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ここは世界で一番空に近い檻 ディストピア一歩手前のオメガバースの世界で運命の番が幸せになるまで  作者: 庭師K炎


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みつきの日々・1

視点変換・みつき

 ここは檻だ、と誰かが言った。

 そうなのか、と思ったのはずっともっと小さかったころだ。


 それに対して良し悪しの判断をつけられるほど、世界を理解してはいなかった。



 ここは黄金の鳥籠だ、と友達が言った。

 その意味を調べて、学んで、理解するだけの知識を得て、あのころよりも歳も重ねた。


 それに対して良し悪しを感じても、飲み込んで納得するほどには世界を理解していた。



 いや、理解したのは、世界じゃない。

 Ωという性を持った、自分のことだった。


「檻だろうが、黄金の鳥籠だろうが、生きていきたい」


 そう言っていた友達は、ある日体調を崩して、それからもう会えなくなった。


「檻だろうが、黄金の鳥籠だろうが、なんでもいい」


 そう言って友達は、番を見つけて、今は幸せそうに外国で暮らしている。


 黄金の鳥籠から、また別の黄金の鳥籠にもらわれていった。

 表現するなら、そんなふうが的確だろう。


 どんなものでも、本人が幸せならそれでいいじゃないか。

 何人もの、番を見つけて幸せになった友達の笑顔を見るたびに、心からそう思えるようになった。



 私?

 私はどうだって?



 何も知らないからこそ、「番を見つけて幸せになる」ことができる。


 じゃあ、「運命の番」がいるって知ってしまったからこそ、Ωとしての性が発現してしまった私は、……どう行動するのが正しかったんだろうか?


 「いる」と分かっただけで、どこにいるかも分からない相手。

 探そうにも探すあてのない相手。


 私が知れたのは、危険すぎて一般人と呼ばれる人には手の届かない世界の裏側がある事実。

 特殊な紹介雑誌の、不明瞭なグラビア写真に写ったその人の長い髪の隙間から見える眼光の鋭さ。

 私をΩにしたその人の血の匂いと、天使のような名前だけ。


 まだ幼かった私が得たのは、相手もいないのにΩとしてしか生きられない人生だった。



 ここが檻でも、黄金の鳥籠でも、どっちでもいい。



 だって、空が近い。

 私が生きなきゃいけないことは、決まっている。


 だったら、そう長くない人生の終わりにたどり着くまでの日々を、苦しむだけじゃなく生きていたい。


 私のために。

 秋露おじさんのために。

 ……みやおねえちゃんのために。


 おねえちゃんが望んでいた、秋露おじさんみたいなαがちゃんと幸せになる世界が、来るといいと願って。







「じゃあね、みつき。あ、そうそう!! 新しいバスボム、面白いの見つけたから送ったよ」

「えー? この前もらったお寿司シリーズ、まだ使い切ってないのに」


 オンライン授業に参加していた友達との、授業後の長話。


「今度は和菓子シリーズなの。かわいいよ。どっちがシークレット見つけるか、競争ね」

「無理があるーっ」


 笑い合う、画面の向こうの友達の笑顔が明るいことに安堵する。

 きっとそれは、お互いに。


「あはっ、それとこの前の約束してたみつきのケーキ、焼いて送ってよね。冷凍でいいから。じゃあ、今度こそまたね」

「うん、また来週」


 タブレットに映し出していたビデオ通話をオフにして、一息吐いた。


 うーん、と伸びをして、時計を見る。

 すっかりお昼だ。

 ご飯を食べなきゃ。


 そうそう、食後すぐに秋露おじさんのところへ行って、抑制剤の調整をしてもらって、その場でそれを飲む予定だから、気をつけないと。

 以前の薬は持っていって、調整し直しに混ぜてもらわないと。


 なにを食べようかな、とキッチンに向かう。

 冷蔵庫を開けて中身を確認して、その流れで冷凍庫も確認した。


 思っている以上に食材がない。

 どうしても色々作りすぎていつだってパンパンの冷凍庫にも余裕が見える。


 だって、一番かさばっていた食パンが丸ごと、二人のαのお腹の中に溶けるように消えていったのだから。

 念のためと思ってホームベーカリーで作ったもう一斤も跡形もない。


 なんて清々しい食欲だろうか。

 勝手にニヤニヤと口元が緩んだ。


 一晩と翌朝だけで卵が二パック消え失せた、なんて体験は、さすがに卵料理と卵を使ったお菓子を連続して作ってたときでも、ない。

 作った分だけ食べてくれる、なんて、嬉しくてたまらない。


 簡単におにぎりを作って、ほんの少しのおみそ汁も作る。あとは朝の残りのパプリカのマリネをお漬物代わりにさらえてしまう。

 自分一人分の食事量なんてこんなものだ。

 たかが知れている。


 残っているご飯をおにぎりにする。中身は梅干し、おかか、鮭フレーク。海苔もしっかり巻いた。

 おみそ汁を保温ジャーに詰めて、一緒に保冷バッグへ。


 いつもだったらここに卵焼きがつくんだけど、今は卵がありません。午後のネットスーパーの配達を待ちます。


 身支度を整えて、忘れずに抑制剤の束を持って、秋露おじさんの研究室へ向かった。


 いつもよりもなんだか軽く感じる身体の調子と、心と。

 それが、どうしても感じている「運命の番」がそばにいる効果なんだってことは、理解している。



 奇跡が起こった?



 いいや、私は知っている。

 いや、秋露おじさんだって知っている。


 奇跡なんて起こらない。


 あるのは偶然と必然と、事実に基づいた誰かの行動の重なり合いの積み重ねだけ。


 難しくかっこよく言ってしまっている。

 うーん、私にも中二病を患う素質が十分にあったみたいだ。


 なんせ、希少なΩだもんね。

 そして、他のΩとは違う、なんて言ってみる?


 ふふん、と自分のことを鼻で笑った。


 私はどうやら浮かれているようだ。



 ……だって、会いたかった人に会えた。



 諦めていた。

 諦めて、でも願っていた。


 Ωにとって、番になるαは、この世界にただ一人絶対の味方だ。

 誰もが夢に見ておかしくはない。



 自分のためのαが、目の前に現れてくれることを。



 ここが檻でも、黄金の鳥籠でもいい。


 こんな私が幸せにしてあげることができるαがいるなら、私にはまだ生きる価値がある。


 欲張って、願ってしまいたい。

 その幸せの中に、私も、……秋露おじさんも、混ぜてほしいんだ。





みつき

画面の向こう側の友達

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