」
しみじみ考えながら呟く、カミユの語る内容に驚いた。
「……そんなのあんの?」
「あったよ。学校入ったとき、受けさせられた」
へぇ、と思わず感嘆の声をこぼした。
俺がαとして発現したとき、色々な知識を教えてくれたのは養父でもあった同じαの師匠だった。あとは周知の事実と言われる常識的な知識を自分で得た。
抑制剤なんかの関係は、上手く信用できる医者や薬剤師に出会えたことは幸運だったに違いない。
「個人差とか千差万別あるけどさぁ。みつきサンのあれは普通なの?」
天井を見上げて、考えてみる。
もちろん答えは出てこない。
「さぁ? 秋露センセイは一週間様子見だとか言ってたから、抑制剤の効果とかもあるんじゃねえか?」
「それはルティのほうもそう感じてるってこと?」
はたと気付かされた。
抑制剤の効果は、あるのだろう。
あってくれているのだろう。
だから、なにかとギリギリのところで思いとどまっていられるのかもしれない。
『……その効果がなくなったら?』
ゾワッと、胸の底が冷えた。
「他にもなんか理由があるのかなぁ? ………うーん、大丈夫かなって思ってたけど、やっぱり髪のことかなぁ?」
ボソリとカミユが口にする。
「え?」
まさかカミユの口からも、切った髪のことが出てくるなんて思わなかった。
カミユに問い返そうと思ったときには秋露の研究室についていた。
「秋露センセイ、来たよー」
カミユが元気よく、中にいるだろう秋露に声をかけながらドアを開ける。
俺の疑問は晴らされることなく、待ちわびていた秋露の歓迎を受けた。
PDA (Public Display of Affection)とは……、
人前(公共の場など)でイチャイチャすること、です。
ヴァルティ
カミユ




