7『男社会はキツイけどいいやつもいる』
「うおっ! すげぇな嬢ちゃん! まさに百人力じゃねぇか!!」
俺は今、この異世界に来てから最高に調子に乗っている。
尊敬の眼差しを向けてくる七人の男たちから口々に「姉御!」とはやし立てられ、俺の鼻はすっかり天狗になっていた。鬼人なのに。
「姉御ぉ。これ頼んます。俺らはそっち運ぶんで」
男が指差した荷物を見る。大柄な成人男性が丸まってすっぽり収まるほどの木箱で、中には石炭か何かがぎっしりと詰まっているらしい。
「おう! 重いやつは全部俺に任せとけ!」
よっ、と一息で持ち上げる。
周囲から感嘆のどよめきが上がり、俺の口角はまたしても緩みそうになる。にやけ面になるのを奥歯を噛んで必死に我慢したが、上手く誤魔化せている自信はない。ここにリリィがいたら、間違いなく鼻で笑われていただろう。
昼頃、商人の荷馬車が五台ナータにやってきたらしく、俺はその荷運びの依頼を受けたのだ。
初め、俺を見た同僚の男たちは「そんなに金に困ってるなら娼館にでも働きに行け」と鼻で笑ってきたが、腕を掴んできた一人を片手で軽々と持ち上げてみせると、彼らの態度は一変した。
今頃、アブ姉は井戸が遠い家や商店を回り、魔法で水を生み出す依頼をこなしている。リリィは得意の回復魔法を活かして、教会の慈善活動に参加しているはずだ。
転移した際に得たこの鬼人の肉体能力のおかげで肉体労働は楽勝だが、如何せん単価が安すぎる。俺とアブ姉が引き受けた今日の依頼は、それぞれ銅貨たったの三枚ぽっち。リリィに至っては慈善活動なので金銭は出ず、炊き出しで余ったパンがもらえるだけだという。
一日に受けられる依頼の数にも限りがあり、三人合わせても大した額にはならない。庶民の生活費が一日一人当たり銀貨一枚から三枚というのだから、俺たちはその日暮らしにすら届いていないのだ。
日本にいた頃から貧乏には慣れているつもりだが、現代日本と異世界の貧困とでは、生命の危機レベルが違う。
だからこそ今、こうして必死に自分の身体能力をアピールし、この商人の専属荷運び人というポジションを勝ち取ろうと躍起になっているわけだ。
「カグヤの姉御ぉ。俺、腕痛めたんで、これ頼んでもいいすか」
「いいぜ、任せとけ!」
ドン! と胸を叩いて荷物を受け取る。こうして誰かに頼りにされるのは悪くない気分だ。
しかし、指定の場所に運び終えるのを見計らったように、別の男が「俺も痛めちゃったんで……」と強引に荷物を押し付けてきた。
「ちょ……」
「いや~、姉御。あざす!」
俺が何か言う前に、男は駆け足で逃げていく。……もしかして俺、頼られているというより、都合よく使われているだけか?
「あ~、姉御。それ、俺が運びますよ」
ため息をつきかけた俺に声をかけてきたのは、ヴァンスだった。さっき俺が片手で持ち上げた張本人である。
「あいつら、女である姉御に力で負けたことにプライド傷付けられてるんすよ。ちっせぇ男ですよね」
元男としては、女性に力負けしたくないという下らない見栄は痛いほど理解できる。だが、その見栄のせいで仕事をサボるのは、男から見ても女から見てもただの迷惑でしかない。
「ヴァンス。お前、最初は急に腕とか掴んできたけど、それ以外は案外いいやつだな」
「いや、すんません。あの時は怪我されちゃ困ると思って、軽く脅して帰ってもらおうとしただけで」
「だったら言葉で説明すりゃよかっただろ」
俺が呆れたように言うと、ヴァンスはばつが悪そうにクスリと笑った。
「おっ、なんだヴァンス。カグヤの姉御に惚れたのかぁ?」
通りすがりの別の男が冷やかす。こいつは純粋に俺たちを面白がっているらしい。
「違ぇよ! だいたい俺は既婚者だ。浮気なんてしたらうちの嫁マジでおっかないんだぞ!」
その必死な言いぶりからして、過去にやらかして修羅場を見たことがあるのだろう。
俺は思わず吹き出しそうになりながら、作業に戻った。
結局、荷馬車五台分の積み荷を運び終えるのに、三十分もかからなかった。そして、その作業量の七割近くは俺が一人でこなしていた。
鬼人のデタラメな身体能力のおかげもあるが、他の連中の勤務態度が一番の要因だ。俺が黙々と休まず運んでいたのに対し、彼らは雑談しながらダラダラと動き、疲れたら勝手に休憩していたのだから。
「いや~、いつもなら二時間くらいかかるんすけどね。雇い主の商人も驚くだろうなぁ」
ヴァンスが額の汗を拭いながら感心したように言う。
「そうだな。それに、ここからが俺にとっての本番だ」
「へ?」
不思議そうに首を傾げるヴァンスをよそに、俺はタイミングを待った。
「おおっ! もう終わったのかね!」
ちょうどそこへ、雇い主の商人が現れ、空になった荷馬車を見て驚嘆の声を上げた。
「いつもより早いし、荷の配置も正確で丁寧だ」
積み荷の確認を終えた商人は、感心した様子ですぐに俺へと視線を向けた。
「君のおかげかね?」
「はい。七割方は俺が運びました」
商人が俺の隣にいるヴァンスに視線を移すと、ヴァンスは正直に深く頷いた。
ここだ。俺はすかさず交渉を切り出す。
「商人さん。俺一人を、あなたの専属荷運び人として雇うのはどうでしょうか。今、俺を含めて八人の労働者を雇っていますが、俺一人ならこの量を一時間で終わらせてみせます」
商人は「ふむ」と顎に手を当てた。
「賃金は銀貨二枚でどうでしょう。八人に銅貨三枚ずつ、計二十四枚払うより安上がりなはずです」
「ふざけんじゃねぇ!」
俺が提案を言い終えるや否や、先ほど荷物を押し付けてきた男が血相を変えて怒鳴り込んできた。
「俺らの仕事を奪うってかぁ!? 何様なんだお前は!」
俺が口を開くより早く、ヴァンスが前に出て反論した。
「お前ら、俺と同じで本職があって、ここは小遣い稼ぎに来てるだけだろ? でも姉御は本気で金に困ってるみたいだ。ここは譲ってやるのが男ってもんだろ」
痛いところを突かれたのか、男は眉間に皺を寄せたまま舌打ちをし、結局黙って目を逸らした。
「……いいでしょう」
そのやり取りを見届けた商人が、静かに宣言した。
「あなたを専属として雇いましょう。頻度は週に一度。ただし、しばらくの間は仕事振りに監視を付けさせてもらいますが」
「ありがとうございます!」
一時間以内の労働で、銀貨二枚。破格の稼ぎだ。
けれど、週に一度だけでは、根本的な資金不足の解決には至らない。
それでも、異世界での安定した収入源を一つ確保できたのは大きな一歩だ。
俺は誰にも見えないように、こっそりと、しかし力強く拳を握りしめた。
貧困の中にいるカグヤは他の労働者の仕事を奪ってしまったわけですが、果たして本当に大丈夫なのでしょうかね……?
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