16『ドット指揮官の采配』
鋭い風切り音が響き、道端の草花がびくっと揺れた。
歩きながら無造作に剣を素振りした俺を、すれ違った荷馬車の護衛が険しい目つきで睨みつけていく。……すみません、と心の中で平謝りしながら剣を下ろした。
「カグヤ。刀ではなく剣ですが、戦闘に支障はありませんか?」
アブ姉が空中にピンポン玉大の水球を生み出し、ぱくりと口に運びながら尋ねてくる。
「正直、変わらないと思う。転移直後のサバイバルでは刀を使ってたけど、剣術なんて知らないし、ただ力任せにがむしゃらに振り回してただけだから」
「……なるほど。刀も剣も素人だから、五十歩百歩というわけですね」
「なぁカグヤ。お前、もしかして武術の指南を受けたことがないのか?」
俺たちの会話を聞きつけたドットが、心底呆れたような声を出す。
「ああ、ない。俺は剣の指南を受けていないし、アブ姉とリリィも魔法の指南を受けたことがない」
ドットがあんぐりと口を開けた。
……すごい。人間って呆れや驚きが極まると、漫画みたいに本当に口を開けるんだな。
「それで一次試験に合格したのか……天才ってやつか? いやまぁ、カグヤに関しては単純な力任せで技術はなかったが」
「言われてやんの」
ここぞとばかりにリリィが茶化す。
「いや……だって、魔法なら日本人にとってサブカルが教科書みたいなところがあるけど、剣術はアニメや漫画じゃ学べないだろ」
俺の必死の弁解に、リリィも「まぁ確かに」と小さく頷いた。
「Eランク冒険者になってお金が貯まったら、刀と魔法の師匠を見つけないといけませんね。……刀は珍しい武器ですから、師範を探すのが大変そうですが」
「もういっそ、剣でよくない?」
パキリ、と足元の枯れ枝を踏み折ってリリィが言う。
「ナータに刀を教えてくれる人がいなかったら……そうする」
刀の方が剣よりかっこいい。ロマンがある。
けれど、それ以上に、姉貴たちを危険から守るために強くなることが先決だ。武器をえり好みしている時間はない。
川沿いの段丘に沿って延びる道を、一時間ほど歩いた。
振り返れば、城塞都市ナータはまるで森の海に浮かぶ小さな島のようだった。町の周囲、半径三キロほどは開けた農地や草地で、のどかに草を食む牛や羊、それを見守る農民の姿が陽光の中に散見される。
やがて道は森の縁へと差し掛かった。ようやく涼しい木陰に入れると思いきや、そこは人の手の入った薪炭林だった。薪を取るために若いうちに刈り取られる木々はどれもひょろひょろと細く、森というよりは、無数の柱が乱立する広間のように見通しがいい。
「もうちょい奥に行ったら、豚にどんぐりを食わせるための深い森がある。豚ってのは放し飼いにしときゃ勝手に肥える庶民の味方だが、あいにくゴブリンどももそれが好物でな」
ドットが歩きながら、エールの入った皮袋を煽る。
「いいか、仮にゴブリンが森の奥へ逃げても深追いはするなよ。その先は手つかずの原生林だ。恐ろしい魔物か、さもなきゃ訳アリの人間が潜んでやがる」
……つい一週間前まで、俺たちもその『訳アリの人間』だったのだ。
正確には、鬼人とダークエルフとハーフヴァンパイアだが。
「それじゃ、そろそろみんなの体に結界を張っとく」
リリィの声と同時に、俺の体の周りでわずかに温度が上がった。俺はまだ魔力をはっきりと視認することができず、鬼人としての勘で『なんとなく何かで覆われた』と分かる程度だ。
「おお、ありがてぇな。多分ゴブリンの攻撃二、三発なら耐えられると思うぞ」
ドットには魔力が見えているようで、その量から結界の耐久値を即座に推定してみせた。……普段はヒモでクズなことを除けば、本当に尊敬できる冒険者なのだ。
「わ、私も魔法をいつでも撃てるようにしておきます!」
アブ姉も慌てた様子で魔法を練り始める。
……うーん、距離があるからか、どこに魔法を作っているのかが全く分からない。やはり、魔力を視認できるようにならなければ。
「アブ姉。森なんだから火はダメ」
リリィが慌ててアブ姉を制止する。
火の魔法を練る時は魔力が赤く染まるらしく、リリィはそれで判断したのだ。当然、彼女とアブ姉は魔力を見ることができる。
「ふぇっ!? すみません!」
アブ姉が勢いよく頭を下げる。本当にこの人はポンコツ……
──ヒュッ。
さっきまでアブ姉の頭があった空間を、鋭い軌道を描いて小石が突き抜けていった。
急いで小石の飛んできた方を振り返ると、見通しの良い木々の枝の上に、年老いたメスのゴブリンがしゃがみ込んでいた。
「ちっ! 奴が指揮官だ! 真っ先に魔法使いを狙いやがったな……!」
ドットが瞬時にアブ姉の前に立ち塞がる。
俺もハッとして、少し遅れてリリィの前に立った。
「さっきも説明したが、ゴブリンは年老いて子供が産めなくなったメスが、オスを指揮して狩りを行う。結界があるとはいえ、投石には気を付けろ!」
ドットの警告に応じるように、メスのゴブリンが鼓膜を裂くような金切り声を上げる。言語というにはあまりにも単純で不快な、攻撃の合図だった。
ガサガサと草葉を揺らし、四匹のオスのゴブリンが俺たちを囲むように姿を現す。
手には、尖った石を植物のツタで括り付けた手製の槍。その穂先には、どす黒い紫色の液体がべったりとこびりついている。
「そこそこ知性が高いくせに、狂暴で人間と出会ったら襲うことしか考えねぇから厄介なんだ。……お前ら、あの槍には毒キノコを潰した汁が塗ってある。死にゃあしねぇだろうが、痺れて動けなくなるから掠り傷でも気を付けな!」
「なぁドット。ゴブリン強すぎないか!? 本当に素人でも武器を持てば倒せる相手なのか!?」
俺の悲鳴じみた問いに、ドットはニカッと不敵に笑って答えた。
「あのお粗末な武器を見ろ。皮鎧と兜を付けて、複数人で挑めば大の男なら負けはしねぇよ」
「そうだろうけど……この世界の人たち、逞しすぎだろ」
「アブシンシア! リリィ! 包囲されちゃあたまったもんじゃねぇ。リリィは右のゴブリンを結界で足止め! アブシンシアは左を水か土の魔法で! 俺とカグヤは中央の二匹を担当だ! 投石には常に気を配れ!」
ドットの淀みない、的確な指示が飛ぶ。
「……ああ!」
「……分かりました!」
「……わかった」
俺たちは口々に短く応え、それぞれの行動を開始する。
平和な日本で暮らしていた俺たちの頭は、ゴブリンに狩られそうになっているこの異常事態に、まだ完全には追いついていなかったのだ。
指示がなければ動けなかった。
「……戦場指揮官って、本当に大切なんだね」
緊迫した空気の中、リリィのしみじみとした呟きだけが妙に響いた。
ゴブリンの設定です。
原生林の浅い場所に巣を作る。
知能は比較的高く、家や服、道具の作成、投石などを行う。
獲物は人間が森に放し飼いにしている豚など。
狩りを担当するのはオスと子供を産めない年老いたメス。 オスが前線で戦い、年老いたメスが指揮と投石を行う。
人間は危険な原生林に入ることが恐ろしく、ゴブリンを駆逐できない。
こういう設定を作るのが好きなんですよね……。
読んでいただきありがとうございました!




