13『アブ姉はえげつない』
アブ姉VSスッス
「カグヤが勘違い野郎だと照明された」
頭上から降ってきたのは、リリィの冷ややかな声だった。
「あの巨大熊を倒したときも、灰猫亭で喧嘩を収めたときも、内心『俺TUEEEE』とか悦に浸ってたんでしょ。……くだらない」
仰向けに倒れ伏す俺の胸に、切れ味抜群の言葉のナイフが深々と突き刺さる。
「お、思ってないし……」
半分嘘で、半分は本当だ。
あの熊に勝った後は、木を引っこ抜いて延焼を防ぐというボディービルダー顔負けの脳筋消火活動に必死で、そんな安い優越感に浸る余裕すらなかった。
それに、勝てたのはアブ姉とリリィのサポートがあったおかげだし。
「……その顔、図星なんだ」
覗き込んでくるリリィの呆れ顔が視界を覆う。
「な、なんでわかったんだよ」
「カグヤは昔から、都合が悪くなると目が右端を向くから」
冷たい言葉とは裏腹に、リリィはそっと俺の腹部に両手を添えた。
ほのかな白光が網膜を刺激する。と同時に、ドットの逆袈裟斬りを食らって熱かった腹部から、嘘のように痛みが引いていった。
「……ありがと」
「怪我しないのが一番なんだけどね。めんどくさいし」
「泣ける姉妹愛じゃねえか。俺もこんな妹がほしかったぜ」
木剣を肩に担いだドットが、低い声で笑う。
「ふふっ……。ところでドットさん。カグヤは負けてしまいましたが、試験には合格でしょうか?」
アブ姉が不安げに尋ねた。
試験を二度も受ける金銭的余裕がない俺たちにとって、このEランク昇格試験の合否は、文字通り死活問題なのだ。
「ん? ああ、合格でいいだろ。なぁ、婆ぁ?」
「相変わらず口の減らない餓鬼だね。……まあ、いいんじゃないかい。こんだけ動けりゃ、その辺のゴブリンやスライムの餌にはならないだろうさ」
「よかった……! 負けても合格できるんだな……!」
俺が心の底から息を吐き出していると、リリィがすかさず冷や水を浴びせてきた。
「事前の説明で『試験官に実力を認められれば合格』って言われてたでしょ。話聞いてなかったの?」
「知ってたよ。でも、負けたから不安だったんだ」
俺の中でのリリィの株は、常にストップ高とストップ安を繰り返している。
「相変わらず仲が良いことで。――さぁ、次はスッスが試験官を務める番だぞ」
「……すっ」
ドットに呼ばれたスッスが、短く呼気めいた返事をする。こいつ、マジでこの言葉以外喋れないんじゃないだろうか。
「ではスッスさん。試験、よろしくお願いします」
「……すっ」
アブ姉が丁寧にお辞儀をしても、スッスの反応は相変わらずだ。
「あんた、アブシンシアだったけ? ダークエルフなら魔法使いだろうし、木剣はいらないないね?」
「はい、受付のお婆さん。必要ありません」
「そうかい。……んじゃ、始めな!」
老婆の合図が響いた瞬間――スッスが、アブ姉との距離を一瞬で詰めた。
魔法の詠唱すら許さない、という明確な気迫。だが、スッスがアブ姉に肉薄し、最後の一歩を力強く踏み込んだその刹那。
――スッスの姿が、忽然と消えた。
……より正確に言えば、地面に空いた巨大な落とし穴に吸い込まれた。
「あ、あの……試験開始前に罠を仕掛けるのって、ルール違反にならないでしょうか……?」
落とし穴にはまった相手を追撃する絶好のチャンスだというのに、アブ姉は眉をハの字に下げて老婆の顔色を窺っている。
「……構わないよ」
老婆は深い溜息とともに答えた。
「アブ姉……有能なのに絶望的にポンコツ……」
リリィが深々と額を押さえる。
「まあ、アブ姉らしいけどさ……。にしても、俺がドットと試合してる間に穴掘ってたのかよ。マジで微塵も気づかなかったぞ」
スッスが落とし穴の縁を蹴って飛び出した、その瞬間だった。アブ姉が試験会場の地面を一瞬にして氷漬けにした。
哀れ。
華麗に着地を決めるはずだったスッスは、氷の床で見事に足を滑らせ、盛大にスッ転んだ。
「……いってぇ」
「なんだ、ちゃんと喋れるじゃん」
俺のツッコミをかき消すように、今度は試験会場に猛烈な強風が吹き荒れる。アブ姉にとっては完全な追い風、スッスにとっては歩くことすら困難な向かい風だ。
「あのダークエルフの嬢ちゃん……優しそうな顔して、やることがえげつねぇな」
ドットが受付の老婆を風から庇うように、自分の背中に隠している。
……なんとなく、こいつが商人の娘さんのヒモに収まっている理由が理解できた気がした。謎の包容力がある。
「ツルツルの氷の足場に、暴風並みの向かい風か。さあ、スッスの野郎はどう切り抜けるかねぇ」
老婆は相変わらずの仏頂面で戦況を見つめている。
風上から、アブ姉の放った魔法が弾丸のように飛来する。
殺し合いではないという配慮からか、生み出されているのは「水塊」だ。しかし、人の頭ほどもある水の塊がこの暴風に乗って直撃すれば、下手な岩よりダメージがデカい。最悪、氷で滑って後頭部を強打し死に至る可能性もある。
多分、アブ姉はその致死性に全く気づいていない。
スッスは必死に水塊を右へ左へと躱すが、着地のたびに氷で足を取られそうになり、咄嗟に木剣を地面に突き刺すことでなんとかバランスを保っていた。
スッスは木剣を氷に突き立てた際に削り出された小さな氷塊を掴み取ると、アブ姉に向けて思い切り投擲した。
「っ……風をもっと強く……!」
アブ姉の顔面を正確に狙った氷塊は、しかし強風の壁に阻まれて急激に勢いを失い、ポコッと間抜けな音を立ててアブ姉のすねに当たった。
「つ〜……いたいですぅ……」
「あの野郎、アブ姉の顔を狙いやがった……!」
リリィの殺気が跳ね上がる。
「いや、まぁ、ね……? 落ち着いてくれ姉貴」
俺は暴れ出しそうなリリィを、どうどうと宥める羽目になった。
一方のスッスは強風に煽られ、吹き飛ばされまいと地面に刺した木剣に必死にしがみついている。
しかし、強風の中で『ミシミシ……』と嫌な音がやけに鮮明に響いた。
「……すっ」
スッスが絶望的な声を漏らした瞬間――。
木剣がボキィッ! と豪快な音を立ててへし折れ、支えを失ったスッスは、まるで枯れ葉のように風に運ばれ、試験会場の奥の壁へと激しく叩きつけられた。
「……勝負ありだね。勝者、アブシンシア」
老婆の静かな声が響き渡る。
「ふえっ!? か、勝ちました……!」
「ああ。文句なしの合格さね」
キョトンとした後、パァッと花が咲いたように喜ぶアブ姉。
「やったな! アブ姉!」
「おめでと……!」
俺とリリィも、口々に祝いの言葉を投げかける。
「ありがとうございますっ!」
満面の笑みを浮かべて手を振るアブ姉。
「……ところでよぉ。水を差すようで悪いんだが、そろそろ風止めてやってくれねぇか。スッスの野郎が死んじまう」
ドットの呆れたような声に導かれ、俺たちは壁際へと視線を向けた。
そこには、壁にぶつかってこれ以上奥へ吹き飛ばされることはないものの、強風と氷の床のせいで、壁に体をこすりつけながら「コロコロコロコロ……!」と高速回転し続けているスッスの姿があった。
「目が、回るっすぅ……」
なんだかんだいってアブ姉が一番強いのでは……?
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