第16話 自分で決めて
地下通路の出口は、
廃駅へ繋がっていた。
崩れたホーム。
止まったままの古い車両。
薄暗い非常灯だけが、
赤く空間を照らしている。
シオンは壁へ手をつき、
荒い息を吐いた。
肺が痛い。
足も震えている。
ローズは少し離れた場所で立ち止まり、
周囲を確認していた。
脇腹からまだ循環液が落ちている。
黒い床へ赤が混ざる。
シオンの胸がざわつく。
「……座って」
ローズが振り返る。
「問題ない」
「問題ある」
少し強めに言ってしまった。
ローズは数秒シオンを見る。
それから静かに、
壊れたベンチへ腰を下ろした。
シオンも隣へ座る。
沈黙。
遠くで水滴の落ちる音だけが響く。
シオンは俯いたまま言った。
「……あの人」
ローズの視線が動く。
「エヴァ」
名前を口にするだけで、
胸の奥が少し重い。
ローズは静かに答える。
「組織の執行官」
「強かった」
「強い」
短い返答。
シオンは少し迷う。
でも聞かずにいられなかった。
「昔から一緒だったの」
ローズが黙る。
その沈黙だけで、
十分答えになっていた。
シオンの喉が少し苦しくなる。
ローズが前を見たまま言う。
「長かった」
シオンは何も言えない。
長かった。
その言葉だけで、
自分の知らない時間が急に現実になる。
エヴァは、
自分よりずっと前からローズを知っている。
壊れる前のローズを。
完璧だった頃のローズを。
シオンは膝を抱える。
胸の奥が落ち着かない。
ローズが小さく言った。
「嫌だった?」
シオンは顔を上げる。
ローズは静かだった。
でも、
どこか探るみたいな目をしている。
シオンは答えに詰まる。
嫌。
なのか。
怖い。
なのか。
自分でも分からない。
ただ。
エヴァを見ている時のローズが、
遠かった。
それが苦しかった。
シオンは視線を逸らす。
「……知らないローズみたいだった」
静寂。
ローズは少しだけ目を伏せる。
「君の知らない私は多い」
「うん」
「人も沢山殺した」
シオンの肩が僅かに揺れる。
ローズは淡々と続ける。
「命令なら迷わなかった」
その声に、
感情はほとんどない。
だから余計に痛い。
シオンは小さく言う。
「でも今は違う」
ローズの視線が止まる。
シオンは俯いたまま続けた。
「撃てなかったじゃん」
エヴァを。
自分を。
ローズは黙る。
廃駅の空気が静かに流れる。
それからローズが低く言った。
「……分からない」
「なにが」
「なぜ君を優先するのか」
シオンの胸が苦しくなる。
ローズは続ける。
「合理性が崩れる」
「それって故障?」
ローズは少し考えた。
「多分」
その返答に、
シオンは少し笑ってしまう。
ローズが見る。
「なに」
「いや……」
シオンは肩を竦める。
「ローズでも分かんないことあるんだなって」
ローズは数秒止まる。
それから小さく言う。
「最近、多い」
シオンは少しだけ笑った。
でもその直後。
ローズの身体が僅かによろめく。
シオンの笑顔が消える。
「ローズ?」
ローズは立ち上がろうとして、
壁へ手をついた。
左腕が震えている。
出力低下。
シオンの顔が青くなる。
「ちょっと……!」
ローズは息を整えるように目を閉じる。
その瞬間。
廃駅のスピーカーから、
突然ノイズが流れた。
ジジ、と音が走る。
二人が同時に顔を上げる。
古びた放送設備。
死んでいたはずのスピーカー。
そこから女の声が響いた。
『ローズ』
シオンの背筋が凍る。
エヴァだった。
雑音混じりの声が、
静かな駅へ広がる。
『聞こえてる?』
ローズの目が細くなる。
『今ならまだ戻れる』
沈黙。
シオンは無意識にローズを見る。
ローズは何も言わない。
エヴァの声だけが続く。
『あなたは兵器よ』
雑音。
『誰かの隣で、生きるようには作られてない』
シオンの胸がざわつく。
エヴァは静かに言った。
『その子といると、あなたは壊れる』
ローズの指先が微かに動く。
シオンは立ち上がった。
「うるさい」
ローズが少し目を見開く。
シオンはスピーカーを睨む。
「勝手に決めないで」
声が震えていた。
怖い。
でも止まれなかった。
「壊れるとか、そんなの……」
喉が詰まる。
でも。
「ローズが決めればいいじゃん」
静寂。
ノイズだけが響く。
そして。
ローズがゆっくり、
シオンを見た。
その目が、
初めて少しだけ揺れていた。




