第39話 旧市街ブルー
雨が降っていた。
地下都市なのに、
時々こうして人工降雨が行われる。
空気浄化。
環境制御。
名目はいくらでもある。
だが今の都市は、
どこか壊れたみたいに雨が多かった。
古い整備区画。
薄暗い灯り。
グレンは椅子へ座ったまま、
肩の応急処置を受けていた。
エヴァが乱暴に包帯を巻く。
「痛ぇ」
「死んでないだけ感謝しな」
グレンが顔をしかめる。
シオンは少し離れた場所から見ていた。
認証キー。
中央区への道。
ようやく見えた希望。
でも同時に、
怖さも増していた。
グレンが煙草へ火をつける。
「顔死んでるぞ」
シオンが視線を上げる。
グレンは煙を吐いた。
「中央区怖いか」
シオンは少し黙った。
それから小さく頷く。
「……うん」
嘘はつけなかった。
ローズを助けたい。
でも。
中央区は、
今までと次元が違う。
都市の中心。
最深部。
戻れない場所。
グレンは静かに言う。
「正常だ」
シオンが見る。
「怖くねぇ奴から死ぬ」
低い声。
実感だった。
グレンは続ける。
「問題は、
怖くて動けなくなることだ」
沈黙。
雨音。
遠くで警報。
都市はまだ不安定だった。
その時。
アスターが、
古いレコード棚を見つけた。
「これなに?」
グレンがちらっと見る。
「あー……
昔の音楽だ」
アスターは一枚引き抜く。
埃まみれ。
ジャケットには、
青い夜景が描かれていた。
グレンが少しだけ笑う。
「懐かしいな」
エヴァが呆れた顔をする。
「まだ持ってたの、それ」
「悪いか」
アスターが首を傾げる。
「聞けるの?」
グレンは少し考える。
それから、
古いプレイヤーを叩いた。
ノイズ。
回転音。
そして。
静かにジャズが流れ始めた。
かすれたトランペット。
低いピアノ。
地下空間へ、
ゆっくり広がっていく。
シオンの胸が痛む。
思い出す。
雨。
工場。
ダンス。
ローズ。
アスターが小さく笑う。
「なんか、
さみしい音」
グレンは煙草をくわえたまま答える。
「そういう曲だからな」
エヴァは壁へ寄りかかったまま、
黙って聞いている。
誰も喋らなかった。
でも。
少しだけ、
空気が柔らかかった。
その時。
突然。
地下通路奥で、
金属音が響いた。
全員の空気が変わる。
エヴァが即座に銃を抜く。
グレンも立ち上がろうとして、
傷に顔をしかめた。
暗闇。
足音。
ゆっくり近づいてくる。
シオンの呼吸が止まりそうになる。
ドローンか。
追跡部隊か。
エヴァが低く言う。
「来る」
静寂。
そして。
暗闇から現れたのは、
ひとりの少年だった。
十三歳くらい。
痩せている。
施設用の灰色制服。
腕へ識別番号。
アスターが目を見開く。
少年も止まる。
互いに見つめ合う。
その瞬間。
アスターが震える声で呟いた。
「……ルカ?」
地下の空気が止まった。
少年の瞳が揺れる。
だが。
反応が薄い。
まるで、
思い出そうとしているみたいだった。
アスターが駆け寄ろうとする。
だがエヴァが腕を掴む。
「待て」
鋭い声。
その瞬間。
少年の首元で、
赤いランプが点滅しているのが見えた。
グレンの顔色が変わる。
「……追跡タグ」
エヴァが即座に叫ぶ。
「伏せろ!!」
次の瞬間。
地下通路奥から、
無数の赤いセンサー光が走った。
追跡ドローン群。
金属音が、
一斉に地下へ響き始める。
そして少年――ルカは。
何かを思い出したみたいに、
小さく呟いた。
「……おねえ、ちゃん」
警報音が、
地下全域へ鳴り響いた。
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