第6話 壊れた拍子
銃声は、思ったより軽かった。
乾いた破裂音。
部屋の空気が震える。
棚のボトルが砕け、ガラス片が散った。
シオンの肩が大きく跳ねる。
耳鳴り。
火薬の匂い。
胸が速く脈打っている。
ローズはすぐ隣で、静かにボトルを見ていた。
「少し右」
シオンは呆然としたまま振り返る。
「……今の聞いて、それ?」
「評価は必要」
「頭おかしい……」
ローズは少しだけ考える。
「否定はしない」
シオンは笑いそうになった。
でも笑えなかった。
手が震えている。
ローズが拳銃を受け取る。
「初めてにしては悪くない」
慣れた動きで安全装置を戻す。
その指先を見ながら、シオンはぽつりと言った。
「ほんとにやってるんだ」
「うん」
「人を撃つの」
「うん」
ローズは隠さない。
だから怖い。
シオンは壁へ背中を預ける。
「……慣れるの」
ローズは少し黙った。
「技術は慣れる」
「じゃあ、心は」
長い沈黙。
ローズは答えなかった。
その代わり、静かに言う。
「君は慣れない方がいい」
シオンは眉を寄せる。
「教えてるのに?」
「矛盾してるのは分かってる」
ローズは窓の外を見る。
灰色の空。
遠くを飛ぶ輸送ドローン。
「でも、何も知らないまま死ぬよりはいい」
シオンはその言葉に引っかかった。
「……死ぬ?」
ローズは振り返らない。
「この街は、そういう場所」
部屋が静かになる。
シオンは窓の外を見る。
下の通り。
人が歩いている。
ネオン。
広告。
笑い声。
でも少し路地へ入れば、人は簡単に消える。
シオンは知っていた。
ローズが言う。
「今日は外へ出る」
「仕事?」
「半分」
ローズがコートを羽織る。
黒。
舞台衣装とは違う。
輪郭が鋭く見える。
シオンは無意識に聞いていた。
「……私も行く」
ローズの動きが止まる。
「危険」
「ここで待ってろって?」
「その方が安全」
シオンは首を振る。
「嫌」
ローズがこちらを見る。
「なぜ」
シオンは少し黙った。
上手く言葉にならない。
でも。
「一人で待ってる方が落ち着かない」
ローズは数秒止まる。
また内部で何か計算しているみたいだった。
やがて静かに言う。
「後悔するかもしれない」
「もうしてる」
ローズは小さく瞬きをした。
それから。
「……分かった」
都市の下層区は、夜になると別の顔になる。
ネオンが濃くなる。
音楽が大きくなる。
酔った人間。
ドラッグ売り。
義体部品屋。
雨上がりの路地を、ローズは迷いなく歩いていく。
シオンはその後ろを追う。
ローズは目立つ。
歩いているだけで空気が変わる。
綺麗すぎるから。
でも同時に、誰も近づこうとしない。
獣みたいな直感で、危険だと分かるのかもしれなかった。
シオンが小声で聞く。
「どこ行くの」
「会うだけ」
「誰に」
「仲介人」
嫌な単語だった。
ローズは古いバーの前で止まる。
看板の灯りが切れかけている。
店内からジャズが漏れていた。
ローズが扉を開ける。
煙。
酒。
薄暗い照明。
カウンター席の男が、ローズを見るなり顔色を変えた。
「……珍しいな。お前が連れ付きとは」
男の視線がシオンへ向く。
値踏みするみたいな目。
シオンは少し睨み返した。
ローズが一歩前へ出る。
それだけで男が視線を逸らした。
男は苦笑する。
「怖ぇな」
ローズは無表情だった。
「依頼は」
男が端末をテーブルへ滑らせる。
赤いデータ画面。
顔写真。
男。
企業幹部らしい。
ローズは静かに確認する。
シオンは横から覗き込んだ。
「……これ」
「対象」
ローズは淡々としている。
シオンの胃が少し重くなる。
写真の男は笑っていた。
普通の人間に見える。
ローズが端末を閉じる。
「時間は」
「今夜だ。護衛付き」
男が煙草へ火をつける。
「お前なら余裕だろ。“白薔薇”」
シオンが顔を上げる。
「白薔薇?」
男はニヤつく。
「知らねぇのか。こいつの呼び名」
ローズは男を見る。
「余計な話」
「悪い悪い」
でも男は楽しそうだった。
「綺麗に殺すからそう呼ばれてる」
シオンの喉が動く。
ローズは何も言わない。
否定もしない。
シオンは初めて理解する。
ローズはただの殺し屋じゃない。
この街で名前を持つ側の存在だ。
ローズが立ち上がる。
「行く」
シオンは慌てて後を追った。
バーを出る。
夜風が冷たい。
しばらく無言で歩く。
やがてシオンが言う。
「……綺麗に殺すってなに」
ローズは前を向いたまま答える。
「苦痛を長引かせない」
「そういう問題?」
「重要」
ローズは静かだった。
「死ぬなら、一瞬の方がいい」
シオンは返事ができない。
ローズは本気でそう思っている。
残酷なのに。
どこか優しい。
その矛盾が、シオンには一番怖かった。




