第38話 名前の残響
地下搬送路は、
どこまでも暗かった。
古い配管から、
水滴が落ち続けている。
一定の間隔。
まるで雨みたいだった。
シオン達は、
放棄された整備区画へ辿り着いていた。
壁際には古い発電機。
壊れた搬送コンテナ。
油の匂い。
グレンが用意した隠れ家だった。
だが。
肝心のグレンはいない。
通信も途絶えたまま。
シオンは落ち着かなかった。
アスターは、
缶詰を抱えたまま眠っている。
疲れ切っていた。
エヴァが銃を分解している。
慣れた手つき。
静かな金属音だけが響く。
シオンがぽつりと言う。
「……グレン、
死んでないよね」
エヴァは手を止めなかった。
「簡単には死なないわよ、ああいうの」
「でも」
「でもも何もない」
冷たい声。
だが。
ほんの少しだけ、
強く言い切れなかった。
シオンは俯く。
今まで。
守られてばかりだった。
ローズ。
グレン。
エヴァ。
みんな傷だらけなのに、
自分だけ何もできない。
その時。
エヴァが銃をシオンへ投げた。
シオンが慌てて受け止める。
重い。
冷たい。
シオンの身体が強張る。
「構えな」
「……今?」
「今」
エヴァは立ち上がる。
「中央区行くなら、
もう逃げるだけじゃ終わらない」
シオンは銃を見る。
怖い。
手が震える。
エヴァは静かに言った。
「撃てなくてもいい」
シオンが顔を上げる。
エヴァは真っ直ぐ見ていた。
「でも、
持てないと話にならない」
沈黙。
シオンはぎこちなく構える。
重い。
腕が震える。
照準も定まらない。
エヴァは少しだけ眉をしかめる。
「力入りすぎ」
「む、無理……」
「死にたくないなら慣れろ」
厳しい声。
だが。
その言葉には、
実感があった。
何度も生き残ってきた人間の声。
シオンは歯を食いしばる。
その時。
アスターが目を覚ました。
ぼんやり二人を見る。
それから、
小さく呟く。
「……シオン、
かっこわるい」
エヴァが吹き出した。
シオンが真っ赤になる。
「なっ……!」
アスターは少し笑う。
久しぶりの笑顔だった。
地下の空気が、
ほんの少しだけ緩む。
その瞬間。
奥の古いモニターが突然点灯した。
ノイズ。
全員が止まる。
画面へ、
都市ニュースが映る。
『中央管理局より通達』
機械音声。
『危険個体ROSEの再調整が最終段階へ移行』
シオンの顔色が変わる。
画面が切り替わる。
白い空間。
ローズ。
無表情。
銀色の瞳。
だが次の瞬間。
研究員の声が響く。
『記憶領域に再び異常反応!』
ローズの身体が僅かに揺れる。
『対象名を確認』
ノイズ。
ローズの唇が、
ほんの少しだけ動く。
『……シ……』
映像が乱れる。
研究員達がざわめく。
『また名前を保持しています!』
『感情ノイズが——』
通信遮断。
画面が落ちる。
地下が静まり返る。
シオンの呼吸だけが震えていた。
ローズが。
自分の名前を。
消されても、
まだ。
エヴァが低く呟く。
「……しぶといわね」
だがその目は、
少しだけ柔らかかった。
シオンは画面を見つめたまま、
ゆっくり拳を握る。
胸が痛い。
苦しい。
でも。
それ以上に。
行かなきゃいけないと思った。
その時。
地下奥から足音が響く。
全員が即座に動く。
エヴァが銃を向ける。
シオンも反射的に構える。
暗闇。
重い足音。
やがて。
血まみれの男が現れた。
グレンだった。
肩を押さえている。
服が焼けていた。
アスターが息を呑む。
シオンが駆け寄る。
「グレン!」
グレンは顔をしかめる。
「騒ぐな……耳痛ぇ……」
だが立っているのも限界だった。
エヴァがすぐ支える。
「なにされた」
グレンは苦く笑う。
「昔のツケだ」
そのまま壁へ座り込む。
荒い呼吸。
だが。
片手には、
古い認証端末が握られていた。
エヴァの目が変わる。
「……それ」
グレンはニヤリと笑う。
「中央区旧認証キー」
静寂。
シオンの鼓動が跳ねる。
グレンは息を切らしながら言った。
「入口が一つだけ開く」
地下の空気が変わる。
ついに。
中央区へ繋がる扉が、
見え始めていた。




