14『良い事を言う老婆』
リリィVSドット
「ふぅ~、疲れました……」
アブ姉が壁際にずるずると座り込む。魔力が切れたのだろう。
スッスとの試合は一分と掛からなかったが、テニスコートより少し広い範囲の地面を薄く氷らせ、支えがあっても立つことも難しい強風を叩きつけ続ければ限界がくるようだ。
散々転がされたスッスは日陰に大の字で寝転がっている。
「もう転がされるのはコリゴリっす……」
そう呟いては、たまに「うぇっ」と呻いている。どうか吐かないでいただきたい。
「よしっ! それじゃあ、次が最後だな」
ドットがリリィに視線を向けた。俺とアブ姉はすでに試験を突破した。残るはリリィだけだ。
「……ふぅ」
さっきのアブ姉のため息とは違う――緊張が滲み出た、静かな吐息。リリィの能力は回復魔法と結界。魔法使いのアブ姉、剣士の俺と違って、彼女は支援に特化している。
「悪いな。魔法使いだろうが支援術士だろうが、前衛職の試験官と戦う決まりなんだ」
ドットが木剣で自分の肩をとんとんと叩く。
「前衛の後ろに隠れていても、魔物に距離を詰められることもある。そのとき身を守れなきゃ、死んじまうからね」
受付の老婆が淡々と続けた。
「わかってる」
リリィはこくりと頷く。
「まぁ安心しな。支援術士の場合は試験官の攻撃に耐えた秒数で合否が決まるからねぇ。どれだけ無様を晒そうと構やしないよ」
老婆はどこからともなく干し果物を取り出し、かじりながら話す。
「リリィ、頑張って!」
「リリィなら大丈夫ですよ。……多分」
俺が励ますと、アブ姉が不安の種をそっと落としていった。
「ふふっ。……ありがと」
リリィはクスリと笑い、ドットをまっすぐに見据えた。
ドットの体力はほぼ満タンだ。俺との試合でドットを削り、リリィを間接的に援護する――そんな算段は崩れ去った。
アブ姉が鮮やかに勝利を収めた分、合格はもらったが、勝てなかった自分への情けなさが胸の隅にくすぶっている。
「それじゃあ、始めな!」
三度目の老婆の合図。
ドットが一気に距離を詰める――かと思いきや、動かない。
「ちっ。粋なことをするなぁ、嬢ちゃん」
見れば、ドットの右膝の前にリリィの結界が薄く貼られていた。
「あなたが右足から動かすのは観察済み。いくら力馬鹿でも、予備動作なしじゃ簡単には壊せない」
言い終わると同時に、リリィはくるりとドットに背を向け、結界で作り上げた階段をかけ足で駆け上がり始める。
「空中に逃げようってか……」
ドットは左のポケットからどんぐりを取り出し、リリィの背へ向けて投擲した。
リリィは足を止め、振り返りながら防御の結界を次々と展開する。一枚、二枚、三枚――最終的には五枚。
「カグヤと同等の力馬鹿なら、一枚じゃ足りない」
リリィの読みは正確だった。どんぐりは結界を三枚砕き、四枚目にヒビを入れてようやく止まった。
「ちっ……。左手だから狙いがずれてたな。まぁ、正確でも止められてたが」
ドットは舌打ちし、一気に距離を詰める。
「……っ。ヤバい、距離を取らないと」
リリィは上空への逃走を諦め、階段から飛び降りた。まだ五十センチほどしか登っていなかったため、怪我はない。
「本当はドットを結界で足止めして、その間に空中まで登り切って、階段を消して持久戦に持ち込む作戦だったんだろうな」
「……ドットさんが速すぎたんですね」
俺の分析に、アブ姉が小声で返す。心配を隠せていない。
「結界をエレベーターみたいに動かせれば楽だったんだろうけど、それは難しいみたいだし……」
地に降りたリリィはもはや逃げることを諦め、がむしゃらに自分の周りへ結界を重ね続ける。数えれば、十三枚はあるだろうか。
ドットはリリィの目の前で足を止め、上段の構えを取った。
肺が大きく膨らむ音。
「――はっ!」
ドンッ!
ドットが振り下ろした一撃で、十三枚の結界のうち十枚が砕け散る。間髪入れずに追撃が走り、残る三枚も容易く消し飛んだ。
「……負けました」
悔しさを噛み殺したリリィの声。ドットの木剣が、静かにリリィの首筋へと添えられている。
「木剣が折れることに賭けてたけど……無理だった」
「正直ヤバかったぜ? 俺も折れるんじゃないかとヒヤヒヤしてた」
ドットの剣を見ると、確かに深いヒビが刻まれていた。
「終わりだね。ドットの勝ちだよ」
老婆の声。干し果物はまだ続いている。かなりお腹が空いているのか、今度は両手で持っていた。
「リリィ、大丈夫か?」
俺はすぐにリリィのもとへ駆け寄った。
「……ん。大丈夫」
表情は変わらない。けれどよく見ると、眉がほんの少しだけひそめられている。
「はぁ。もっとうまくやれたな……。まぁ、カグヤよりも試合時間は長かったからいいか」
「……っ」
何も言い返せず、俺はただ拳を握った。……それでも、そこまで落ち込んでいる様子はない。よかった。
「それでドットさん、リリィは合格でしょうか?」
アブ姉が恐る恐る尋ねる。
「合格だな。だろ、婆ぁ?」
「そうさね。こんだけ耐えられりゃ十分だ」
そう言って、老婆は俺をまっすぐに見つめてきた。いつもの冷めた瞳ではない。どこか、静かな熱を宿した目だ。
「いいかい小娘。お前は三人の中で唯一の前衛だ。お前が敵を後ろに通してしまったとき、リリィは今みたいに逃げ惑うことになる」
俺は真剣に聞いた。
「リリィがある程度自衛できることは今見たとおり。アブシンシアもそうだろうね。けど――二人とも近接戦は専門外だ。いずれ限界が来る」
老婆が干し果物を口に運ぶ。こんな時に食べないでほしい。
「前衛職は剣であると同時に盾だ。それを覚えておきな。……お前が倒れたとき、他の二人の運命は決まったも同然さ」
「……わかった」
俺はただ、深く頷いた。
「お前たち二人もだよ。自分の命が惜しけりゃ、カグヤを全力で守りな!」
老婆がアブ姉とリリィにも向き直る。……なんだかんだ、いい人だ。
「ふぅ~。まぁともかく、これで俺たちもEランク冒険者だな」
安堵の笑みがこぼれた。
アブ姉は困ったように笑い、リリィは呆れ顔でこちらを見ている。
「いや……二次試験、残ってるじゃん」
普段から顔を合わせることになる冒険者には死んでほしくない受付のお婆ちゃん。
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