12『ヒモでクズな試験官』
例のヒモでクズな試験官です。
「お前さんたち、本当にEランク冒険者になるんだねぇ」
古木のカウンターに肘を突き、仏頂面の老婆が値踏みするような目を向けてくる。
「まぁ、なりたいってんならとやかく言わないよ。試験料は一人につき銀貨一枚だ」
「……わかりました」
アブ姉が懐から銀貨を三枚、名残惜しそうに取り出す。これで俺たちの財布は着実に一文無しへと近づいた。
「絶対合格しましょうね。試験を二回受ける余裕なんて、どこにもないですから」
アブ姉の小声には切実な響きがあった。
俺は「任せておけ!」と力強く胸を張るが、リリィは胡乱な目を向けてくる。
「カグヤは能天気だよね」
「リリィが心配しすぎなんだよ」
「お前たち! 出番だよ。シャキッと働きな!」
老婆のしわがれ声がギルド内に響き渡る。すると奥の小部屋から、ガタイの良い男が二人、のそのそと姿を現した。
「うぃーす。試験官すね、任せてください」
「……すっ」
老婆がイライラと骨ばった指でカウンターを叩く。
「まったく、一人は返事もまともにできないのかい。……こいつらはEランク冒険者のドットとスッス。こいつらと一対一で模擬戦をして、認められたら第一試験は合格さ」
「第二試験もあるのですか?」
「ああ。外に出てゴブリンを三体、大きな怪我をせず狩ってくる。それで終わりさ」
なるほど。実戦経験の浅いFランクを、いきなり野外に放り出すような真似はしないらしい。
「ちなみに、このナータの街にEランク冒険者は二十人もいない。どいつもこいつも外に出るのがめんどくさいとか抜かして、街の用心棒にばかり就きたがる。私がこうしてケツを叩かないと、外のゴブリンどもを間引いてくれないからね。こっちも頭を抱えてんのさ」
言外に『Eランクになったらきっちり魔物狩りをしろ』と圧をかけてくる老婆。
「用心棒も楽じゃないんだぜ、姉御? 怪我すりゃ稼ぎも薬代で消えちまう。まぁ、このギルドで暴れる命知らずは滅多にいないから、ここは快適な職場だけどな」
欠伸交じりに「うぃーす」と答えたドットが、無精髭を掻きながら笑う。
「誰が姉御だい!」
老婆がバンッとカウンターを叩いた。
「茶番はいいからさっさと始めちまおう。誰から行く?」
「俺が」
ドットのぶっきらぼうな言葉に、俺は迷わず一歩前に出た。
「そうですね。カグヤ、私、リリィの順が良いのではないでしょうか」
アブ姉が小さく頷く。
試験官は二人。対して俺たちは三人。つまり、試験官のどちらかは必ず二回戦うことになる。戦闘が苦手なリリィにとって、疲労の溜まった二戦目の相手に当たるのは絶対の狙い目だ。
おそらく一人目の相手を務めた男が三人目も担当するだろう。一番手を買って出た俺としては、少しでも相手の体力を削っておきたいところだ。
「威勢のいい嬢ちゃんだな。……つーか、あんた相当強いだろ?」
俺の前に立ったドットが、ふと目の色を変えた。
「……俺って、やっぱり強いのか?」
「うわっ……なにそのナルシストみたいなセリフ」
リリィの冷ややかなツッコミが背中に刺さる。
「なんとなくだけどな。強いやつと対峙すると、こめかみが疼くっていうかよ」
ドットは人差し指の腹でこめかみをぐりぐりと揉んだ。
「まぁ、やってみりゃ分かることだ。嬢ちゃん、裏庭に行くぞ」
案内された裏庭は、テニスコートより少し広い程度の禿げた土の広場だった。
地面はまともに整地されておらず、不自然な隆起や窪みがあり、所々には木の根が顔を出している。
「実戦じゃあ、常に足場が保障されてるわけじゃないからな」
ドットはそう言って、俺に木剣を放り投げた。刀ではなく、西洋の両刃剣を模したものだ。
転移後のサバイバル生活で使い込んだのは刀だったから、この重心の感覚にはまだ慣れない。あの不真面目な門番に預けっぱなしの俺の愛刀は、今頃どうしているだろうか。
「それじゃ……始めな!」
「……えっ?」
手元の木剣に視線を落としていたその瞬間、老婆の開始合図が唐突に響いた。
同時に、地面を蹴る鋭い音が俺の鼓膜を打つ。
慌てて顔を上げ、意識を極限まで集中させる。
――その瞬間、世界が変質した。
ドットの動きが、まるで出来の悪いパラパラ漫画を低倍速で再生したかのようにコマ送りになる。最近になって急にできるようになった、原因不明の視覚技術だ。
だが、見えたところで体が追いつくとは限らない。
「やべ……これ、防御間に合わない……!」
俺は反射的に後方へ跳躍した。
コンマ一秒の差。ドットの逆袈裟斬りが、俺の腹部を薄く掠める。
仮に真剣だったとしても内臓までは届いていないはずだ。……素人の俺の感覚なので保証はできないが。
「……いきなり不意打ちかよ! 卑怯だろ!」
木剣が掠めた箇所が熱を帯びる。血こそ出ていないが、ミミズ腫れにはなっているはずだ。
「冒険者は騎士様じゃねぇ。相手にするのは魔物かならず者だ。そいつらが『さぁ始めましょう』なんて正々堂々と待ってくれるのかぁ?」
「正論すぎて、ぐぅの音も出ないなっ!」
間髪入れずに放たれたドットの横薙ぎを、俺は剣の腹で強引に受け止めた。
――ガァンッ!
すさまじい衝撃が両腕を駆け抜ける。こいつが日本にいたら、余裕でパワーリフティングの大会を総なめにしているだろう。
おそらく、魔力で肉体を強化しているのだ。そうでなければ、衝撃の余波だけでギルドの窓ガラスがビビリ音を立てるわけがない。
「ええと……これって私たちが弁償ですかね……?」
背後からアブ姉のオロオロとした声が聞こえたが、振り返る余裕などない。
「いんや、ドットの野郎の給料から天引きでいいだろ。あいつ、裕福な商人の娘さんを誑かしてヒモになってるくらいだからね」
つばぜり合いの最中、老婆の容赦ない暴露が飛んできた。
その瞬間、ドットの力がわずかに緩む。
「うるせぇ婆ぁ! 俺はちゃんと稼いでらぁ! 今だって仕事してんだろうが!」
「ギャンブルに酒に娼婦。全部お小遣いで買ってんだろ? 最低だねぇ。いつか刺されないよう気を付けるんだよ」
「ドット……お前、クズじゃねぇか……」
ドットの動揺を突いて押し返せばよかったのに、俺は思わず純度百パーセントのツッコミを入れてしまい、絶好の機を逸してしまった。
「いや……まぁ……。それにしても嬢ちゃん、身体強化うめぇな」
ドットは明らかにバツが悪そうに話を逸らした。
「えっ? ああ、ありがとう」
だが、俺は身体強化の魔法など知らない。純粋な鬼人としての身体能力だけで、魔法で強化されたドットの腕力と互角に打ち合っているのだ。
――後で身体強化のやり方を教わらないとな。そうすれば、もっと強くなれる。
「けどな、嬢ちゃん。力任せじゃ勝てねぇぜ?」
ドットがニヤリと口角を上げた。
次の瞬間、彼の剣から不自然なほど完全に力が抜けた。
俺が全霊で押し込んでいた「壁」が唐突に消失する。行き場を失った力に引っ張られ、俺は派手につんのめった。
その隙を見逃すはずもなく、ドットは軽やかに一歩横へかわす。
俺は顔から地面に突っ込むように、ドットの隣を無様に通り過ぎた。
「終いだ」
冷酷な宣告と共に、無防備な背中にドットの木剣が深々と叩きつけられる。
「ぐぅっ!」
肺から空気が押し出され、くぐもった声が漏れた。
「なんだ? ぐぅの音が出たじゃねぇか」
見下ろすドットの声は、ひどく意地が悪かった。
「そこまで。ドットの勝ちだよ」
老婆の冷徹な声が、裏庭に響き渡った。
カグヤはポテンシャルは高いけれどそれを活かしきれていない状態です。
読んでいただきありがとうございました!




