今夜はカレー。配達もします
カレーうどんも作れるよ
無事抑制剤を受け取り、戻ってくると、みつきはなにやら忙しくやっていたことを終わらせて、すっかり夕食の用意を整えてくれていた。
カミユも手伝って、食卓の上はにぎやかだ。
みつきはまた、保冷バッグに秋露用の弁当を詰め込んでいる。そちらもきっと俺たちと同じメニューなんだろう。
夕食はカレー。
大きなお皿に盛り付けられたカレーライス。そのまわりにトッピング用に置かれたポテトサラダ。半分に切ってあるゆで卵数個分。シュレッドチーズ。皮目がパリッと焼かれた一口大のチキン。
オニオンとベーコンのスープ。
たっぷりのシーザーサラダ。
……ほんと、これで手抜きって言う感覚、どうなってるんだ?
「私、秋露おじさんにお弁当を届けてこようと思ってるんですが、二人は先に食べててくれますか?」
「え?!」
保冷バッグを手に行こうとするみつきに、カミユが声を上げる。
「みつきサン行っちゃうなら、帰ってくるまで待つよ?」
「でも」
もうすっかりお腹を空かせていることを知っているみつきは、心配そうな眼差しでカミユを見た。
これだけのものを作ってくれた本人を差し置いて食事をはじめる?
これだけのものを前にして、まだオアズケ?
カミユの決断と行動は速かった。
「みつきサン、ベントー貸して。俺が秋露センセイのとこに届けてくる」
「えっ?」
カミユがずいと手を差し出し、半ば奪い取るようにみつきが持っていた秋露の弁当用保冷バッグを手に持った。
「秋露センセイ今どこ?」
「いつもの研究室です」
「分かった。速攻で行ってくるね」
弾けるようにカミユは動き出して、家を飛び出していった。
そのあまりの行動力に、みつきが呆気に取られている。
その様子を見て、くっと喉を鳴らして笑うと、彼女ははっと我に返って恥ずかしそうに頬を染めた。
「あんたが秋露センセイのところに行って帰ってくるよりずっと速いだろうから、食べる準備して待ってようぜ? 他にすることは?」
みつきがどれだけ頑張って走っていったとしても、カミユのほうが速いのは事実。分かりきったことだ。
みつき自身もよく分かっているようだった。
「えっと、あとはお茶とお水を」
「ん」
俺が冷蔵庫まで行って、中から水が入ったピッチャーを取り出す。
そんな俺の後ろ姿を、みつきがなにか物言いたげな、それでも言わないと決めているかのような、そんな眼差しで見ていたのがミラーガラスになっている冷蔵庫にぼんやり映った。
俺が振り返ったときには、彼女はもうこちらを見てはいなかったが。
「みつき」
「はい?」
声をかけたことで振り返ったみつきが俺を見た、なにげなさ。
そこには、何度も感じた落胆のようなものは微塵もなく、ただ俺の言葉を待って、みつきは穏やかに見つめ返してくる。
「あの……?」
すぐになにも言ってこない俺に、みつきは疑問を浮かべて首を傾げた。
呼びかけられた声にも答えないで、じっとみつきを見ているままが続く。
その態度は演技なのだろうか?
それとも隠そうとしているだけなのだろうか?
隠そうとしているのなら、聞かないほうがいいのだろうか?
なにか思うことがあるのなら、口に出して話してくれなければ分からない。
でも。
じっとみつきを見つめたまま、どうすべきかと思考がぐるぐる巡った。
無言の視線に耐えられなくなったみつきの目が泳ぐ。
頬が薄紅を差したようにじわじわと染まって、困った、と眉を寄せる。
「ヴァルティさん……?」
恥ずかしさと困惑で、薄っすら涙を浮かべたみつきが俺を呼ぶ。
そのときになってようやく、途中から思考なんて止まって、戸惑うみつきがかわいいなぁと思いながら見つめていた自分に気づいた。
「あっ?! いやその、えっとだな、なにを忙しく作っていたんだって聞こうと思って」
キッチンの作業スペースに置かれている大きなバスケットが視界に入ったものだから、咄嗟に代わりの質問を投げかけていた。
ようやく会話が進んだことにほっとしたみつきに笑顔が溢れる。
『か…っ、……』
内心でも思わない。
口に出してしまったら終わりな気がした。
「終わった」自分が取る行動がどんなものか想像したくなくて、必死に奥歯を噛み締めた。
「研究センターの調理室を借りて今日と明日で作ったお菓子を、明日と明後日、病院の売店に並べてもらって売るんです」
みつきはバスケットの中から、二枚一つの小さな袋に詰め込んだクッキーを持ってきて見せてくれた。
大きめの、かわいらしい形のクッキー二枚。しっかり口の閉じられたビニールに封をしたシールには賞味期限と原材料がきちんと記載されている。
「明日の朝に検査機関の方に渡して、おかしな点がないかを最終確認してもらって、午後からお店に並べます」
その準備をずっとしていたのか。
あのバスケットに入っているほどの量なら多いとは言い難いが、それでも手間はかかっている。
それに。
「検査機関? ……えらく物々しいな」
手作りお菓子を売りに出すのにもそれなりの環境が必要だったはずだが、それを更に上回る仰々しさだ。
「私が作るものだから、売り物にするものだから、検査は厳重に必要ですよ」
みつきは笑っていたが、その言葉は割り切りと理解と納得を含んだものだったが、……どこか寂しそうで。
まだたった数日、たった数回、それでも彼女が料理が好きで、並々ならぬ熱意を持っているのは分かっている。
そんなみつきが菓子を作って、販売までしている。
そこに至るまでの道のりはどれほどだったのだろう。
そして、今もまだ抱えている問題は多くあるのだろう。
だけど、そんなこと本当は、どれほど必要なんだろうか?
料理に情熱を持っている者が、作った料理を振る舞うことも制限される。
……Ωであるから。
それは当たり前の対応で、当たり前に受け入れなければいけない常識なのかもしれない。
みつきが作った料理が危険なものではないことなど、証明しようと思えば秋露自身がとうにやっているはずだ。
だが、そうしていない。
もしくは、できない。
それは、秋露が研究者である以前に、みつきの家族であるからに他ならない。
「Ωが作ったものだから口に入れる前に検分が必要」
「どこの誰か分からない者の手に渡る」
秋露が俺たちとの同居に対して、みつきを説得するために使っていた言葉。
それを必要としない相手に、俺たちも据えられた。
みつきにとって、俺たちはどれだけの……。
「ただいまっ!!」
「ひっ?!」
ドカンと蹴破るかという勢いで、カミユがドアを開けて元気に帰ってきた。
小動物が驚くように飛び上がったみつきの姿に、思わず込み上げた笑いを隠すために口を押さえる。
そんな俺を、みつきが恥ずかしさに口を尖らせてじっとりと睨んで来た。
ますます笑いが込み上げる。
「もう…っ」
ぺちりと、みつきの小さな手が俺の腕を叩いて離れる。
ささやかな攻撃だった。
「おかえりなさい、カミユくん」
「おかえり、カミユ」
「うん、お腹空いたー!!」
「手を洗ってきてね」
「はーい」
カミユの元気な返事を嬉しそうに聞いたみつきが、俺を食卓へと促す。
俺たち以上にこの食卓を特別に思っているのは、きっとみつきのほうなんだと確信を持った。
ヴァルティ
みつき
カミユ




