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サブキャラ転生サバイバル ~ポンコツエルフと毒舌吸血鬼と、妹になった俺~  作者: 私はかき氷
第1章『どん底生活』

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8『日収は浴場で退場』

TSイベント恒例のお風呂回です。

もっともカグヤはチキンなわけですが……。

「あ、ああ……。俺たちの、一日の稼ぎが……」


 じわりと滲む涙を拭いもせず、俺は衣服を脱いでいた。

 追いはぎに遭ったわけではない。自らの意思だ。だいたい、暴漢に襲われたのなら、この鬼人の身体能力を活かして全力で逃げている。



 むわっとした熱気と、反響する水音。

 ここは異世界の公衆浴場――日本人の魂とも言える、お風呂だ。


 入場料は一人につき銅貨二枚。三人で六枚。つまり、俺とアブ姉が今日一日、汗水垂らして稼いだ全財産が、たった今、文字通り「湯水のように」消え去ったということである。


「ごめんね……。でも、どうしてもお風呂に入りたくて。異世界に転移してから、ずっと入ってなかったでしょ?」


 脱衣所の隅で、リリィが伏し目がちに呟いた。

 今日の過酷な労働の対価として彼女に支給されたのは、黒パン一つだけ。現金収入はゼロだ。一銭も稼いでいないのに風呂に入ることに、強い罪悪感を覚えているらしい。


「黒パン一つは銅貨一枚相当らしいですから、リリィだって立派に稼いでいますよ」

 背後から、アブ姉の穏やかな声がフォローを入れる。

「そうだけど……私が一番、少ないし……」

 リリィの消え入りそうな声を聞き流しながら、俺は全裸のまま、ただじっと壁を見つめていた。


 俺は今、サブキャラの体に転移している。外見はどう見ても美少女だが、中身は健全な男子高校生なのだ。肉体的には女風呂への入場は合法でも、精神的には完全にアウトだ。

 漫画にありがちなラッキースケベ野郎なら嬉々として飛び込むのだろうが、悲しいかな、俺のようなチキンにはチラ見することすら許されない。


「そもそもさ、アブ姉は魔法でお湯を出せるんだし、大きな桶を買って風呂を作ればいいじゃん。それならタダだし」

「それも考えたのですが、現状、置く場所がありませんからね。私たち、見事なまでの宿なし家なしなんですから」


 壁に向かって抗議する俺の手を、誰かがそっと握った。

 褐色の肌。アブ姉だ。ほんのりと温かい。


「カグヤは目を瞑っていてください。私が手を引いて先導しますから」

「いやでも、前見えないと危ないじゃん……」

「カグヤは鬼人でしょう? 転んでも怪我なんてしませんよ」


 目を瞑っていて表情は分からないが、きっといつもの優しい笑顔を浮かべているのだろう。この人に悪意はない。ただ、ほんの少しだけ天然でポンコツなだけだ。


「そ……そうだね」



 石鹸は別途料金がかかるため、結局お湯だけで体の汚れを洗い流す。

 ろくに手入れもしていないのに、三人とも髪はツヤツヤで傷む様子はない。理由は謎だが、異世界転移の数少ない恩恵としてありがたく受け取っておく。


 体を洗い終え、ゆっくりと湯舟に沈み込んだ。

 温かいとぬるいの中間。熱々の風呂が好きな俺には少し物足りないが、それでも、張り詰めていた筋肉がじんわりと解れていく心地良さには抗えない。


「生き返るぅ……」

 隣から、リリィのくたびれたおっさんのような声が聞こえた。


「おっさんみたいだな」

「は?」

「ごめんなさい」


 即座に謝罪した。弟は姉に敵わない生き物だ。絶対に逆らってはいけない。



「ふぇ〜……気持ちいいですね。でも、こんな贅沢、週に一度くらいしかできませんかね」

 アブ姉が、ほうっと艶っぽい吐息をこぼす。

「銀貨一枚がだいたい千円で、銅貨が百円の計算だったよな。二百円の風呂代すらためらうって、どんな極貧生活だよ……」


「庶民の一日の生活費は、最低でも銀貨一枚から三枚。私たち三人が最底辺の生活を送るにしても、一日に銀貨三枚は必要な計算になる」

 リリィの声が、湯気に混じって重く響く。


「ギルドの受付のお婆さんに聞いたんですけど、『灰猫亭』という宿屋がおすすめらしいですよ。一泊二食、三人分で銀貨三枚だそうです」


「ああ……あの、門番がいじめてくる店員がいる宿屋ね。安くて美味しいらしいけど」

 リリィの口調に、分かりやすい苛立ちが混じる。


 俺は目を瞑ったまま、湯の中で大きく伸びをした。


「つまり、灰猫亭に泊まれば銀貨三枚でその日暮らしはできる。でも、今の五倍は稼がないと届かないってことか……」

「そうですね。一応、手持ちに銀貨二十五枚はあるので、あと八日近くは最低限の生活を送れますが」


 Fランク冒険者の稼ぎは、三人で一日に銅貨六枚程度。

 どう計算しても、まともな生活には程遠い。俺は思わず、ふぅっと深いため息を吐いた。


 その拍子に、無意識にまぶたが開いてしまう。


 目の前には、お湯に浸かるアブ姉の姿があった。

 スレンダーで高身長なのに、胸元は豊満。健康的な褐色の肌には水滴が艶めかしく光り、濡れた銀糸のような髪が肌に張り付いている。


「っ! ごめん!」

 俺は慌てて目を閉じた。


「……私は気にしていませんよ? 弟ですし」

 アブ姉はクスリと笑って、優しげにそう答える。


 分かっている。アブ姉が姉だということは。けれど、肉体が変わり、あまりに美しくなった彼女の姿に、男の悲しい性でつい見入ってしまったのだ。


「……変態」

 リリィの冷ややかな声が突き刺さる。

「……ごめん」

 二度目の謝罪を口にして、俺は顎の先までお湯に沈んだ。



「コホン! それで、これからのことなのですが」

 空気を変えるように、アブ姉がわざとらしく咳払いをした。

「やはりFランクのままでは、まともな生活は送れません。貯金があるうちに、Eランク冒険者への昇格を目指そうと思います」


「でも、魔物との戦闘は危険じゃ……」

 リリィの不安げな声が、風呂場に反響する。


「はい。けれど事前の説明にあった通り、相手にするのは弱いモンスターです。私たちなら大丈夫。そう判断しています」

 アブ姉の毅然とした声に、湯船の空気が少しだけ引き締まった。


「……そうだね。そうしよう」

 リリィが同意し、ふと恨めしそうに呟く。

「せっかくお風呂に入ったのに、替えの服がなくて、さっきまで着てた汗だくの服を着る生活はもうやだもん。……ほんと、この世界、服高すぎでしょ」


 今日、服屋に寄った際のリリィを思い出す。あまりの値段の高さに、彼女はこの世の終わりのような顔で膝から崩れ落ちていた。

 あの時の彼女の周りだけ、土砂降りの雨が降っているように見えたほどだ。



 清潔に生きる。ただそれだけでも、金が要る。

 そしてこの異世界でその金を稼ぐためには、文字通り、命を懸けるしかなかった。

三姉妹(姉弟)のパワーバランス。

アブ姉>リリィ>>>カグヤ

読んでいただきありがとうございました!

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