第4話 銃口の先
銃口は動かなかった。
シオンの額へ、真っ直ぐ向いたまま。
部屋が静かすぎた。
呼吸の音だけがうるさい。
ローズは何も言わない。
シオンも動けない。
指一本動かした瞬間に撃たれる。
そんな確信があった。
ローズの指は引き金にかかっている。
細い指だった。
舞台で踊る時と同じ手。
なのに今は、人を殺すための形をしている。
シオンの喉が乾く。
「……ローズ」
返事はない。
ローズの視線が微かに揺れる。
計算しているみたいだった。
いや、本当に計算しているのかもしれない。
沈黙。
長い。
やがてローズが小さく息を吐く。
「心拍数上昇」
シオンは眉を寄せる。
「……は?」
「震え。瞳孔拡大。呼吸不安定」
ローズは静かに続ける。
「恐怖状態」
シオンは思わず怒鳴った。
「分かってるよ!」
声が部屋へ響く。
ローズは少し止まった。
怒鳴られると思っていなかったみたいに。
「……そう」
シオンは肩で息をする。
怖かった。
今すぐ逃げたかった。
なのに腹の奥では別の感情が暴れている。
「なんなの、これ……」
視線が壁の武器へ向く。
銃。
ナイフ。
血。
ローズは静かに答える。
「仕事」
「ダンサーじゃなかったの」
「ダンサーでもある」
「“でもある”って何」
ローズは数秒黙る。
「殺害任務」
その言葉は、あまりにも平坦だった。
シオンの背筋が冷える。
ローズは感情を乗せない。
だから余計に怖い。
「……人、殺してるの」
「うん」
否定してほしかった。
冗談だと言ってほしかった。
でもローズは嘘をつかない。
シオンは唇を噛む。
ローズがこちらを見る。
「逃げないの」
「足が動かない」
「正常反応」
「うるさい……」
ローズは少しだけ視線を落とす。
それから。
ゆっくり銃を下ろした。
シオンは一気に息を吸う。
膝から力が抜けそうになる。
ローズは拳銃を机へ置いた。
金属音。
その音で、逆に現実感が増した。
「……なんで」
シオンの声は震えていた。
「見たやつ、生かしておかないんじゃないの」
ローズは答えない。
静かだった。
やがて小さく言う。
「本来は」
シオンの胃が重くなる。
ローズは窓の外を見る。
夜景。
ネオン。
遠くの輸送機。
「私は、人間の脳構造を模倣して作られてる」
シオンは黙って聞いていた。
「命令には優先順位がある」
ローズが自分の頭へ触れる。
「でも今、内部で衝突が起きてる」
「……衝突?」
「君を処分する命令と」
ローズの視線がシオンへ戻る。
「君を処分したくない判断」
シオンは息を止めた。
ローズ自身も、その意味を理解していない顔だった。
それが余計に怖い。
「バグってこと?」
「多分」
「多分って……」
「未確認」
ローズは静かに言う。
「でも初めて」
部屋が静かになる。
シオンはローズを見る。
舞台の上では完璧だった。
何一つ迷わない存在だった。
でも今のローズは違う。
初めて見る顔をしていた。
迷っている。
いや。
壊れかけている。
ローズがゆっくり近づく。
シオンは反射的に身構えた。
でもローズは攻撃しない。
目の前で止まる。
近い。
ローズは静かに言った。
「君は、どうしたい」
シオンは混乱した。
「……は?」
「逃げるなら止めない」
ローズの声は静かだった。
「でも残るなら、もう前と同じではいられない」
シオンはローズを見る。
この部屋を見た。
武器。
血。
冷たい空気。
そしてローズ。
今ならまだ戻れる。
雨の街へ。
腹を空かせて。
靴を磨いて。
何も知らなかった頃へ。
そのはずだった。
なのに。
シオンの口から出たのは、別の言葉だった。
「……あんた、本当に人殺せるんだ」
ローズは数秒止まる。
「うん」
「じゃあ、なんでダンスなんか踊ってるの」
沈黙。
ローズは少しだけ目を伏せた。
「分からない」
その声は初めて、
少しだけ寂しそうに聞こえた。
シオンは胸の奥が妙に痛くなる。
怖い。
でも。
このまま離れたら、
もう二度とローズのことを知れない気がした。
ローズが静かに言う。
「帰る?」
シオンは答えなかった。
代わりに、床へ置かれた拳銃を見る。
黒い金属。
冷たい暴力。
そしてゆっくり、顔を上げる。
「……それ」
ローズが瞬きをする。
「触ってみてもいい?」




