第十七章 針のむしろ ~ある意味試合に出ていた方が楽だった~
前章の試合の後半である。前半終了後、後先(家人とのランチの約束)を考えて、交代し
てもらった私は、スパイクを脱いで、ストッキングのままで、ベンチに座っていた。
この人は、俺のことを知らないだろうが、いったい誰に向かってレクチャーしてんだか……、と手で耳を覆いたくなった。
後半は、専らチームを応援しようとベンチに座っていた。傍らには、肉離れを起こし、前半途中で交代した選手が座り、ベンチを2人きりで温めていた。
後半が開始すると、しばらくして前半と同じようにゴールを奪われた。私は、ピッチにいる選手に向かって、
「ドンマイ!切り替えて点を取りに行こう。」
と声をかけた。その時、
「今の失点は何が原因か分かりますか?」
と傍らから質問された。声を出して応援はしていたものの、前半に5点も取られた試合の後半なので、特に注意して試合を見てはいなかった私は、虚を突かれ、何と答えたらいいのかわからず、苦笑いをした。
「今のは、○○さんが、不用意に横パスを出したことが、原因なんですよね。あの場合は……。」
と説明を始めた。私は、また始まったか、とうんざりしながら苦笑いを繰り返していた。
この御仁とは、このチームだけのつきあいで、互いの素性はまったく知らない。ただ、これまでの言動から察するに、彼はどうやら中学サッカーの指導者だったようである。
「私もあなたと同じような経歴なんですよ。そんなことは、言われなくてもわかってますから。」
というのも憚れたので、彼に今まで言わずにうっちゃっていたのだ。
どうも彼は指導者気質が抜けていないようで、以前から、私だけでなく、他の選手やチーム全体にも中学生にかけるような言葉を発していた。しかも甲高い大声で。これまでは、それが始まるとそそくさと何食わぬ顔をして別の場所に行ってしまっていた。だが、今回は、チームが試合中なので、ベンチにいなくてはならない、しかも2人だけで……。
その後も、彼は、今のはどうだ、あのプレイはこうだなどと、すぐそばで身振り手振りしながら、解説、指導をずっと続けていた。そして、
「今のプレイはどう思います?分かりますか?」
との何度目かの問いに、私は堪え切れずついに口を開いた。
分かります? 尋ねる御仁に 近眼です
視力が0.1ほどの近眼なので、細かいプレイは見えないのだと言った。
その後、彼はブツブツと誰ともなしに独り言を発するようになった。
これからもベンチにいる時は、眼鏡をしないで座っていようと心に決めた。




