シャツのサイズを知りましょう
言い方は国によって違う
美味しいカレーライスのあと、カレーうどんまで食べたカミユは感動に打ち震えていた。
そしてまた風呂の時間に新しいバスボムを持って入り、コレクションを増やしていた。
カミユのあとに風呂に入りにいったみつきはやっぱり長風呂で、なぜか首を傾げながら上がってくる。
そして最後に俺が風呂に入りに行った。
ひときわ疲れていた昨日だけかと思っていた風呂は、やっぱり今日も蕩けるほど気持ちよかった。
そして久々に、短い髪の洗髪の楽さに感動した。
それだけでも切ってよかった、としみじみ思ったのに、また昨日と同じように惜しみながら風呂から上がって、髪を乾かすときにも感動した。
「やっぱ、短いのが楽でいいよなぁ」
乾かし終わったばかりの乱れた髪も、特になにもしなくても手櫛を通すだけで楽にまとまる。
長い髪とはそれなりに長い期間付き合ってきたが、根っからマメじゃない性格の自分には、たかが知れている程度のケアしかできない。
邪魔にならないように粗雑に括るくらいの髪型も、周りからはワイルドだとか野性味があっていいだとか散々褒められたが、……伸ばしている意味がないなら、切って正解だろ。
短い髪の自分を上機嫌に鏡で見たあと、新しいシャツに袖を通した。
コンビニで買った、あのLL表記の新しいシャツだ。
頭も通して、裾を下ろして整えて、ちょっとした違和感に動きを止めた。
「……、……」
腕を上げて、もう一度裾を見て、首元をつまんで、鏡に映る、新しいシャツを着た自分を見る。
わざとそんな窮屈そうなシャツを着る趣味がある人なのか? と問いかけたくなるようなピチピチさ加減。
上腕にある袖口は余裕がないほどぴっちりと締まっているし、胸回りは正直キツい。胸筋をアピールするためにわざとこんなシャツを選んだのか? と聞かれかねない造形になってしまっている。
せっかくの上機嫌が一発で台無しになるほど「買ったシャツがサイズミスにもほどがあるのに着てみた残念なデカい男」が出来上がっていた。
のろりとした足取りで、リビングに戻る。
せっかく買ったシャツだが、ここまでキツいとやっぱり不快感が拭えない。
やっぱりちゃんとした服屋に一度行って、この国での自分のサイズをきちんと確認してからじゃないと、こんなミスはまた起こる。
明日の夕方には仕事へ向かうから、それまでに買いに出られるか?
急げば無理なことじゃないはずだけど。
『俺のサイズなんかが売ってそうな店を秋露センセイに聞いて……』
「ぶっはっ!!」
盛大に吹き出す、カミユの声が聞こえた。
視線を上げると、カミユは大爆笑一歩手前で俺を指差している。
できれば見つからないうちにさっさと部屋へ行って、違うシャツを探して着直そうと思った目論見は一瞬にして消えた。
「なに? ルティ、これから肉体アピール路線で行く気なの?」
あまりのシャツのパツパツさ加減に、そう言わずにはいられないのは分かる。
でもそんな気は微塵もないうえに、自分自身でも「コレはナイわ」と思って打ちのめされているところに、この息子の追い打ちはキツい。
「そんなわけねぇだろう? お前の大好きなコンビニでシャツを買ったらこの有り様だ」
げんなりして肩を落とすと、キッチンの奥にいたみつきが俺たちの会話に気づいて振り返った。
最初、いったいなんのことを語り合っているのだろう、と疑問を浮かべていたみつきも、俺が辟易とした顔でシャツを引っ張っているのを見てようやく気づいたようだった。
「なあ、みつき、俺のシャツはどこいった? ランドリーの中にもないし」
洗濯をすると言ってくれていたみつきに頼り切りになるつもりはないが、この家の中はまだまだ彼女の城だ。断りもなくゴソゴソとあちこち探してひっくり返すなんて、やっていいことじゃない。
「え? ちゃんと乾いたものをお部屋に……、あ?! 私、ベッドに置いておくと言ったのに、全部クローゼットに入れた?」
自分の行動を思い返し、みつきは大急ぎで俺の部屋へと駆けていった。
ガチャリとクローゼットを開ける音。
そこにはハンガーにきちんと吊るされた見慣れたシャツがあった。
「やっぱり仕舞ってまし……」
「ああ、ここにあったのか」
クローゼットの中を見て、振り返ったみつき。
どうやらまだ俺がリビングにいると思って、元気な声で呼びかけるように。
俺はそんなみつきの真後ろから、手を伸ばしてクローゼットの中のシャツを取った。
「……っ?!」
ちょうど腕の中に収まるような形で、みつきが息を飲んだ音がした。
俺の身体で、完全に影になる。
驚きで見上げてきたみつきの目を見ながら、今着ている窮屈なシャツを脱いだ。
「……(ひえ…っ)」
みつきが声にならない声を上げていたことなんて気づかない。
その場で着替え、サイズの合ったシャツの着心地に息を吐く。
洗濯され、清潔な着慣れたシャツはいいもんだ。
「サンキュー、みつき。次からここも確認するようにする」
「……は、はひ…っ」
上ずった声で、みつきはおかしな返事をした。
「あー…、どうしたもんかな、このシャツ」
脱いだシャツを手に持ってリビングへと戻る。
「カミユ、お前着るか? このシャツ」
すでに定位置となりつつある食卓の椅子に座って携帯をいじっていたカミユは、ひどい顔をして俺を睨んだ。
「なんで俺がルティの筋肉のせいでパッツパツに伸びたシャツ喜んで着なきゃいけないのさ?」
もっともです。
こちらも苦い顔をしてしまう。
少し遅れて、みつきがなんだかふらふらな足取りで戻ってきた。若干、浮かされたようにぽやっとした状態なのはなんでだろうか?
「でも捨てるのももったいないだろう?」
「そう言うなら、パツパツのままでルティが着てたらいいじゃん。着られないわけじゃないんだから。ワークアウト用に使えば?」
「そんなもん、ラットプルダウンでもベンチプレスでも、一回やったら即座に破れないか?」
「知らないよ、そんなこと。筋肉で服破るってどこのアニメヒーローだよ」
カミユは投げやりに、呆れがちにため息を吐いた。
「はぁ、しかたない。捨てるかぁ」
潔く決めきれないまま呟く。
「あの、あのっ」
さっきまでぽやんとしていたみつきが声をかけてきた。
「いらないなら私にくださいっ!!」
かなり真剣な面持ちで、そして恥ずかしさをかなぐり捨てた勢いで。
呆気に取られて、少し間が空いた。
ぎゅっと両手で拳を作って握りしめた、みつきの必死さがうかがえる。
「別にいいけど……。……カミユが言ったみたいに少し伸びてるぞ? それに、あんたにはデカすぎるかも」
「平気ですっ!! 捨てるなら、いらないなら、私がもらいます…っ」
みつきは本当に必死だった。
その熱意に押されるくらいだった。
「お、おう。……まあ、パジャマ代わりくらいにはなるだろうし、好きにしてくれ。捨てるよりずっとマシだ」
そう言って、みつきにシャツを差し出した。
「……っ」
受け取ったみつきがあまりに嬉しそうだったから、逆に不思議に思ってしまう。
「ありがとう…っ」
「あ、ああ? どういたしまして」
ぎゅうっとシャツを持って礼を言ってくるみつきを見下ろしながら、多少の恥ずかしさでむずかゆくって頭を掻いた。
そんな俺たちのやり取りを黙って見ていたカミユは物言いたげに表情を歪めて、それでもなにも言わずに顔を背けると、さっさと携帯の画面に視線を移した。
「俺、寝る。おやすみー」
「おう、携帯見過ぎて夜更かしすんなよ」
「わかってるよ」
「おやすみなさい」
カミユは椅子から立ち上がると、携帯からほとんど目を離さないままひらひらと手を振って自室へと引っ込んでいった。
「私もこれ、片付けてきます」
シャツを大事そうに持って、みつきもいそいそと自室へと消えていった。
俺は明日の仕事に向かうのに必要そうなものを改めて確認して、それから寝ようかな。
それにしても、……みつきは俺のシャツをあんなにも嬉しそうに持っていって。
ニヤけかけた口元を、手で押さえることで制する。
まあ、買って下ろしたばかりの、今一回着ただけのほとんど新品と変わらないシャツだから、俺のシャツとも言い難いけどさ。
ふと、あのシャツをみつきが使うとして、と想像が勝手に脳内を巡った。
言ったとおりパジャマにでも使うとして、みつきの身長や体格に合わせてみたら?
思い描いたのは、あのシャツ一枚きりを身に着けたみつきの姿だ。
裾丈は太ももの真ん中辺りになるのではなかろうか?
俺にはピチピチだった上腕の袖ぐりはブカブカで、彼女の肘を覆うほどになるだろう。
それに首まわり。きっとみつきの鎖骨もあらわに見えてしまうほどで、もしかすると片方の肩まで見えるかも。
そうなると、滑らかな肌の首周りやうなじも丸見えで、少し引っ張るだけで、案外しっかりある胸の稜線だって見えかけ……。
考えていることがどんどん怪しくなってきたから、必死で頭を振った。
そして気づく。
もっと単純で根本的なこと。
みつきが俺のシャツを着る。
……これって、ボーイフレンドシャツ・シチュエーションってやつじゃ?
そう認識した瞬間、カッと紅潮したことに自分で気づいた。
『俺はティーンエイジャーかああぁっ!!』
叫びそうな己を抑えて、頭を抱えて思わずその場にうずくまった。
ヴァルティ
カミユ
みつき




