タマゴサンド
たまごサンド
「今日は和食にしてみました」
食卓に並べられた、海苔が巻かれたおにぎり。具だくさんの味噌汁。優しい色味のだし巻き卵。なんでそんなカタチになっているんだと思える変形したウインナー。海藻の乗ったサラダ。果物が混ざったヨーグルト。
「おにぎりの中身は、鮭とツナとおかかにしました。梅干しはお好きかどうか分からなかったので」
「ウメボシ?! ピックルプラム、食べてみたい!!」
「本当にカミユくんはチャレンジャーですね」
みつきがカミユを見て優しく笑う。
二人の仲の良いやり取りは微笑ましい。
……でも、なぜか同時に、チリッと首の後ろに微かな電気が走るような、そんな感覚を味わった。
『……?』
その理由が、自分でも分からない。
一人、首を傾げてしまう。
「ええっと、それと、あと……」
まだなにか出てくるのか。
みつきが冷蔵庫にまで戻っていく後ろ姿を見ていたカミユが、思い出した、と勢い良く立ち上がった。
「ああっ、そうだ。みつきサン、オレやっと見つけた。タマゴサンド!!」
カミユは、帰ってきたときにソファーに置いてそのままにしてしまっていたコンビニの袋を取りに行って、中身を取り出し、誇らしげに掲げて見せた。
カミユ待望のコンビニのタマゴサンド二つ。
今まさに冷蔵庫からなにか取り出そうとしていたみつきは、笑顔を浮かべたまま、そんなカミユを見ながらそっと冷蔵庫を閉じた。
「よかったです。お皿出しますね」
カミユのタマゴサンドを置くための皿を持って、みつきは食卓へ戻ってくる。
「みつきサンに教えてもらったとおりの時間を避けたらあったんだ」
「やっぱりそうですか。たまごサンドはみんなに人気ですからね」
カミユはタマゴサンドの包装にも感動しながら剥いて、みつきが用意してくれた皿に取り出して並べた。
「数は買えなかったけど、ルティにも食べさせたかったし、みつきサンのご飯も食べたいし、今日はこれで十分」
カミユは上機嫌で席に着く。
みつきも席に座ろうとして、逆に俺が席から立ち上がったことに疑問を持ったようだった。
俺がキッチンに向かうと、みつきは座るのをやめて、慌ててついてきた。
なにを目指しているのか、察したのかもしれない。
俺たちの追いかけっこを、カミユが不思議そうに目で追っている。
冷蔵庫のドアに手をかけた。
途端に、ドッ、と背中から抱きつかれた小さな衝撃があって、わき腹の隙間から伸ばされたみつきの手が、俺の手を押さえ込んできた。
「あの…っ、あの……」
冷ややかな目でほんの微かに振り返り、背中に張り付いているみつきを見下ろす。
小さくて温かくて柔らかいものが、必死に俺にしがみついている。
冷蔵庫を開けないでほしい。
言葉に出さないで、俺にそうさせないために、必死に。
それでも、冷蔵庫を開けた。
みつきの力いっぱいの静止なんて、俺が少し力を入れでもしたら、敵うものではない。
ぴい、と小動物が鳴くみたいな声を上げ、みつきが小さな悲鳴を上げた。
冷蔵庫の中には、きれいに皿に並べられたタマゴサンドがあった。
みつきにとっては無慈悲に、俺はそれを冷蔵庫の中から取り出した。
ぐるりと身体を回転させる。
背中に張り付いていたみつきは、必然的に俺の腹のほうへと移動して、皿を持っていないもう片方の手でその背を支えた。
俺が持っている皿を見て、そこに乗っているものを見て、カミユが驚きの声を上げた。
「え……?」
なにも言わない俺と、俺に抱き支えられてカミユのほうを向けないみつきと、そんな俺が持つ皿の上にあるたくさん作ってあるタマゴサンドを、カミユは順番に見回した。
「……みつきサンッ?!」
カミユが声を上げる。
みつきはカミユへ振り向くこともせずに、俺の胸を小さな両手でポカポカ殴った。
「うーっ!!」
「なんで黙ってようと思ったの? あんたが作ったタマゴサンドもあるって堂々と出せばいいじゃねえか」
みつきの頭のそばに顔を近づけ、問いかけた。
みつきは俺を殴っていた手でシャツをぎゅうと握り掴んで、顔を上げないまま、不服そうな声で答える。
「カミユくんが食べたかったのはあくまでコンビニのたまごサンドであって、私が作ったものは二の次でいいんです!! 今日の朝ご飯は和食だし、口に合わなかったらって思ったのと、あんまりにもたまごサンドに巡り合わない様子だったから、気休めにと思って……っ」
その答えに、俺はあからさまなため息を吐いた。
「なんでそんな遠慮をわざわざするかね? 理解できないよ」
ビクリとみつきの肩が震えたのを感じた。
「うん、美味い」
俺がそう言うのを聞いて、みつきはガバッと顔を上げた。
みつきのタマゴサンド。
ねっとりとしたたまごのペーストの中に粗く潰したたまごが混ざっている。ベースはマヨネーズ、その中にほんのりとバターとマスタードの風味。柔らかいショクパンに挟まれたそれらは、蕩けるような口当たりで美味かった。
二つ目を口に放り込んだところで、あまりにも驚いた表情のみつきと真っすぐ視線を交わし、そして。
「あーっ?! なんでルティ一人で食べようとしてるのさ?!」
カミユの怒声で、三つ目を掴もうとする手を止めた。
「俺もみつきサンのタマゴサンド、食べるに決まってるだろ!! 独り占め、ダメ!!」
腕の中で、みつきがカミユを振り返って驚いている。
必死の形相で叫ぶカミユに、俺は目を細めた。
「な? 気にしないで一緒に出してくれたらいいんだよ」
「でも…っ」
「もう『ある』ってバレちまってるんだから、諦めも必要だと思うぞ?」
唇を引き結んでしまったみつきの姿にもう一度小さくため息を吐いて、それから彼女の口元にタマゴサンドを運んだ。
「ほら、あんたの作ったタマゴサンド、美味いぜ? あーん」
もっと、ぐいとみつきの口元にタマゴサンドを近づける。
気持ち的には、半ば冗談のつもりだった。
だけど半分は、なにか、……そうしたいという強硬な気持ちがあった。
少しためらったあと、みつきは俺の手ずから、ぱくりとタマゴサンドを口に含んだ。
小さな口がもぐもぐと咀嚼するのを、じっと見てしまう。
「ルーティーッ!! みつきサン!!」
「はいはい、今そっちに行く」
カミユに急かされ、そっと腕の中からみつきを離す。
ふと気づいて、彼女の口元についていたほんのちょっとのタマゴペーストを指先で拭い取ってやってから、食卓へ向かった。
つい、なんの気なしに、その指先を舐る。
『やっぱり美味い』
しみじみと、身に染み込むような美味さに、確かに歓喜した。
……今、美味いと味わったのは果たして何だったのだろうか?
その答えを見つける前に、カミユの前にタマゴサンドの皿を置いて、俺も席に着いた。
みつきもやってきて、席に着く。
そして、タマゴサンドをめぐる会話の弾む朝食になったのだった。
ヴァルティ
みつき
カミユ




