第45話 ノイズの価値
中央区第七管理通路。
赤い警報灯が、
無機質な白い壁を染めていた。
防衛群の残骸が、
通路へ散らばっている。
火花。
焦げた匂い。
ローズが静かに立っていた。
呼吸は乱れている。
銀色の瞳が、
時折ノイズみたいに赤く揺れる。
制御命令がまだ残っている。
シオンは、
その姿を見るたび胸が痛んだ。
エヴァが周囲を警戒しながら歩く。
「静かすぎる」
グレンが低く答える。
「嫌な静けさだな」
その時。
天井スピーカーから、
再び女声アナウンスが響いた。
『旧管理権限保有者、
アベル・レインを認識』
『管理逸脱を確認』
『排除プロセスへ移行します』
静寂。
シオンがアベルを見る。
アベルは無表情だった。
だが。
その沈黙が、
逆に異様だった。
グレンが苦く笑う。
「自分で作ったもんに、
殺される気分はどうだ」
アベルは答えない。
代わりに、
ゆっくり前を見た。
白い通路奥。
巨大隔壁。
その向こうから、
重低音が響いている。
都市中枢。
演算体。
エヴァが眉をひそめる。
「まだ行く気?」
「止めなければ、
下層区は消える」
アベルの声は静かだった。
エヴァが吐き捨てる。
「今さら善人ぶるな」
空気が張る。
シオンも何も言えなかった。
アベルは、
許される人間じゃない。
その通りだった。
でも。
都市を止める方法を知っているのも、
アベルだけ。
その現実が重い。
その時。
ルカが突然立ち止まった。
小さく頭を押さえる。
アスターが慌てる。
「ルカ?」
ルカの瞳が揺れていた。
焦点が合わない。
「……歌が、
聞こえる」
全員が止まる。
歌?
だが次の瞬間。
通路奥から、
微かな音楽が流れてきた。
古い旋律。
ピアノ。
かすれたトランペット。
シオンの呼吸が止まりそうになる。
ジャズだった。
グレンの顔色が変わる。
「なんで中央区で……」
アベルが初めて僅かに眉を動かす。
「記憶層……?」
音楽は、
通路の奥から流れている。
まるで。
誰かが待っているみたいに。
ローズの足が止まった。
その瞳が揺れる。
『踊る?』
断片。
雨。
工場。
温度。
ローズの手が震える。
シオンがそっと支える。
ローズは小さく呟いた。
「……消えて、
ない」
アベルが見る。
その視線には、
もう以前みたいな確信がなかった。
理解できない。
なぜ記憶が残る。
なぜ感情が消えない。
都市AIは、
ノイズとして排除する。
でも。
そのノイズが、
ローズを動かしている。
その時。
中央区全域が激しく振動した。
警報。
赤い光。
そして。
巨大モニターが一斉点灯する。
無数の監視画面。
下層区。
炎。
避難民。
崩落。
都市が、
本当に切除を始めていた。
アスターが震える。
「……ひどい」
アベルは画面を見つめたまま、
小さく呟く。
「違う」
誰も動かなかった。
アベルは続ける。
「私は……
こんな形を望んでいない」
グレンが睨む。
「同じだろ」
「違う」
今度は少し強かった。
アベルの瞳が揺れている。
「私は、
人を救うために——」
その瞬間。
通路奥の巨大隔壁が、
ゆっくり開いた。
冷たい白光。
その向こう。
巨大空間。
円形構造。
幾重もの演算リング。
そして中央に。
巨大な劇場舞台があった。
赤い緞帳。
崩れた客席。
無数のモニター。
シオンが息を呑む。
都市中枢は。
劇場だった。
そして。
舞台中央の暗闇で。
ひとつの赤い光が、
ゆっくり点灯する。
『観測対象を確認』
『感情ノイズを排除します』
無機質な女声が、
静かな劇場へ響いた。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




