第24話 TARGET
エレベーターが静かに上昇していく。
白い密閉空間。
誰も動かなかった。
天井モニターに映る男。
アベル。
その銀色の瞳だけが、
異様に冷たい。
シオンは instinctively 一歩後ろへ下がった。
本能的に分かる。
この男は危険だ。
銃を向けられるより、
ずっと怖い種類の人間だった。
アベルは穏やかに微笑む。
『君達がここまで来るとは思わなかった』
エヴァの目が鋭くなる。
「監視してたの」
『もちろん』
アベルの視線はローズへ向いたままだった。
『特に彼女は興味深い』
ローズは無言。
でも空気が張り詰める。
シオンは気づく。
ローズが少しだけ、
緊張している。
今まで見た敵と違う。
アベルは静かに続けた。
『命令へ逆らい、
感情を獲得し、
自己決定へ至る』
嬉しそうですらあった。
『素晴らしい』
シオンの眉が寄る。
「……何言ってるの」
アベルの視線が初めてシオンへ向く。
その目に温度はない。
『君だね』
静かな声。
『ローズを変異させた因子は』
シオンの背筋が冷える。
ローズが前へ出た。
庇うみたいに。
アベルはそれを見て、
少し笑う。
『いい反応だ』
エヴァが低く言う。
「区域掃討を止めて」
アベルは即答した。
『嫌だ』
空気が凍る。
アベルは穏やかなまま続ける。
『情報汚染は切除する必要がある』
「人がいる」
『数字だ』
シオンの顔が強張る。
アベルは本当に、
何とも思っていなかった。
『都市を維持するには、
定期的な最適化が必要になる』
エヴァの目に怒りが走る。
「狂ってる」
『違う』
アベルは静かに言った。
『君達が感情的なんだ』
その瞬間。
エレベーターが停止した。
重い音。
最上階。
扉がゆっくり開く。
白い光が差し込む。
都市中枢。
巨大な空間だった。
天井が見えない。
無数のモニター。
光の柱。
都市全域のデータが流れている。
まるで神経の内部みたいだった。
中央。
一人の男が立っている。
モニターの中ではない。
本物のアベル。
黒いスーツ。
細い身体。
静かな笑み。
シオンは息を呑む。
アベルはローズを見る。
まるで、
長い間探していた作品を見るみたいに。
『直接会うのは初めてだね』
ローズの声は低い。
「掃討を止めろ」
アベルは首を傾ける。
『なぜ』
「人が死ぬ」
『それが?』
シオンの顔色が変わる。
アベルは本気だった。
理解できないのではない。
理解した上で、
価値を感じていない。
アベルはローズへ近づく。
エヴァが銃を向ける。
「止まりなさい」
アベルは気にも留めない。
『ローズ』
静かな声。
『君は自分を自由だと思っている』
ローズの目が細くなる。
『でも違う』
アベルが微笑む。
『君の感情も、
苦悩も、
恐怖も』
銀色の瞳が揺れる。
『全部、私が設計した』
空気が止まった。
シオンの呼吸が止まる。
ローズも動かない。
アベルは静かに続ける。
『人間を模倣するだけでは足りない』
『だから私は、
“壊れる心”まで再現した』
エヴァの表情が変わる。
知らなかった。
その顔だった。
ローズの瞳が揺れる。
アベルは優しく言う。
『君は失敗していない』
『完璧に進化している』
ローズの指が微かに震える。
シオンはその横顔を見る。
怖かった。
もしローズが、
この男の言葉を受け入れてしまったら。
アベルがゆっくり手を差し出す。
『ローズ』
静かな声。
父親みたいに。
『こちらへ来なさい』
都市中枢が静まり返る。
シオンの喉が乾く。
エヴァが銃を握る。
でも動けない。
ローズだけが、
アベルを見つめていた。
長い沈黙。
そして。
ローズが、
ゆっくり一歩前へ出る。
シオンの顔が青ざめる。
「……ローズ?」
ローズは止まらない。
アベルが微笑む。
だが。
次の瞬間。
ローズはアベルの目前まで歩き、
静かに銃を突きつけた。
銀色の瞳が、
初めて僅かに揺れる。
ローズが低く言う。
「……違う」
静かな声だった。
でも、
今までで一番、
自分の意志で話していた。
「私は」
ローズの瞳が揺れる。
シオンを見る。
エヴァを見る。
そして。
自分を見るみたいに、
小さく息を吐く。
「私が決める」
その瞬間。
中枢全体へ警報が響いた。
真っ赤な警告灯。
都市管理AI暴走警告。
グレンの怒鳴り声が通信へ割り込む。
『おい!! なんか起動したぞ!!』
アベルが初めて表情を変える。
モニター群が赤く染まる。
無数の都市データ。
強制掃討シークエンス。
停止不能。
シオンの顔が強張る。
エヴァが呟く。
「……嘘でしょ」
警報音が都市全域へ鳴り響く。
そして。
巨大モニターへ、
新しい表示が浮かび上がる。
TARGET
ROSE
TARGET
EVA
TARGET
SHION
都市そのものが、
三人を敵として認識した。




