家族の評価
でもなんだか?
家のドアの前に立つころには、先ほどまで感じていた不安なんかが頭からスッパ抜けていた。
代わりに考えたことは、この髪型を見て、なんて言われるだろうかということばかり。
期待と高揚で鼓動が速い。
なんだ俺は? ティーンエイジャーでもあるまいに。
内心、自分で自分を叱りつけて、ドアを開けた。
玄関にはみつきの靴と、カミユの靴がちゃんとある。
廊下にまで、みつきが作っているらしい料理のいい匂いがあふれて漂っていた。
「みつきサーン、お腹空くー。いい匂いすぎるー」
「ごめんなさい、もう少し待ってね。今日はとっても忙しくって。ご飯は手抜きになっちゃった」
リビングに続くドアを開けないうちから、カミユとみつきの会話が聞こえてきて、思わずそこで足を止めた。
二人が二人だけのときにどんな会話をしているのか、興味が湧いたから。
「手抜き?」
「うわーん。まだ二日目のご飯なのに、私の適当さ加減がバレちゃった。カレーにしたの。そのかわりおかわりはたくさんあるし、カレーうどんも作れるからね」
「カレーうどぅん?!」
喜びの興奮でテンションが上がるカミユの声に、みつきが笑う声がする。
カミユが食べたいと言っていた食べ物の用意を忘れていない夕食の、なにが手抜きだというのだろうか?
「ええっとバスケット持ってこなきゃ。あとシールシール……」
パタパタと慌ただしくみつきが走っていく音がした。
二人の会話が途切れたいいタイミングだ、と俺はリビングへのドアを開けた。
「ただいま」
「おかえり、ルティ」
そう声をかけてくれながら振り向いたカミユが俺を見て息を呑み、すぐに目を輝かせた。
「おっわ、短い!! いいじゃん!! 似合ってる」
「そうか? サンキュー」
カミユの感想がどんなものであれ「その他大勢の言葉」と等しいはずもない。
息子からの好感触の反応に笑みがこぼれた。
そうやって俺がまんざらでもない笑顔を浮かべたから、カミユも嬉しそうに笑った。
自惚れてもいいなら、その笑顔は間違いなく俺を自慢に思ってくれているものだった。
「さっぱりしたね。今年の夏も暑苦しそうだったし。やっぱりルティは短い髪型もよく似合うよ。映画の役で長い髪のスタイルばっかり見てたファンが今のルティを見つけても、きっと一瞬戸惑うよ」
まじまじと興味深く見つめてくる息子の眼差し。
「さっき久しぶりに呟Xに髪を切ったことを投稿したから目ざといヤツらは見つけるかもしれんが、もう俳優業は辞めるんだ。そんなに注目されるようなことでもないだろ」
短くなった髪を手で触ると、サリッと音が立った。
「え? 珍し。髪切ったって投稿したの?」
「おう」
カミユはすぐに買ったばかりの携帯をポケットから取り出して、スイスイと器用に画面を操作した。
彼の携帯には、数時間前にはなかったはずのストラップがいくつもついている。
そしてたった数時間会わなかっただけで、携帯の設定もなにもかもを済ませ、操作方法もあっという間に習得している様子だ。
さすがというべきか。
「……万超えのLikesついてる投稿が、注目されるようなことでもない、ねぇ……」
眉を寄せ、わざとらしく目を細めて顔をしかめながら、どうやら俺の呟Xの投稿を確認したらしいカミユの態度。
それを見てようやく、俺も自分の携帯を取り出して投稿を再確認しようとした。
でも、なんとなくろくでもないことになっていそうな気配がして、アプリに触る前に手を止め、画面を見ること自体をやめる。
カミユが先ほどとは打って変わった冷ややかな目で俺を見ていたことに、なにか言葉を返そうと口を開きかけたとき、廊下をこちらに歩いてくるみつきの足音を聞いた。
両手で抱えるように大きなバスケットを持っている。
なにをするためのものなんだろう、と見ていると、みつきも俺が帰ってきていることに気づいたようだった。
「おかえりなさい、ヴァルティさ……」
そう声をかけてくれながら歩いてきたみつきが、リビングに入ったところで息を呑んで言葉を止めた。
俺の髪型のあまりの変わりように驚いたのだと、目線の位置で理解する。
そこから、しばらく待った。
でも、あまりにもみつきが驚いたまま動かないから、堪り兼ねてこちらから声をかけた。
「どうだ? 似合ってるか?」
そう聞いてみてようやく、みつきは我に返ったように身を震わせて、何度もまばたきをした。
自分が見ているものがなんなのか、よく分かっていなくて困惑している、そんなふうにも見えた。
「あ……、短い、短…、髪を切った、んですね? よく、……よく似合ってます」
みつきの口から出た賛辞は、確かに心からそう思ってくれていると感じられるものだった。
だから、勝手に口元が緩んだ。
欲を言えばもう少し、大袈裟に褒めてくれたって良かったんだけど。
「あの、あの、どこで切ってもらったんですか?」
バスケットをキッチンの作業スペースの奥へ置いて、みつきは俺たちの近くへとやってきた。
食卓の椅子に座っているカミユも身を乗り出してくる。
「秋露センセイが勧めてくれた理髪店だ。店主の名前がシンっていう」
「ああ、シンさんのところで」
やはりみつきも彼を知っているのか。秋露の友人のようだったし、当たり前か。
俺の返事を聞いたあとすぐ、みつきは考え込むような仕草を見せた。
その真剣で深刻な表情を、不思議に思う。
そこで一度、俺とみつきの会話が止まったから、カミユが会話に乗り出してきた。
「そこまで短い髪型ってかなり久しぶりじゃない? ほら、こっちに出てきてすぐくらいはバッサリいってたじゃん」
それはもう五年は前の話だ。
裏の世界から表の世界へ住む場所を変えてすぐのころ。
カミユもだいぶ小さかった。
「そうだな。その後は役作りもあってまた伸ばし続けてたし」
短くなった髪を手で掻き上げる。
みつきがそんな俺を見上げてくる。
「髪、ずっと長かったわけじゃないんですか?」
「ああ、若いときも長かったけど、一度バッサリ切って、また伸びて」
今またバッサリと。
「そうですか」
俺たちのちょっとした昔話を、興味深そうに聞いているみつき。
……でも、なんだろうか。
そんなみつきから感じる、微かなこわばり。
納得しかねているような、それを隠そうとしているような、奇妙な違和感。
穏やかに笑みを浮かべているというのに、その奥で、……落胆しているような。
「……なんだ? みつきは長い髪のほうが好みだったか?」
ちょっとふざけて言ってみた。
そして気づく。
もしもそんなみつきの好みを知っていたら、俺は髪を切るのを考え直していたかもしれないな、という驚きの感情に。
みつきはちょっと驚いて、すぐに首を振った。
「短い髪も、長い髪も、どちらもよくお似合いです。どちらもかっこいいですよ」
ニコリと笑って褒めてくれたみつきの言葉に、思っていた以上に嬉しくなって胸が躍った。
「サンキュー」
緩みかける口元を隠すために、軽い礼を飛ばして返す。
みつきは少し目を伏せて笑って、すぐに身をひるがえしてキッチンへ行ってしまった。
……あれ? やっぱり、なんだか。
違和感がある気がして、でもそれがなんなのかが分からなくて、追求することもできない。
携帯がメッセージを受け取って、小さな音を立てる。
薬局長から、抑制剤が出来上がった連絡だ。
俺は仕方なく、薬を取りに行くためにもう一度、家を出るのだった。
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