朝の日課
日課は人それぞれ
これから暮らしていく街の初めての朝。
ランニングがてら、研究センターが見える場所を一周走ってみた。
方向音痴なんてことはないけれど、そんなものであったとしても心配がないほど、見失いようもない立派な研究センター(と病院の建物なんか)が常に視界に入る。
昨日、研究センターに到着したときは、駅からの道を案内図通り、という正規ルートだけを辿って歩いた。
周辺環境、周辺道路、脇道、これからしばらく滞在するんだ、そんなものを把握しておいて損はない。
だが、走り出してすぐ、自分の中にある凄まじい違和感に気づいた。
まず、カミユも言っていたけれど、道路に穴なんて空いてない。
綺麗に舗装された歩道と、敷かれたばかりかと見紛うアスファルトの道路が続いている。
通り過ぎたバス停や、ところどころ研究センターとの敷地を区切るようにある壁にカラフルなグラフィティなんて一つだって書かれていない。
よく切り揃えられた緑の生垣が壁代わりになっていて、なんの植物かは分からないが花まで咲いていた。
俺はどこかのアミューズメントパークの通路に迷い込んだのか? と疑問を覚えているところに、向かいからやってきたゆったりとした雰囲気の老年の男性に「おはようございます」と、声をかけられた。
「オ、オハヨウゴザイマス」
思わず走るスピードを落とした。
俺とすれ違うときに老人はちょっとだけ会釈までしてくれる。
いくら早朝とはいえ、こんな、後ろから襲われたらイチコロそうな老人が一人で歩いている?
彼の手には大きなトングとゴミの入ったゴミ袋。……ゴミ袋?!
また向かいから今度は二人、老人がやってくる。
会話を弾ませている女性たちだ。
「あら、おはようございます」
「おはようございます」
そして、この国の人種らしい、目を細めた柔らかい笑顔で挨拶をくれた。
「オハヨウゴザイマス」
挨拶を返す。
「あら~、外国の方なのにお上手〜」
「あら~、男前ねぇ。目の保養だわ〜」
きゃっきゃとはしゃぐマダムたちの手にも、トングとゴミ袋。
なんだ?
それにしても警戒心がない。
不用心じゃないか?
彼らとすれ違ってもう少し進んだところに、また老人がいた。
いや、今度は比較的年齢の若い青年も一緒だった。
老人が俺に気づいてペコリと会釈をしてくれたから、ぎこちない会釈をして返す。
どうやらゴミを拾っていた最中だった若者が、そんな老人の行動に気づいて、手を止めてこちらに振り返った。
二度見された。
だが、青年はなにも言わない。
ひどく驚いてはいたものの、老人がゴミを見つけたよ、と差し出してきたことのほうにすぐ気を取られていった。
「朝、ランニングされている方たちの新顔さんだねぇ。外国人さんだねぇ」
老人ののんびりとした声が後ろで聞こえた。
「えっ、外国人さん……、そうですね? ……え、あれって…?!」
青年の慌てた声も聞こえた。
俺のことを新顔、などと言ったということは、あの老人たちはこの周辺を走っているランニングマンの顔を全員覚えているということか?
それほど毎日、こんな朝早くにゴミ拾いを兼ねてうろついている?
まさか、彼らはエージェント?
そんなふうに疑いたくもなる。
……青年のほうは、俺の顔を知ってたな。
そういや、ふらふらと家を出てきたからちょっとでも顔を隠せるキャップやサングラスは持ってこなかった。
走るために髪は後ろにひとまとめ。
これじゃあ、最新映画の宣伝をしていたときの俺の姿をなにかしらのメディアで見たことのある人には「ヴァルティ・ノーススター」本人だと丸わかりだ。
……、……、……ま、いっか。
こんな早朝だ。
いったいあとどれだけの人とすれ違うというのだろう。
声をかけられたらかけられたで、そのとき。
それでいい。
気合を入れ直すと、改めて駆ける速さを上げた。
ヴァルティ
ゴミ拾いボランティアのじーじばーば
ボランティア参加青年




