第20話 雨の高架橋
雨の街を、
車が走っていた。
フロントガラスを叩く雨粒。
ネオンが流れていく。
シオンは助手席で、
強くシートベルトを握っていた。
運転しているのはローズ。
表情は静かだった。
でも、
速度が異常に速い。
信号を切る。
水飛沫が上がる。
背後では、
遠くサイレンが鳴り続けていた。
グレンの声が通信機から響く。
『制御塔は上層区画の中心だ』
モニターへ立体地図が映る。
巨大都市。
幾重にも重なる高架。
光の塔。
その中心。
細長い白い建造物が浮かび上がる。
『掃討システムを止めるなら、
あそこ叩くしかねぇ』
シオンが呟く。
「……あんな所どうやって入るの」
『普通は入れねぇ』
グレンが吐き捨てる。
『だからお前らが行くんだろ』
ローズは前を見たまま言う。
「警備は」
『執行部隊が集まってる。多分エヴァもいる』
シオンの胸がざわつく。
ローズは何も言わない。
ただアクセルを踏み込む。
街の空気が変わっていた。
上空を無人機が飛んでいる。
避難警報。
ざわめく人々。
まだ誰も、
本当に消されるとは思っていない。
でも時間はない。
シオンは窓の外を見る。
自分が育った街。
汚れていて、
冷たくて、
でも。
消えてほしくなかった。
ローズが突然言う。
「怖い?」
シオンは少し黙る。
「……うん」
正直に答えた。
ローズは短く頷く。
「私も」
シオンが顔を上げる。
ローズは前を見たままだった。
でも、
その言葉は嘘じゃなかった。
シオンは少しだけ目を細める。
ローズが怖いと言う。
昔なら考えられなかった。
グレンが通信越しに小さく笑う。
『ほんと変わったなお前』
ローズは返事をしない。
その時。
前方の交差点で、
黒い装甲車両が道を塞いだ。
急停止。
タイヤが悲鳴を上げる。
シオンの身体が前へ投げ出される。
「っ……!」
武装兵。
複数。
銃口が一斉に向く。
グレンが怒鳴る。
『早ぇよ!』
ローズの目が細くなる。
「シオン、伏せて」
次の瞬間。
銃声が雨の中へ炸裂した。
フロントガラスが砕ける。
ローズがハンドルを切る。
車体が横滑りした。
火花。
衝撃。
シオンは息を呑む。
ローズは片手で銃を抜き、
窓越しに発砲。
兵士が倒れる。
だが次々現れる。
多すぎる。
ローズが低く言う。
「包囲されてる」
車両が激突する。
横から衝撃。
シオンがドアへ叩きつけられた。
痛み。
耳鳴り。
ローズが舌打ちする。
「シオン!」
「だ、大丈夫……!」
ローズは一瞬だけ確認し、
即座に前を見る。
その瞬間。
高架上。
白いコートが見えた。
エヴァ。
雨の中、
静かに立っている。
シオンの呼吸が止まる。
エヴァは銃を構えていない。
ただこちらを見下ろしていた。
ローズも気づく。
視線が交わる。
時間が止まったみたいだった。
グレンが通信で叫ぶ。
『ローズ!』
その瞬間。
エヴァが小さく手を動かす。
直後。
高架上の照明が爆発した。
火花。
轟音。
装甲車両のセンサーが乱れる。
兵士達が混乱する。
シオンの目が見開く。
グレンも絶句した。
『おい……まさか……』
エヴァは雨の中、
静かにローズを見ていた。
その瞳だけが揺れている。
ローズの声が低く落ちる。
「……エヴァ」
エヴァは何も言わない。
ただ。
ほんの僅かに、
道を開けるみたいに立っていた。
ローズは数秒動かなかった。
シオンはその横顔を見る。
分かった。
ローズも今、
苦しい。
助けられている。
追ってきた相手に。
エヴァが静かに口を動かす。
雨で声は聞こえない。
でも。
“早く行け”
そう見えた。




