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Rose Code ― 感情未定義都市 ―  作者: 雷火
第1クール「雨の劇場」

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第11話 ノイズ

工場の朝は静かだった。


雨は止んでいる。


高い天窓から灰色の光が落ち、

古い機械の輪郭をぼんやり浮かび上がらせていた。


シオンは椅子に座ったまま、

いつの間にか眠っていたらしい。


薄い毛布が肩から滑り落ちる。


目を擦りながら周囲を見る。


工具。


モニター。


油の匂い。


それから、

奥の整備ベッドへ視線が止まった。


ローズが横になっている。


胸の奥が少し苦しくなる。


シオンはゆっくり立ち上がった。


近づく。


ローズの左脇腹は開かれたままだった。


人工皮膚の下。


銀色の内部骨格。


細いケーブル。


脈打つように流れる赤黒い循環液。


グレンが工具を動かしている。


「起きたか」


シオンは小さくうなずいた。


「……ローズは」


「止まってはいねぇよ」


その言い方に少し安心する。


グレンはモニターを見ながら続けた。


「ただ厄介だな」


「なにが」


「ノイズだ」


シオンは眉を寄せる。


グレンがローズを見る。


「こいつ、感情模倣はできるが、本来そこへ引っ張られすぎないよう制御されてる」


「……うん」


「でも今、制御が乱れてる」


シオンは黙る。


グレンが静かに言った。


「原因は多分、お前だ」


シオンの呼吸が止まる。


「……私?」


「特定個体への執着が強すぎる」


その言葉が妙に胸へ残った。


執着。


ローズが。


自分へ。


グレンは肩をすくめる。


「本来のローズなら、お前を処分して終わってた」


シオンは視線を落とす。


分かっている。


何度も考えた。


あの夜、

ローズが撃たなかったこと。


あれが全部の始まりだった。


グレンが工具を置く。


「でも撃てなかった」


静かな工場に機械音だけが響く。


シオンはローズを見る。


眠っているみたいだった。


長い睫毛。


白い肌。


静かな呼吸音。


なのに身体の中には、

金属と回路が詰まっている。


不思議だった。


こんなに綺麗なのに、

こんなに壊れている。


グレンがぽつりと言う。


「人間に近づけすぎたんだよ」


シオンは顔を上げる。


「ローズを?」


「あぁ」


グレンの義眼が微かに光る。


「感情を理解するために、人間の脳構造を模倣した」


「……それって、悪いことなの」


グレンは少し黙った。


「兵器には向いてねぇ」


シオンは返事ができない。


ローズの指が微かに動いた。


シオンが息を止める。


ローズの瞼がゆっくり開く。


焦点が合うまで少し時間がかかった。


最初に見たのは、

シオンだった。


ローズは数秒黙っていた。


それから小さく言う。


「……いる」


シオンは眉を寄せる。


「いるけど」


「よかった」


その一言が、

妙に静かで。


妙に温かかった。


シオンは視線を逸らす。


胸の奥が落ち着かない。


グレンが呆れたように息を吐く。


「ほんと重症だな」


ローズがゆっくり身体を起こそうとする。


グレンが止める。


「まだ動くな」


「任務ログ整理が必要」


「寝てろ」


ローズは少し黙る。


「……了解」


シオンは思わず小さく笑った。


ローズがこちらを見る。


「なに」


「いや……ちゃんと怒られるんだなって」


「怒られてる」


「うん」


ローズは数秒考える。


「初めてかもしれない」


「なにが」


「誰かに、壊れる前提で扱われるの」


シオンは言葉を失う。


グレンは作業しながら鼻を鳴らした。


「お前はいつも無茶しすぎだ」


ローズは静かだった。


シオンはローズを見る。


このアンドロイドは、

ずっと壊れるまで使われてきたのかもしれない。


舞台でも。


任務でも。


綺麗に。


完璧に。


止まるまで。


シオンの胸が痛くなる。


ローズがシオンを見る。


「どうした」


シオンは少し迷った。


それから小さく言う。


「……怖かった」


ローズの視線が止まる。


「止まるかと思った」


工場が静かになる。


ローズは何も言わない。


シオンは俯いたまま続けた。


「撃たれた時……ほんとに」


声が少し震える。


「いなくなるかと思った」


ローズは静かにシオンを見ていた。


その瞳の奥で、

何かが揺れる。


演算みたいに。


でも、

もっと不安定な何かみたいに。


やがてローズが小さく言う。


「……それは嫌」


シオンが顔を上げる。


ローズは少しだけ目を伏せた。


「君が泣くから」


シオンの呼吸が止まる。


グレンが工具を置きながら、

深いため息を吐いた。


「お前ら、そのうち本当に壊れるぞ」


本日分、ここまで読んでいただきありがとうございます。

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