第13話 帰れない街
雨の音が消えた。
代わりに、
工場の外でタイヤが止まる音が響く。
シオンの身体が強張る。
グレンが舌打ちした。
「早すぎる……」
モニターには赤点が増えている。
包囲。
逃げ道が潰されていく。
ローズは静かに立っていた。
さっきまで踊っていたとは思えないほど、
表情が冷えている。
でもシオンには分かった。
完全には戻れていない。
左腕。
まだ少し動きが硬い。
ローズが低く言う。
「裏口は」
「もう塞がれてる」
グレンが端末を叩く。
「クソ……」
工場のシャッターへ、
重い衝撃音が響いた。
シオンの肩が跳ねる。
もう一度。
金属が軋む。
ローズがシオンを見る。
「地下通路を使う」
グレンが顔をしかめる。
「お前、その状態で戦う気か」
「必要なら」
「必要ならじゃねぇよ」
グレンの声が珍しく強い。
「左腕まだ完全同期してねぇだろ」
ローズは答えない。
その沈黙が肯定だった。
シオンの喉が乾く。
外から女の声が響いた。
「開けて、ローズ」
静かな声。
怒鳴っていない。
でも妙に冷たい。
シオンの背筋が粟立つ。
ローズの視線が止まる。
「……エヴァ」
初めて聞く名前だった。
シオンは無意識にローズを見る。
ローズの表情が、
ほんの僅かに硬い。
グレンが低く吐き捨てる。
「最悪の相手だな」
外の女――エヴァが続ける。
「逃げないで」
優しい声だった。
だから余計に怖い。
「あなたが失敗するなんて思わなかった」
シャッターへ指が触れる音。
「でも安心した」
静かな間。
「壊れてないみたいで」
ローズの瞳が揺れる。
シオンはその横顔を見る。
初めてだった。
ローズが、
こんな顔をするの。
感情を押し殺しているみたいな。
グレンが小声で言う。
「シオン、地下へ行け」
「でも」
「今すぐだ」
ローズが言う。
「シオン」
その声で、
シオンは顔を上げる。
ローズは静かだった。
静かすぎた。
「地下通路を進んで。出口に車がある」
「……ローズは」
「後から行く」
シオンは動けない。
分かる。
嘘だ。
ローズは残るつもりだ。
時間を稼ぐ気だ。
シオンの胸が冷える。
「嫌」
ローズが少し目を細める。
「シオン」
「嫌……!」
シャッターが歪む。
火花。
外から切断工具の音。
もう時間がない。
グレンが怒鳴る。
「行け!」
シオンはローズを見る。
ローズは、
あまりにも落ち着いていた。
だから余計に怖い。
ローズは静かに近づく。
それから、
シオンの頬へ触れた。
冷たい指。
でも優しい。
「大丈夫」
シオンは首を振る。
「そういうの、信用できない……」
ローズが微かに黙る。
それから、
小さく言った。
「君は本当に、困らせる」
少しだけ笑っていた。
その顔が、
嫌になるくらい綺麗だった。
シオンの目が熱くなる。
シャッターが爆音と共に歪む。
光が差し込む。
武装した影。
その中央。
白いコートの女が立っている。
長い黒髪。
白い肌。
鋭い目。
女――エヴァはローズを見つめ、
静かに微笑んだ。
「久しぶり」
ローズの声が低くなる。
「……何しに来た」
「迎えに」
エヴァの視線が、
シオンへ移る。
その瞬間。
空気が変わった。
シオンは反射的に息を呑む。
エヴァはシオンを数秒見つめ、
静かに言う。
「その子?」
ローズが一歩前へ出る。
庇うみたいに。
エヴァの目が細くなる。
「本当に壊れたのね」
ローズの声は冷たい。
「帰れ」
エヴァは少し笑う。
でも目だけが笑っていない。
「命令よ、ローズ」
静寂。
工場の空気が張り詰める。
エヴァが続けた。
「その子を連れて」
視線がシオンへ落ちる。
「帰投しなさい」
シオンの背筋が凍る。
ローズは動かない。
でもシオンには分かった。
ローズの中で、
何かが激しくぶつかっている。
命令。
組織。
そして。
自分。
雨の匂いが、
工場へ流れ込んできた。
本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。




