↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と完璧すぎる執事  作者: あずきまんま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/5

第3話_八年前、あなたに拾われました

 事件の後、王都での滞在は予定より長引いた。


 事情聴取や研究院の会議が続き、リュネフィアは日に日に機嫌を悪くした。


 その間、ゼルヴァインは以前にも増して彼女のそばを離れなくなった。


 研究院へ行くときは必ず同行する。


 庭へ出るだけでもついてくる。


 夜は隣室で眠り、少し物音がすれば確認に来る。


 さすがに過保護だと思った。


「私、魔女なんだけど」


 ある朝、リュネフィアは朝食を食べながら言った。


 高位魔術師である自分のほうが、一般的な護衛より強い。


「知っています」


「一人でも平気」


「知っています」


「じゃあ、ついてこなくていい」


「嫌です」


 即答だった。


 リュネフィアはパンをちぎる手を止める。


 ゼルヴァインは優雅に紅茶を飲んでいる。


「あなた、最初と性格変わってない?」


「最初からこうですよ。隠していただけです」


「何を?」


「執着心を」


 さらりと言われた。


 リュネフィアは返事に困った。


 彼はカップを置き、彼女を見つめる。


「八年前の話をしましょうか」


 以前尋ねた、初めて会った日のことだ。


 リュネフィアは黙って続きを待った。


「当時、俺は十八歳でした。公爵家の嫡男として何をしても褒められ、周囲には将来を期待されていた。ですが、自分では何一つ選べなかった。婚約者も、仕事も、友人さえ家が決める。馬鹿らしくなって、一度だけ全部捨てて逃げたことがあります」


 ゼルヴァインは遠い目をした。


 王都から馬を走らせ、行き先も決めず北へ向かったという。


 しかし運悪く森で魔獣に襲われ、怪我をした。


「そこで、あなたに拾われました」


 リュネフィアは目を瞬く。


 少しずつ記憶が戻ってきた。


 十九歳のころ、森で倒れていた青年を見つけたことがある。


 高そうな服を着た、面倒そうな男だった。


 放置すれば死にそうだったので屋敷へ運び、傷を治した。


 彼は三日ほど滞在した。


 リュネフィアは研究で忙しく、ほとんど話さなかった。


「あなた、あの人?」


「やっと思い出しましたか」


 ゼルヴァインは苦笑した。


 当時の彼は髪が長く、今とは印象がかなり違った。


「俺が自分の人生には意味がないと言ったのを覚えています?」


「……なんとなく」


「あなたは『意味なんてなくても生きてればいいでしょう。面白いものを見つけたら、そのとき考えれば』と言った」


 リュネフィアは額を押さえた。


 言いそうだった。


 しかも、おそらく深い意味などない。


「俺には、それで十分でした」


 ゼルヴァインの声が柔らかくなる。


「家へ戻ってから、自分で選ぶことにしました。勉強も仕事も、家に命じられたからではなく、自分が必要だと思うものを選んだ。あなたのことも調べました。いつか、もう一度会いたかった」


「八年間?」


「ええ」


「長い」


「俺もそう思います」


 けれど彼は笑った。


「生活補助官制度が始まると聞いて、担当者の選考に無理やり入りました。あなたが申請したと知ったときは運命を信じましたね」


「たまたま書類を読まずに署名しただけ」


「それでも俺にとっては運命です」


 ずいぶん都合のいい運命だった。


 しかし嫌ではない。


 むしろ胸の奥が、くすぐったいように温かい。


「じゃあ、最初から私のことが好きだったの?」


 尋ねると、ゼルヴァインは少し驚いた顔をした。


 それから困ったように笑う。


「気づいていなかったんですか?」


「言われてない」


「態度で十分伝わっていると思っていました」


「全然」


「毎日食事を作って、身の回りの世話をして、欲しがった本を国中探し回って、仕事まで辞めて来た男ですよ?」


「親切な人なのかと」


 ゼルヴァインは片手で顔を覆った。


 初めて見る反応だった。


 リュネフィアは少し面白くなる。


「ゼルヴァインでも困ることあるんだ」


「ありますよ。主にあなたのことで」


 手を下ろした彼は、いつもの余裕を取り戻していた。


 ただし、その瞳には逃げ道を塞ぐような光がある。


「では、改めて言います。リュネフィア。俺はあなたを愛しています」


 まっすぐな言葉だった。


 冗談も飾りもない。


 リュネフィアは黙った。


 恋愛について真剣に考えたことがない。


 研究のほうが楽しかったし、一人でいるほうが気楽だった。


 けれど、ゼルヴァインがいない生活を想像すると嫌だった。


 食事や掃除が面倒だから、というだけではない。


 研究で面白い発見をしたとき、最初に話したい。


 眠れない夜には、隣の部屋に彼がいると安心する。


 紅茶を飲みながら本を読む横顔を見るのが好きだ。


 ヴァシュレドに襲われた夜、震えていた彼を見たとき、胸が痛んだ。


「私も……たぶん、好き」


 言葉にすると妙に恥ずかしい。


 視線を逸らしたリュネフィアの手を、ゼルヴァインが取った。


「たぶん?」


「こういうの、よくわからない」


「では、ゆっくりわかってください」


 指先へ口づけが落ちる。


 あまりに自然な仕草だったので、リュネフィアは数秒遅れて顔を赤くした。


「ただし」


 ゼルヴァインは彼女の手を離さなかった。


「一度捕まえた以上、逃がす気はありません」


 笑顔なのに怖い。


 それなのに、リュネフィアは笑ってしまった。


     *


 森の屋敷へ戻ったころには、冬が近づいていた。


 ヴァシュレドは研究院を永久追放され、横取りしていた研究成果は本来の研究者へ返された。さらに不正使用した研究費の返還を命じられ、彼の後ろ盾だった伯爵家からも見放されたという。


 リュネフィアにとっては、それで終わった話だった。


 むしろ困ったのは、その後である。


 ゼルヴァインと恋人になった。


 その事実を、彼は非常に都合よく解釈した。


 以前から過保護だったが、遠慮が消えた。


 朝は起こしに来る。


 眠そうなら抱き上げて食堂まで運ぶ。


 外へ出るときは外套を着せ、髪が乱れていれば梳かし、研究に集中しすぎれば強制的に休憩させる。


 そして隙があれば触れてくる。


 手を握る程度ならまだいい。


 後ろから抱きしめられたまま研究を続けることもある。


 ある夜など、リュネフィアが長椅子で眠ってしまい、目を覚ますと彼の膝の上にいた。


「重くない?」


「羽毛より軽いですね」


「嘘」


「愛があれば軽く感じるものです」


「適当なこと言ってる」


 そう言いながらも降りなかった。


 ゼルヴァインの腕の中は暖かい。


 冬の森では暖炉より便利だった。


 問題は、彼がそれを理解していることだ。


「最近、ずいぶん素直ですね」


 髪を撫でながら彼が言う。


「寒いから」


「春になったら離れる?」


「……考える」


「では屋敷を一年中寒くしましょうか」


「魔法で燃やすよ」


「それは困る」


 笑い声が頭上から落ちてくる。


 リュネフィアは目を閉じた。


 静かな時間だった。


 以前は静寂が好きだった。


 一人なら誰にも邪魔されない。


 けれど今は、ページをめくる音や、彼の呼吸が混じった静けさのほうが落ち着く。


 人間は簡単に変わるらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。