5『門番の勤務態度が最悪だった』
カグヤの見た目は人間と同じで、角などは生えていません。
「はい、つぎぃ」
じりじりと肌を焼く炎天下の昼下がり。城門の前に立つ門番の、気だるげな声が響いた。
門番は目の前に一人、奥の詰所に二人。
目の前の男からはツンとした酒の匂いが漂ってくるし、奥の二人は安っぽいテーブルを囲み、こちらに気にも留めず飲み食いしながら大声で談笑している。
「灰猫亭に入った新しい店員がよぉ、すげぇかわいいんだ。ちょっと無茶な注文をしたら、目を泳がせて『あの……その……』ってな。ついいじめたくなるんだよ。飯も安くて美味いし、最高だぜ」
「お前、性格悪すぎだろ。だからいい年して嫁がいねぇんだよ」
「言ったなてめぇ。既婚者だからってマウント取ってんじゃねぇぞ」
なんとも低俗な会話だ。
日本人の感覚からすれば即刻クビレベルの勤務態度だが、異世界ではこれが標準スペックなのかもしれない。
「カグヤは、あんな男になっちゃ駄目だからね」
「いや、今の俺、女なんだけど……」
隣で腹立たしげに呟くリリィに、俺は小声でツッコミを入れた。ああいう手合いは、リリィが最も嫌悪するタイプだ。
「おっ。お前ら、いつぞやの三姉妹じゃないか。今度は金を持ってきたのか?」
目の前の門番が、くちゃくちゃと干し肉を噛みながらニヤケ面を向けてくる。
「はい。持ってきました。ですが本来、通行税は銀貨一枚のはずでは?」
アブ姉が一歩前に出て凛とした声で応じる。
「お前ら、身分を証明できるものは持ってるのか?」
アブ姉が静かに首を振ると、門番の口角がさらに釣り上がった。
「じゃあ、この街の中に、お前らの人となりを保証してくれる奴は?」
「……いません」
「なら銀貨一枚じゃ通せねぇな。どこの馬の骨とも知れねぇ奴らが街で問題を起こしたら、俺たちにも責任が回ってくるんだ。そのリスクを背負うには、相応の『誠意』ってもんが要るだろうが」
門番が右手で下品に硬貨を示すジェスチャーをする。
異世界でもカネのジェスチャーは共通なのかと、俺は変なところで感心してしまった。
「……分かりました。では、銀貨三十枚でどうでしょう。これで全てです」
アブ姉が、チャリンと音を立てて銀貨の入った革袋を差し出す。
本当は、俺が午前中に拾った五十二枚と、転移時から持っていた三枚を合わせて、全部で五十五枚の銀貨がある。
常に正直で嘘を嫌うアブ姉が、あんなにも堂々と『これで全て』と言い切ったことに少し驚いた。
門番はじっと袋の重さを確かめると、アブ姉、リリィ、そして俺の顔をねっとりと品定めするように見回した。
「……ちっ、まぁいいだろ」
通行を許可された瞬間、隣で「よしっ」と小さな声が漏れた。見れば、リリィがぎゅっと右手を握りしめている。
これでようやく、過酷な野宿生活から抜け出せる。かくいう俺も、思わずその場で飛び跳ねそうになった。
「黒髪の嬢ちゃん。武器をよこしな」
水を差すように、門番が冷たく告げた。
「えっ、なんで?」
「当たり前だろ。帯剣が許されるのは一部の特権階級か、正規のギルド証を持ってる奴だけだ。おめぇらみたいな余所者は駄目だ」
俺は右手に握る刀を見つめた。
何の変哲もない、安物の刀。俺の使い方が悪いのか初期装備の限界なのか、既に刃こぼれが酷い。
それでも、理不尽に異世界へ放り出されてから、俺と姉貴たちの命を繋いでくれた相棒だ。それをこんな場所であっさり手放すなんて……。
「そういえばカグヤ。昔から刀が好きでしたよね。修学旅行でも、わざわざ刀のストラップ買ってきてましたし」
「ああ、あれね。年頃の姉にお土産として渡すあのセンス。だからモテなかったんだよ」
「うぐっ」
感傷に浸ろうとした瞬間の、容赦ない姉たちのコンボ攻撃。
過去の中二病的な黒歴史をえぐられ、俺の心にクリティカルヒットが突き刺さる。
俺はもう刀など見たくないとばかりに、やけくそ気味に門番へ刀を押し付けた。
「ナータへようこそ。せいぜい真面目に働けよ」
薄ら笑いを浮かべて道を譲る門番。
その横顔に向かって「お前が言うな」と心の中で悪態をついていると、隣から「ブーメラン」というリリィの的確な呟きが聞こえた。
――城塞都市ナータ。
直径五百メートルほどの円形の城壁に囲まれた、人口二千人程度の小都市だ。数字だけ聞くとこぢんまりとしているが、限られた城壁内に人が密集しているため、想像以上の熱気と喧騒に満ちていた。
俺たちが歩くメインストリートは馬車がすれ違える程度の幅があるが、そこから枝分かれする路地は人が一人通るのがやっとの狭さだ。
「うへぇ……。これ、移動するの大変そう」
「リリィは人混みが苦手だもんな」
「うん。それにしても……街の中、あんまり綺麗じゃないね」
リリィが顔をしかめながら辺りを見回す。
路地裏に目をやれば、豚や鶏といった家畜が放し飼いにされており、地面には泥に混じって糞や羽が散乱している。
ただ一つ救いがあるとすれば、魔法の恩恵か、あるいは下水道が整備されているのか、人間の排泄物らしき悪臭は漂ってこないことだ。もっと不衛生な中世ヨーロッパの街並みを覚悟していた俺としては、少しばかり拍子抜けだった。
メインストリートを抜けると、開けた中央広場に出た。
広場に隣接する石造りの教会の前では、修道女たちが炊き出しを行っている。
ボロボロの服を纏い、やせ細った子供たちが列をなす光景を見て、アブ姉が寂しそうな横顔を見せた。
「早く職を見つけないといけませんね。でないと、私たちもあの列に並ぶことになってしまいます」
「そうだな。でも、どうやって?」
俺は周囲の視線を気にしながら小声で返す。
さっきから街を行き交う人々がチラチラとこちらを窺っているのだ。それは好奇心というより、警戒や疑いの色に近い。
「なぁ、姉貴たち。やっぱり冒険者ギルドに行くべきなんじゃないか? ほら、魔物の討伐以外にも、迷子の猫の捜索とか、下水道の掃除とか、薬草摘みとか。ラノベだと定番の仕事がいっぱいあるじゃん」
「……またラノベの知識で異世界を語ってる」
リリィがジト目を向けてくる。
だって仕方ないじゃないか。異世界サバイバルの知識なんて、現代日本人の俺にはラノベ以外に頼るものがないんだから。
「……そうですね。まぁ、行くだけ行ってみるのも悪くはないでしょう」
アブ姉が俺の目を真っ直ぐに見据え、念を押すように言った。
「ですが、危険な仕事は絶対に受けない。いいですね?」
「わかってるって」
目的地のギルドは、中央広場の一角にすぐ見つかった。
頑丈そうな木造の二階建てで、入り口には剣と杖が交差した意匠の看板が掲げられている。
アブ姉が先頭に立ち、重たい両開きのドアの右側だけを押し開けて、未知の領域へと足を踏み入れた。
腐敗した門番とカグヤの中二病的黒歴史。
私の姉は修学旅行で北海道に行ったとき、自分用に柄に『洞爺湖』と文字の入った木剣を買ってきていました。
最終的に要らないからと私に押し付けてくださいました。……私も要らんのだが。
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