第29話 追憶の花
銃声が止まらない。
整備工場の窓ガラスが次々に砕け散る。
火花。
悲鳴。
少女が震えていた。
エヴァは少女を庇うように抱え込む。
ローズが窓際から射撃。
正確。
無駄がない。
だが回収屋の数が多い。
スピーカーが響く。
『対象確認』
『抵抗継続時は制圧を許可』
シオンの呼吸が浅くなる。
ローズが言う。
「裏口から出る」
エヴァが頷く。
「走れる?」
少女が小さく頷いた。
シオンが手を握る。
小さな手。
冷たい。
その瞬間。
シオンの脳裏へ、
昔の記憶が突然よぎる。
雨。
冷たい路地。
幼い自分。
誰かの手。
一瞬だった。
でも胸がざわつく。
ローズがシオンを見る。
「どうした」
シオンは首を振った。
「……なんでもない」
嘘だった。
最近。
昔の記憶が少しずつ戻り始めていた。
断片だけ。
顔は見えない。
声も曖昧。
でも。
雨だけは覚えている。
四人は裏口へ走る。
古い階段。
暗い通路。
背後で回収屋が侵入してくる音がした。
エヴァが後方へ発砲。
通路へ火花が散る。
少女が怯えてシオンへしがみつく。
シオンは小さく言った。
「大丈夫」
本当は、
自分が一番怖かった。
外へ出る。
夜の南区画。
細い路地。
洗濯物。
古いネオン。
都市中心とは別世界。
グレンの通信。
『東側へ行け!』
雑音。
『そっちは地下排水路へ繋がってる!』
ローズが即座に走り出す。
その時。
少女が小さく言った。
「おねえちゃん」
シオンが見る。
少女は少し迷っていた。
「その名前、
ほんとの名前?」
シオンが止まる。
「え……」
少女は不思議そうに言う。
「シオンって、
花の名前でしょ?」
シオンの呼吸が止まりそうになる。
ローズも振り向く。
少女は続けた。
「お母さんが言ってた」
『あなたを忘れない』
って意味なんだって」
世界の音が少し遠くなる。
雨音。
遠い記憶。
幼い頃。
誰かの声。
「シオン」
優しい声だった。
シオンの胸が痛む。
でも思い出せない。
顔が。
誰だったのか。
回収屋の銃声が響く。
現実へ引き戻される。
エヴァが叫ぶ。
「止まらない!」
四人は再び走る。
シオンの頭の中だけが、
妙に静かだった。
地下排水路へ飛び込む。
暗闇。
湿った空気。
水音。
ようやく追跡が少し遠くなる。
少女は疲れて座り込む。
エヴァが周囲を警戒する。
ローズは入口を封鎖した。
静寂。
シオンは壁へ背中を預ける。
呼吸が落ち着かない。
少女が横へ座った。
「おねえちゃん、
泣いてる?」
シオンは初めて気づく。
頬が濡れていた。
泣いているつもりなんかなかった。
シオンは慌てて拭う。
「ち、違う」
少女は小さく笑った。
「うちのお母さんも、
昔よく泣いてた」
シオンは何も言えない。
ローズが静かに近づく。
「思い出した?」
シオンは少し迷った。
それから小さく頷く。
「……少しだけ」
ローズは黙って聞いていた。
シオンはぽつりと言う。
「昔、
誰かがそう呼んでた気がする」
シオン。
その名前を。
「でも、
顔が思い出せない」
ローズは静かに言った。
「無理に思い出さなくていい」
シオンが見る。
ローズの銀色の瞳。
静かな目だった。
「今の君は、
君だから」
シオンの胸が少し締まる。
その時。
エヴァが低く言う。
「……まずい」
全員の空気が変わる。
エヴァは端末を見ていた。
顔色が悪い。
「都市AI、
南区画ごと封鎖する気よ」
シオンが息を呑む。
「封鎖……?」
エヴァが低く続ける。
「違う」
数秒。
そして。
「切り捨てる気だわ」
静寂。
排水路の暗闇で。
ローズの瞳だけが、
静かに揺れていた。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




