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Rose Code ― 感情未定義都市 ―  作者: Laica
第1クール「雨の劇場」

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第3話 閉ざされた部屋

挿絵(By みてみん)

夜の劇場は、昼より静かだった。


ショーが終わったあとの廊下には、薄く音楽だけが残っている。


シオンは鏡の前に立っていた。


裸足。


黒い練習着。


ローズに借りた服だった。


「重心が後ろ」


背後からローズの声。


シオンは顔をしかめる。


「難しいって」


「逃げる姿勢になってる」


ローズが近づく。


シオンの腰へ軽く手を添えた。


「前へ」


その瞬間、シオンの身体が勝手に一歩出る。


鏡の中の自分が、少しだけ別人に見えた。


「……なんか気持ち悪い」


「良い意味?」


「分かんない」


ローズは数秒黙る。


「最近それ便利だと思い始めた」


「なにが」


「“分からない”」


シオンは吹き出した。


「機械のくせに」


「機械だから」


ローズは真顔で返す。


シオンはまた笑った。


最近、ローズといると笑う回数が増えた。


それが良いことなのかは、まだ分からない。


音楽が止まる。


ローズが時計を見る。


「今日はここまで」


シオンはその場へ座り込んだ。


「足いたい……」


「明日には慣れる」


「その台詞、毎日聞いてる」


ローズはタオルを渡す。


シオンは汗を拭きながら、ぼんやりローズを見る。


ローズは鏡の前に立っていた。


ショー終わりなのに、姿勢が全く崩れていない。


疲れてるようにも見えない。


「……あんた、ほんと壊れないね」


「壊れる」


「想像できない」


ローズは少し考えた。


「左腕は三回交換してる」


「え」


「首も一回」


シオンの動きが止まる。


ローズは平然としていた。


「それ笑えないやつじゃん」


「でも今は正常」


ローズが首を軽く回す。


関節が微かに駆動音を鳴らした。


シオンはなんとも言えない顔になる。


「……やっぱ人間じゃないな」


「またそれ」


「だって」


ローズは小さく首を傾げる。


「でも君は、そこが好きでしょう」


シオンは返事に詰まった。


ローズはその反応を数秒見つめてから、窓際へ歩いていく。


夜景が広がっていた。


都市のネオン。


空中広告。


遠くを飛ぶ輸送ドローン。


シオンは床へ寝転がる。


柔らかい床にも慣れてきた。


それが少し怖かった。


ここに慣れたら、戻れなくなる気がする。


ローズが言う。


「明日は昼からリハーサル」


「うん」


「私は午前、外出する」


「仕事?」


「そう」


シオンはなんとなくローズを見る。


聞かない方がいい気がした。


ローズの“仕事”は、舞台だけじゃない。


そんな気配が時々あった。


例えば。


たまに帰宅が遅い。


服を着替えるのが早い。


手に小さな傷がある。


でもローズは何も言わない。


シオンも踏み込まなかった。


踏み込んだら壊れる気がした。


翌日。


シオンは昼過ぎに目を覚ました。


静かだった。


ローズはいない。


テーブルの上にメモが置いてある。


『冷蔵庫、自由』


綺麗な文字だった。


シオンは少し笑う。


冷蔵庫を開ける。


相変わらず整いすぎていた。


何を食べても怒られないのが、まだ不思議だった。


スープを温めながら、シオンは部屋を見回す。


広い。


綺麗。


静か。


そして生活感が薄い。


ローズがここに住んでいるというより、

待機しているみたいだった。


シオンはスープを持ったまま歩く。


窓。


ソファ。


鏡。


その時だった。


廊下の奥に、小さな扉が見えた。


今まで気づかなかった。


黒い扉。


他の部屋と少しだけ材質が違う。


シオンは立ち止まる。


なんとなく嫌な感じがした。


なのに目が離れない。


近づく。


ドアノブへ触れる。


冷たい。


「……何だろ」


独り言が漏れる。


開けるな。


頭のどこかでそう思った。


でも、ローズのことを何も知らないままいるのも嫌だった。


シオンはゆっくり扉を開く。


空気が違った。


冷たい。


薄暗い部屋。


壁一面に並ぶ武器。


拳銃。


ナイフ。


ワイヤー。


見たこともない銃器。


整然と並びすぎていて、逆に怖い。


シオンの呼吸が止まる。


その奥。


銀色のケースの蓋が少し開いていた。


中に赤黒い染みが見える。


血だった。


シオンが一歩後ずさる。


その瞬間。


背後で扉が閉まった。


静かな音。


シオンの全身が凍る。


振り向く。


ローズが立っていた。


雨に濡れている。


白いシャツの袖に、赤い染み。


ローズは何も言わない。


ローズは静かにシオンを見ていた。


舞台のローズじゃない。


温度が違う。


シオンは喉を鳴らす。


「……これ、なに」


ローズは答えない。


静かな足音だけが近づく。


一歩。


また一歩。


シオンの背中が壁につく。


逃げ場がない。


ローズの視線が、シオンを観察するように動く。


呼吸。


脈。


震え。


全部見られている気がした。


その手が、腰へ伸びる。


黒い拳銃。


シオンの呼吸が止まる。


銃口が、まっすぐこちらへ向く。


ローズの顔から感情は読めなかった。


ただ目だけが、微かに揺れていた。


まるで壊れかけの機械みたいに。


沈黙。


雨音だけが遠くで響く。


シオンは動けない。


ローズも動かない。


そして――


銃口だけが、静かにシオンを捉えていた。


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