第43話 閉ざされた中央区
非常警報が鳴り続けている。
赤い光。
回転する警告灯。
地下搬入口の巨大鉄壁が、
ゆっくり降下していた。
重い駆動音が、
地下全体を震わせる。
グレンが舌打ちした。
「閉鎖速度、
早すぎる……!」
エヴァが即座に動く。
「シオン! ローズ連れて来い!」
シオンははっと顔を上げる。
ローズ。
まだ立っていた。
銀色の瞳が揺れている。
制御命令と、
感情ノイズが衝突しているみたいだった。
アベルが静かに見る。
その目は、
冷たいまま変わらない。
「興味深いな」
シオンが睨む。
「黙って」
アベルはほんの少しだけ目を細めた。
その瞬間。
ローズの身体が崩れた。
シオンが慌てて支える。
冷たい。
でも。
微かに震えている。
ローズが小さく呟く。
「……制御層が、
干渉してる」
声が掠れていた。
シオンの胸が痛む。
アベルは淡々と言う。
「長くは持たない」
グレンが怒鳴る。
「だったら今すぐ止めろ!」
「不可能だ」
即答だった。
エヴァが銃を向ける。
「撃つわよ」
だがアベルは動じない。
「ここで私を殺せば、
ローズの制御コードは永久固定される」
静寂。
シオンの顔色が変わる。
アベルは続けた。
「解除権限は私しか持たない」
グレンが低く呟く。
「最悪だな……」
つまり。
アベルを殺せない。
だが。
信用もできない。
地下空間が、
重苦しい沈黙へ包まれる。
その時。
ルカが、
ぼんやり天井を見ていた。
赤い警告灯。
閉鎖タイマー。
そして。
小さく呟く。
「……中央制御、
演算偏移」
エヴァが振り返る。
「なんだって?」
ルカの瞳は焦点が曖昧だった。
まるで。
施設教育で埋め込まれた情報が、
無意識に漏れているみたいだった。
「上層演算……
不安定……」
アベルの視線が、
初めて鋭く変わる。
ルカを見る。
「その情報を、
どこで得た」
ルカは怯える。
アスターが庇うように前へ出た。
アベルは数秒沈黙した。
それから静かに呟く。
「……そうか」
その声には、
初めて僅かな違和感があった。
グレンが眉をひそめる。
「何だ」
アベルは答えない。
だが。
地下の空気が変わっていた。
中央区側から、
低い振動音が響いてくる。
巨大機構。
何かが起動している。
エヴァが舌打ちする。
「今度は何」
アベルはゆっくり中央区方向を見る。
「都市中枢が、
自律補正を始めた」
シオンが理解できず顔をしかめる。
グレンの表情だけが凍った。
「……おい、
それってまさか」
アベルは静かに言った。
「TARGET適正外区域の、
強制切除だ」
沈黙。
アスターが呆然とする。
「……切除?」
グレンが吐き捨てる。
「粛清だよ」
空気が凍る。
中央区演算AIが、
都市維持のために、
“不安定要素”を削除し始める。
下層区。
逃亡者。
非適正者。
全部。
シオンの背筋が寒くなる。
「そんなの……」
アベルは無表情だった。
だが。
その横顔へ、
ほんの僅かな焦りが見えた。
シオンは気づく。
この人ですら、
完全には制御できていない。
その時。
地下全域へ、
新しい警報音が響いた。
『中央演算体起動』
『適正化プロトコル開始』
『カウントダウンを開始します』
巨大鉄壁が、
さらに降下速度を上げる。
グレンが叫ぶ。
「走るぞ!!」
全員が動き出す。
中央区へ。
閉じる都市の中心へ。
その直前。
シオンは一瞬だけ振り返った。
アベル。
白いコート。
赤い警報灯。
その姿は、
初めて少しだけ、
孤独に見えた。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




