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Rose Code ― 感情未定義都市 ―  作者: Laica
第3クール「白い中枢」

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第32話 アスター

挿絵(By みてみん)

雨が降っていた。


弱い雨だった。


南区画外れ。


古い高架下。


崩れかけた避難シェルター。


シオン達はそこへ身を隠していた。


排水路から逃げ延びて、

半日。


ようやく追跡が途切れた。


だが。


空気は重い。


誰も、

ローズの話をしなかった。


シオンは毛布へ包まったまま、

ぼんやり床を見ていた。


頭の中が空白だった。


ローズがいない。


その現実だけが、

胸の奥へ沈んでいる。


エヴァは無線機を分解していた。


グレンとの通信も不安定。


都市AIの封鎖が強くなっている。


少女は少し離れた場所で、

静かに座っていた。


小さく膝を抱えている。


時々、

不安そうにシオンを見る。


シオンは気づいていた。


でも、

上手く笑えなかった。


その時。


少女のお腹が小さく鳴る。


静寂。


エヴァが顔を上げる。


少女が真っ赤になる。


「ご、ごめんなさい……」


シオンが少しだけ笑う。


久しぶりだった。


「謝らなくていいよ」


エヴァが保存食を投げる。


「食べな」


少女は慌てて受け取った。


「ありがとう……」


小さな声。


その空気が、

少しだけ張り詰めた空間を緩める。


シオンは少女を見る。


そういえば。


まだ聞いていなかった。


シオンが静かに言う。


「……名前」


少女が顔を上げる。


「え?」


「まだ聞いてなかったなって」


少女は少し迷った。


それから小さく答える。


「……アスター」


シオンの呼吸が止まりそうになる。


エヴァも少しだけ目を細めた。


アスター。


シオンはゆっくり呟く。


「花の名前……?」


少女が頷く。


「お母さんが好きだったの」


雨音。


シオンの胸が少しだけ痛む。


アスターは不安そうに聞く。


「変……?」


シオンは首を振る。


「ううん」


少しだけ笑う。


「綺麗な名前」


アスターの表情が、

少しだけ柔らかくなる。


エヴァがぼそりと言う。


「花だらけね」


シオンは少し俯いた。


ローズ。


シオン。


アスター。


偶然なのに。


どこか繋がっている気がした。


アスターが小さく言う。


「シオンおねえちゃんも、

花の名前なんでしょ」


シオンは静かに頷く。


「……うん」


アスターは少し考える。


それから言った。


「ローズおねえちゃんも」


空気が止まる。


シオンの笑顔が少しだけ揺れる。


アスターは慌てて口を押さえた。


「ご、ごめんなさい……!」


シオンは数秒黙った。


それから小さく首を振る。


「大丈夫」


でも。


大丈夫じゃなかった。


雨音だけが響いていた。


シオンは毛布へ包まったまま、

床を見ている。


ローズがいない。


その事実だけが、

頭の中で何度も反響していた。


その時。


エヴァの端末へ通信が入る。


ノイズ。


グレンだった。


『……生きてるか』


「なんとか」


雑音が酷い。


向こうも移動しながら話しているらしい。


グレンの息が荒い。


『悪い知らせだ』


空気が変わる。


シオンの肩が僅かに強張る。


『ローズ、

中央管理局へ搬送された』


シオンの呼吸が止まりそうになる。


中央管理局。


都市中枢。


最悪の場所。


エヴァが低く聞く。


「確認取れたの」


『ああ』


短い返事。


その声色だけで、

状況の悪さが分かった。


グレンが続ける。


『再調整室が動いてる』


エヴァの顔色が変わる。


ほんの一瞬。


でも確かに変わった。


シオンが見る。


「……なに、それ」


エヴァはすぐ答えなかった。


視線が少し落ちる。


その沈黙が怖かった。


グレンが低く言う。


『急げ』


雑音。


『間に合わなくなる』


通信が乱れる。


シオンが震える声で聞く。


「ローズ、

どうなるの」


数秒。


返事がない。


そのあと。


エヴァが静かに言った。


「……別人になる」


シオンの顔から血の気が引く。


アスターが不安そうにシオンを見る。


エヴァは続けなかった。


でも。


それだけで十分だった。


ローズが。


ローズじゃなくなる。


その想像だけで、

息が苦しい。


グレンの声が最後に響く。


『中央区へ入るルート、

こっちで探す』


ノイズ。


『それまで捕まるな』


通信断。


静寂。


雨音だけが残る。


シオンは俯いていた。


指先が震えている。


怖かった。


もう会えないかもしれない。


ローズの声も。


触れた手も。


全部消えるかもしれない。


その時。


小さな手が、

そっとシオンの袖を掴む。


アスターだった。


「……シオンおねえちゃん」


震えた声。


でも真っ直ぐだった。


「ローズおねえちゃん、

助けに行くんでしょ」


シオンの瞳が揺れる。


アスターは小さく言う。


「あのおねえちゃん、

一人にしちゃだめ」


その言葉で。


シオンの胸の奥に沈んでいた何かが、

静かに動いた。


エヴァがシオンを見る。


シオンはゆっくり顔を上げた。


涙の跡。


でも。


瞳だけは、

少し変わっていた。


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