みつきへの提案
日常こそが切実な理由
「二人が一緒に暮らすことによって」
ゴクリと、確かにみつきが緊張によって息を呑んだ気配を感じた。
「毎月支払われている生活費が、純粋に三人分になる」
当たり前の説明に、拍子抜けした。
みつきはΩだ。
希少で貴重な、国の保護対象。
まだ番も持たないみつきが、国内指折りの研究センターで、協力を惜しまない被験者として暮らしている。
普通の家庭で暮らしているΩよりも、国からの援助金及び協力御礼金などは得ているだろう。
その中に、生活保障費が含まれていてもなんら不思議ではない。
少ない額ではないだろう。
だが、毎日豪遊するような額かと問われれば、常識の範囲内だと答えるはずだ。社会情勢的にも。
そこに、突然二人分追加される。
「もちろん、ヴァルティくんに支払われる分はヴァルティくんのもの。カミユくんの分は、保護者であるヴァルティくんがある程度管理するだろうが、カミユくんのもの」
当たり前のことを説く。
当たり前のことだと、みつきもうなずく。
「だが、食費はどうなると思う?」
ピタッと、みつきは確かに止まった。
まるで猫の仔が耳を立てて、音を聞くかのように。
「共同生活なんだから、まあ、合算が無難だね。そのうえ、二人はαだ。ヴァルティくんなんてその立派な肉体維持のためにいろいろ必要だろう。カミユくんも、これからの成長のためにさぞいろんな栄養を必要とするだろうねえ」
医者及び研究者の視点で、食生活のことを心配されている?
「……俺は料理はほとんどしない。カミユが少しするくらいだ。ほとんどデリバリーや買ったもので」
そこまで言って、隣でみつきが信じられないものを見る目で俺を見た。
なんでそんなに驚かれるんだよ?
母国じゃ料理なんてほとんどしない、なんて奴は山ほどいた。
何のためにスーパーや飲食店があると思ってるんだ?
困惑の表情でみつきを見つめ返していると、秋露がウンウンとうなずきながら、言葉を続けてきた。
「αの食事量は、一般的な成人男性を上回る。高位αと定義される二人ならなおのこと。もちろん、その分の食費は上乗せされる」
そこまで言って、秋露はいったん、みつきの様子をしっかりと眺め見た。
必死で抑えている様子ではあるけれど、どこかそわそわと落ち着かない気配が彼女から感じられた。
「なおかつ」
再び説明が開始される。
「食べる、と決まっているのなら、それが朝昼夜の三食だろうが、合間に『作られる』お菓子だろうが、食費として計算して、金額を申請できるよねぇ?」
「はうっ?!」
みつきが変な叫び声を上げた。
「作られる」?
「そして『どこの誰か分からない者の手に渡る』なんて心配のない人物が実際、食べて消費してくれると」
ひょいひょいと、秋露は俺とカミユを手で指し示した。
「同じ屋根の下に住むんだから『Ωが作ったものだから口に入れる前に検分が必要』なんてことは言われない。生活者の区分としては家族として扱われるだろう。二人の扱いはみつきにとっての私と同じだね」
ゴクリと、今度は違った緊張で、みつきは息を呑んだ。
ちらりと、なんとも言い難い眼差しで、俺とカミユを見る。
「……あの、食べ物にアレルギーとか、ありませんか? ピーナッツとか、卵とか牛乳とか……」
なんで今そんなことを聞くんだろう、と思わずにはいられない。
「……ない」
「俺もないよ」
俺が答えたから、カミユも元気に答える。
みつきが嬉しそうに目を輝かせたのが一瞬、見えた。
「それにそれに」
まだ続くのか、と秋露へ視線を戻す。
「突然今までの生活の中に二人もやってくるんだ。ある程度、必要になる家財、家電や調理道具なんかも、要望はすんなり通るだろうね。ほら、前からみつきが欲しいと言っていた……」
「業務用のスタンドミキサーッ!!」
上ずった声で、みつきが叫ぶ。
「それだけじゃなかったろう?」
「……え、電気圧力鍋も?! あ、ご飯を食べる人数が増えたら、今の炊飯器じゃ量が……、まさか、買い替え……?!」
にやっと秋露が笑った途端、みつきの目は喜びで輝いた。
「冷凍庫も!! 冷凍だけの冷凍庫も欲しい!! たこ焼き用の鉄板のついたホットプレートも」
「叶うだろうね」
「ぴゃああぁっ」
上機嫌どころか、完全におかしなハイテンションで、みつきが叫ぶ。
「それにね」
興奮しすぎて呼吸がおかしいみつきに向かって、秋露はまだ続ける。
「家族と定義される人物、なおかつ、ヴァルティくんはみつきの運命の番だ。番契約がまだ結ばれていないにせよ、彼となら、……事前の許可など煩わしい手続きをせずに外出ができるよ」
驚き過ぎて、目を見開いたまま、みつきは秋露を見る。
そして、俺とカミユを見た。
「……あの、……あのっ、食べ物に好き嫌いは、ありますか? ……いっぱいご飯を作ったら、食べてくれますか? スーパーにお買い物に行きたいって言ったら、……ついてきてくれますか?」
おずおずと、申し訳なさそうに聞いてくる。
だから、答えるしかない。
「……ないよ。買い物くらいついて行ってやる。荷物持ちは必要だろう?」
女性にお願いごとをされて、無碍に断る性格はしていない。
「ルティが一緒に行くなら、オレは必要なくねぇか? ま、来てほしいって言うなら行くよ。そのかわり、オレ、この国で食べてみたいものいっぱいあるんだよね。それ買ってもらうから」
生意気に、カミユが言い放つ。
そんな言葉を聞いて、嬉しそうに笑みを噛み締めたみつきはカミユに尋ね返した。
「なにが食べたいの?」
「ん? えっとね、コンビニのタマゴサンドだろ? あとシュニッツェル、クロケット、カレーうどぅんとか、ライスボールにシュリンプ刺さってるやつとか。ショートケーキってやつも。あとね」
カミユが指折り数える、彼がこの憧れの国で食べてみたいもの。
次から次へと出てくる。
そういえば、この国に旅行に来た旅人たちが絶賛している食べ物のショート動画を、カミユは飽きもせずに食い入るように観ていたっけか。
「シュニッツェル……、トンカツのこと? スーパーで売ってる出来合のがいいの? それとも有名店の? 私が作るやつはダメ?」
カミユが一瞬動きを止めた。
「シュニッツェル、作れるの?」
「作れるよ? でも、揚げ物って一人分だけ作るのは面倒で。だから数枚作っても、いつも秋露おじさんのお弁当に詰めたり、カツサンドにしたり、次の日もその次の日も食べて消費するんだけど、同じメニューばかり続くと……」
肩を落としている彼女をよそに、カミユの目がらんらんと輝いて、先ほどのみつきのようなハイテンションで席を立った。
「みつきサン、すげえ!! あれは?! カラアゲとか!! パンプキンの入ってるクロケットって、甘いの?! しょっぱいの?!」
「ええ? 唐揚げも食べてくれるならいろんな唐揚げ粉試せるから大歓迎です。カボチャの、……コロッケ? 食べてみたほうがはやいと思います。カボチャも旬だから、スーパーにお買い物に行くの、……ついて来てくれるなら作る」
みつきの提案に、カミユが喜びで打ち震えたのを確かに見た。
そしてカミユは俺の肩を無造作に掴んで、ユサユサと遠慮なく揺さぶってきた。
「やめろ、落ち着けカミユ」
「みつきサンと暮らせば、この国の『家庭料理』ってやつを食べられるんだろ?! 嬉しすぎるんだけど?!」
「お前がそこまで食い意地張ってるなんて、初めて知ったぞ?!」
「食べられないわけじゃないけどさ、いつも食べてたやつは美味いって思って食べてたわけじゃないんだよ。そんな気持ちで一生、飯食べるなんて嫌じゃん!!」
もっともな言い分だ、と思ってやるには、俺は普段の食事にそれほど興味も熱意も要望もない。
だからといって俺の年齢の半分ほどのカミユの熱い思いを否定する気なんかもない。
カミユが落ち着くのを待っていると、秋露が笑いながら横から声をかけてきた。
「カミユくんに提案しようとしていたことのほとんどを、みつきが言ってしまったよ」
この国びいきで、憧れを抱いていたカミユのことを調べでもしていたのか。
愉快に喉を鳴らして笑っている秋露へ向き直った。
ヴァルティ
秋露
みつき
カミユ




