第35話 ノイズ
白い部屋だった。
静かすぎるほど静かだった。
ローズは立っている。
拘束は解かれていた。
だが逃げられない。
壁。
床。
天井。
全部が監視だった。
『戦闘同期テストを開始』
機械音声。
ローズの前へ、
立体映像が浮かぶ。
敵性対象。
動作予測。
射線表示。
ローズの瞳へ情報が流れ込む。
身体が動く。
正確。
速い。
一切の無駄がない。
標的を排除。
また排除。
さらに排除。
研究員達がモニターを確認する。
「戦闘精度回復中」
「感情領域のみ不安定です」
アベルはガラス越しに見ていた。
無表情。
ローズは最後の標的へ銃を向ける。
引き金。
だが。
止まる。
ほんの一瞬。
モニターへ警告表示。
『反応遅延』
研究員が顔をしかめる。
「またです」
アベルが低く聞く。
「原因は」
『不明』
『特定条件で感情領域が干渉しています』
ローズは静かに標的を見る。
知らない顔。
知らないはずだった。
でも。
一瞬だけ、
シオンと重なった。
雨。
細い肩。
震える手。
ローズの指先が止まる。
『ノイズ検出』
警告音。
ローズはゆっくり目を閉じた。
アベルが部屋へ入る。
静かな足音。
「まだ残っているな」
ローズは答えない。
アベルはローズの前へ立つ。
「感情は錯覚だ」
淡々とした声。
「お前は人間へ最適化されすぎた」
ローズの視線が揺れる。
アベルは続ける。
「お前は本来、
苦しまなくていい存在だった」
白い部屋。
静かな光。
ローズの中で、
何かが軋む。
「……私は」
言葉が止まる。
その瞬間。
どこか遠くで、
ジャズが聞こえた気がした。
かすれたトランペット。
古いレコード。
雨音。
ダンスホール。
『踊る?』
ノイズ。
ローズの呼吸が乱れる。
『感情領域活性化』
『記憶断片流入』
研究員達がざわつく。
「また音楽反応です!」
アベルの目が細くなる。
ローズは頭を押さえる。
消えない。
消そうとするほど、
強く残る。
シオンの声。
触れた手。
笑った顔。
『一人の方が、もっと嫌』
ローズの胸が痛む。
アベルが静かに言う。
「その記憶はお前を壊す」
ローズは苦しそうに目を閉じる。
「……違う」
また否定だった。
小さい声。
でも。
確かに。
アベルは数秒沈黙する。
その時。
警報が鳴る。
研究員の一人が叫ぶ。
「南区画で暴動発生!」
モニターが切り替わる。
街頭映像。
炎。
逃げる市民。
ドローン。
そして。
街頭モニターへ映される、
ローズの姿。
『危険個体ROSE』
『接触を禁じます』
だが。
群衆の中から怒声が飛ぶ。
『ただの化け物なら、
なんで拘束してんだ!』
『人間助けたって噂はなんなんだ!』
研究室の空気が変わる。
アベルは静かに画面を見る。
市民達が揺らぎ始めていた。
TARGET制度への疑念。
恐怖。
不信。
ローズはその映像を見る。
炎の中。
泣いている子供。
逃げる人間。
シオンを思い出す。
アスターを思い出す。
その瞬間。
ローズの瞳が、
僅かに揺れた。
『感情値上昇』
『同期不安定』
警報。
研究員が焦る。
「抑制剤を!」
アベルは動かなかった。
ただ静かにローズを見る。
その目には、
初めて僅かな違和感があった。
完璧だったはずの存在。
感情を持たないはずの兵器。
なのに。
まだ。
人間を見ていた。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




