ep11 その龍、起こすべからず後編
天空龍の寝息が、地鳴りのように島を震わせる。
霊峰の頂、巨大な虹色の鱗が重なり合う中心――そこに「逆鱗」はあった。
(……アキラ様、あそこですぅ! 悪い人が……岩の陰からこっちを見てますぅ)
リリィが小声で叫び、自分の口を両手で押さえる。
数百メートル先、雲の切れ間に「黒いコートの男」が伏せ、ライフルを固定していた。その銃口は、無防備に晒された龍の首元を正確に捉えている。
「いいか、全員。音を出すな。衝撃波も光も厳禁だ。龍が起きれば、脱皮の魔力暴走でこの島は雲海へ沈む」
アキラは指を立てて唇に当て、仲間たちに指示を飛ばす。
「セレーナ、風下から接近してあいつの視界を削れ。レオ、お前は俺の合図で突っ込め。剣は抜くな、ただの『鉄の棒』として使え。マリア……お前は『防音結界』を一点集中で張る準備を。あいつが撃つ瞬間の音を殺すんだ」
「……無茶言わないでよ。一瞬の銃声をピンポイントで消すなんて、精密な魔力制御が必要なのよ……!」
マリアが青ざめながらも、必死に杖を構える。
セレーナがエルフの歩法で、音もなく岩場を跳ねる。
だが、密猟者もプロだった。アキラたちの接近を察知した男が、舌打ちをして銃口をアキラに向け直す。
「(……チッ、嗅ぎ分けのいい犬どもめ)」
男が引き金に指をかける。
その瞬間、アキラはマンタの背からダイブした。
「今だ、マリア!」
『防音結界!』
マリアの放った透明な膜が、密猟者の周囲数メートルを包み込む。
パスッ!
サプレッサー越しの、さらに籠もった発射音が結界に
吸い込まれた。
弾丸はアキラの防熱服の肩をかすめたが、アキラは止まらない。
「レオ、行けッ!」
レオが岩場を蹴り、弾丸のような速度で肉薄する。
聖剣を鞘に収めたまま、巨大な棍棒のように振り下ろした。
「……勇者……の癖に、……剣を抜かないだと!?」
密猟者がライフルを盾にして防ぐが、レオの怪力に押され、岩壁に叩きつけられる。
「……終わりだ、密猟者。お前の持ち込んだ『異世界の理屈』は、ここで俺が没収する」
アキラが男の背後に着地し、ナイフではなく、女神特製の「禁止」を男のライフルの機関部に叩き込んだ。銃身がボロボロと崩れ、近代兵器が無用の長物へと変わる。
「……ぐ、……あ……! ……なぜ、そこまでして……この魔物を守る! 殺せば金になる、島が落ちてもお前らには翼(天使)がいるだろ!」
男の叫びに、アキラは冷徹な目で言い放った。
「お前には見えないだろうな。……この龍が守っている、目に見えない『循環』が。……お前が殺そうとしたのは、ただの獲物じゃない。この空の『命の心臓』だ」
その時、天空龍が大きく身震いをした。
虹色の古い鱗が剥がれ落ち、中からさらに輝く新鱗が顔を出す。
(……ふむ……。……羽虫どもが、少しばかり騒がしかったが……。……よい、眠りであった……)
龍がゆっくりと瞼を開く。
その威圧感に、密猟者は腰を抜かし、そのまま言葉を失った。
「……アキラ様ぁ! 龍さんが起きましたぁ! 島も……島も沈んでませんっ!」
リリィが駆け寄り、アキラに抱きつく。その衝撃でアキラの鼻にリリィの胸が(デジャヴ)。
(……陸の守り人よ。……貴様の言う通り、その鉄の筒は……毒であったな。……礼を言う。……代わりに、この不届き者は……私が預かろう)
天空龍が尾で密猟者をひょいとつまみ上げ、島にある「空の牢獄(風が吹き荒れる孤島)」へと放り投げた。
「……あ、あばよ。……二度と密猟なんて考えるなよ」
アキラは、去りゆく龍の巨体を見送りながら、深く、長い溜息をついた。




