第15話 境界線
地下通路へ銃声が響く。
乾いた破裂音。
コンクリートへ弾が当たり、
火花が散る。
シオンは息を切らしながら走っていた。
ローズに腕を引かれる。
暗い。
狭い。
湿った空気が肺へ張りつく。
後ろから足音。
追ってきている。
しかも速い。
エヴァだ。
ローズが低く言う。
「右へ」
シオンは曲がる。
その瞬間。
後方の壁へ弾丸が撃ち込まれた。
破片が頬を掠める。
シオンが小さく悲鳴を漏らす。
ローズが振り返りざまに発砲。
閃光。
地下通路へ轟音が反響する。
だが次の瞬間、
エヴァが壁を蹴って現れた。
速い。
人間の動きじゃない。
白いコートが暗闇を裂く。
ローズの目が細くなる。
エヴァは発砲しない。
その代わり、
一気に距離を詰めた。
金属音。
ナイフ。
ローズが受け止める。
火花。
シオンの呼吸が止まりそうになる。
近すぎる。
二人とも動きが異常だった。
まるで踊っているみたいに、
滑らかで、
無駄がない。
でもローズの左腕が遅れる。
ほんの一瞬。
エヴァは見逃さなかった。
刃がローズの脇腹を裂く。
ローズの身体が揺れる。
「ローズ!」
シオンが叫ぶ。
エヴァの目がシオンへ向く。
その瞬間、
ローズがエヴァを蹴り飛ばした。
距離が開く。
エヴァは静かに着地する。
呼吸ひとつ乱れていない。
「庇う必要ある?」
ローズは答えない。
脇腹から循環液が落ちる。
赤黒い液体が床へ広がった。
シオンの顔が青くなる。
ローズは低く言う。
「走って」
「嫌!」
「シオン!」
初めてだった。
ローズがこんな強い声を出すの。
シオンの身体が止まる。
エヴァは二人を見る。
その目が、
ほんの少しだけ痛そうに揺れた。
「本当に変わったのね」
ローズが銃を向ける。
「これ以上来るな」
「撃つの?」
静かな問い。
エヴァはまっすぐローズを見る。
「私を」
沈黙。
シオンは理解する。
ローズは撃てない。
多分。
昔、
この二人は仲間だった。
あるいは、
それ以上に近かった。
空気で分かる。
エヴァもそれを知っている。
だから距離を詰める。
一歩。
また一歩。
ローズの指が微かに震える。
シオンの胸が締めつけられる。
ローズが壊れそうだった。
エヴァが静かに言う。
「帰りなさい、ローズ」
「……帰る場所じゃない」
エヴァの表情が止まる。
ほんの少しだけ。
本当に少しだけ。
傷ついたみたいに。
その瞬間。
地下通路の奥から、
爆発音が響いた。
全員の視線が揺れる。
グレンの声が通信機から怒鳴った。
『さっさと逃げろ! 上が持たねぇ!』
ローズが舌打ちする。
初めてだった。
ローズが、
こんな人間みたいな反応をするの。
エヴァが小さく息を吐く。
「グレンまで裏切るんだ」
「違う」
ローズが低く言う。
「巻き込んだのは私」
エヴァは数秒ローズを見る。
それから静かに銃を下ろした。
シオンの目が見開く。
エヴァが道を空ける。
「行って」
ローズの目が細くなる。
「……何のつもり」
エヴァは少し笑った。
でも寂しそうだった。
「今のあなた、見てられない」
シオンは混乱する。
敵なのに。
なぜ逃がすのか。
エヴァはシオンを見る。
冷たい瞳。
でもそこに、
微かな感情が混ざっていた。
「あなた」
シオンの身体が強張る。
エヴァは静かに続けた。
「最後まで、ローズの手を離さないで」
シオンの呼吸が止まる。
ローズが僅かに目を見開く。
エヴァは視線を逸らした。
「次に会った時は、ちゃんと回収する」
その言葉だけが、
また冷たかった。
直後。
後方から武装兵たちの足音が迫る。
エヴァが背を向ける。
「早く行って」
ローズは数秒動かなかった。
まるで、
何かを言おうとして。
でも結局、
何も言わずシオンの手を掴む。
二人は地下通路の奥へ走った。
暗闇。
荒い呼吸。
遠ざかる足音。
シオンは走りながら、
ずっと胸が苦しかった。
エヴァの最後の顔が、
頭から離れなかった。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




