住居のこと 提案? 決定事項?
紳士的と言えばそうだけど
「さぁ、座って」
秋露はみつきを中に通し、自ら進んで椅子を取りにいく。
秋露のエグゼクティブデスクの向かいに座っていた俺とカミユの横にきちんと椅子を並べて、紳士的に、まるでエスコートのように手を差し伸べ、彼女を座らせた。
αとしての行動、として見るなら、あり得るものだろう。
家族として見るなら、過保護かもしれない。
特殊な環境に置かれた姪っ子を特別大事にしている叔父、と言うなれば、多少納得もできる。
……そういえば、秋露はみつきの姉の夫だと先ほど言った。となれば、二人の関係は義理の兄妹だ。
だが以前に教えてもらった関係は、姪とおじだった。何かがおかしい。
考えを巡らせようとしていたのだが、手を伸ばせば簡単に届く距離にみつきが座り、ゆるく編まれた長い髪をするりと前へ流した動きだけで、思考が飛んだ。
俺が見ていることに気づいてみつきがこちらを見る。
まるで「どうかしましたか?」とうかがってくるかのような眼差し。
少し首を傾げて、どうしていいのか分からないから笑ってみた、と言わんばかりに、少しだけ微笑みを浮かべた。
『……、……かわ…、……、……じゃない。落ち着け、俺……』
挙動不審にならないよう、細心の注意を払いながら彼女から目を逸らした。
「さて、住居のことだったね。場所はこの建物、研究センターの上層階だ」
秋露が自分の椅子に座り、ニンマリと笑いながらさらりと告げた。
思わず、俺もカミユも、なんとみつきも天井を見上げた。
こういった立派な研究センターなんかの中に、研究者たちの、もしくは被験者のためなんかの居住フロアが作られていることは、珍しくない。
そこを使えと言っているのかな、と秋露へと視線を戻した。
「階は、最上階から一つ下。立派な居住フロアで、一番いい部屋だ。セキュリティも厳重、眺め抜群、陽あたり良好、設備も最新鋭。二人のためのベッドももう手配して、部屋に運んである」
ガタン!!
隣で息を呑んだみつきが、椅子を揺らしながら立ち上がった。
驚愕し、口を手で押さえて、秋露を見つめている。
なにごとかと思う。
「秋露おじさん?!」
「頼んだとおり、新しいシーツや寝具は洗濯しておいてくれたんだろう?」
「はい、もう乾いて、たたんでちゃんと部屋に……。……秋露おじさん?!」
戸惑い叫ぶみつきの態度に、秋露はニコニコし続けている。
「ということで、準備はちゃんとできているようだ。ヴァルティくん、カミユくん、君たちはみつきと一緒に住んでもらう」
言われた言葉がすぐに理解できなくて、沈黙だけが落ちた。
隣でカミユが首を傾げている。
隣でみつきが目を泳がせて、どうするべきなのかと困っている。
「……、……冗談だよな?」
そりゃ、秋露の研究に協力するにあたって、この国での生活と最高の住居を約束すると契約書にまでわざわざ書いてくれて、決めたけれど。
「冗談なわけがあるものか。それにほら、ヴァルティくん。もうその住所を学校への必要書類に明記したよ? 君自身の手で」
にやっと、秋露の顔に広がった満足気な笑み。
ガバッと背後へ振り返る。
もちろん、秋露が学校への書類を入れた封筒を渡した看護師がいるわけもない。
ただ閉まったドアが見えるだけだ。
追いかけるにしても、どこへ向かえばいいかも分からない。
速達ですぐ郵送と言われたからには、勤勉なこの国の、秋露が信用を置くスタッフならば、もう手配を済ませたと考えても間違いじゃないだろう。
……してやられた。
完全にハメられた。
簡単な誘導。
単純な不注意。
信用と契約から生まれた妄信。
悪意が微塵も感じられなかったから、気をつける、なんてことすら忘れた迂闊さ。
にこにこと笑う秋露の顔を見て、自分が情けなくて、思わず歯噛みした。
「冗談だろ…っ、秋露センセイ。あんた、俺に警察のご厄介になるようなことするなって言った口で、なんて提案してくんだよ?! こういう場合は最低限、あんたの大事な姪っ子と距離を取らせるのが正解だろ?!」
苦々しく、常識的な行動を示唆してみる。
なのに秋露は飄々と、にこにこ笑顔をまるで変えようもせずに言い返してきた。
「提案じゃないよ? 決定項目さ、ヴァルティくん」
椅子に背をもたれかけさせて見せる余裕すらある秋露。
だが、わざとみつきのことを姪っ子と呼んだことに反応する素振りはない。
それほど、彼にとっては気に留める必要のない自然な言葉だったんだろう。
その確信を得るかわりに、決定事項と言われたことに絶望感を味わう。
それでも、言い返そうとして言葉を探した。
なんでもいいから何か言わなければいけないと思った。
でないと、……状況を喜んで受け入れてしまいそうな自分がいる。
「そうです、おかしいです、秋露おじさん!!」
隣でみつきが叫んだ。
「なんで、なんで一緒に暮らすことになるの? ベッドだって『ちょっと置いておいて』って言っただけで、こんなの聞いてません!!」
みつきも秋露に騙された、というか、知らぬ間に手玉に取られていたと見える。
秋露に言い返す必死さを見て、内心、「もっと言ってやれ」と彼女を応援する気持ちと「そこまで嫌がるのか」と残念に思う気持ちが湧き上がった。
同時に、後者の気持ちを「気の迷いだ」と思い込もうと必死になったけれど。
「ふふふっ」
秋露はいっとう楽しそうに、声に出して笑った。
そこに悪意じみた感情はない。
ただただ本当に、楽しそうなだけ。
「戸惑うのはごもっとも、とか言ってあげたいけれど。三人ともに利益があると示して、説明も入れて、納得してくれたら文句はない、ととらえてもいいかな?」
それは、ある意味この信じられないような常識を欠いた同居生活の必然性について、三人それぞれを説き伏せようという試みか。
それにしても秋露はなんでこんなにも楽しそうなんだ? と、思わずにはいられない。
「まず、みつき」
そうしているうちに、彼は饒舌に説き始めた。
とても優しい口調で。
ヴァルティ
秋露
みつき
カミユ




