11『姉と添い寝をする弟』
灰猫亭で迎える、四度目の朝。
目を開けると、至近距離にリリィの不機嫌そうな顔があった。
「……カグヤ。あなた、寝相悪すぎでしょ」
「ご、ごめん」
宿の店主の厚意でベッドは二つに増えたが、俺たち三人が寝るには一つ足りない。日替わりで一人がベッドを独占し、残る二人が相乗りするという過酷なローテーションの結果、昨夜は俺とリリィが添い寝をする番だったのだ。
肉体が変わろうとも、俺の最悪な寝相までは矯正されなかったらしい。リリィはすっかり壁際まで追いやられ、ペラペラの毛布を抱きしめていた。
「よくアブ姉はカグヤと一緒に寝て熟睡できたよね」
心底げんなりとしたリリィの視線の先では、昨夜ベッドの独占権を得ていたアブ姉が、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
もっともあの人は日本にいた頃、隣室の夫婦が物を投げ合う修羅場を演じている最中でも平然と爆睡していた猛者だ。住む次元が違う。
幸い、リリィは本来睡眠を必要としないハーフヴァンパイアだ。俺の寝相のせいで睡眠を阻害されても日中の活動に支障は出ないのだが、逆に言えば、彼女は夜通し俺の無自覚な蹴りや寝返りを躱し続けていたことになる。
「はぁ……カグヤのせいで、服が破れないか本気で心配したんだけど」
ため息をつきながら、リリィが古着屋で買ったばかりの服を脱ぐ。なけなしの貯金を切り崩して買ったそれは、購入した当初から色あせ、あちこち糸がほつれていた。
「変な匂いがするけど、夜寝るだけだから十分。……うん」
自分に言い聞かせるように呟き、虚ろな目で着替えを始めるリリィ。
俺も夜の間に干しておいた服を手に取るが、相変わらず女性となってしまった自分の裸を直視できず、天井の木目を見つめながら手探りで袖を通す。
「いい加減、自分の体に慣れてくださいよ?」
いつの間にか目を覚ましていたアブ姉が、くすりと笑いながら声をかけてきた。
「わかってるよ……。まぁ、あと一年くらいすれば?」
「適応遅すぎでしょ」
すかさずリリィの鋭いツッコミが飛ぶ。
その時、階下からガシャン! と盛大に木材が砕ける音が響いた。数秒遅れて、新入りの用心棒の野太い怒鳴り声が木霊する。水より安全なエールが貴重な水分・栄養源であるこの世界では、朝から酔っ払った労働者たちが乱闘騒ぎを起こすのは日常茶飯事だ。
「うーん。何度考えても、カグヤが用心棒に採用されなかったのは痛手でしたね」
アブ姉がのんびりと手櫛で銀糸の髪を整えながら言う。
灰猫亭に来た初日。
労働者と商人の喧嘩を止めたあと、俺は勢いのまま店主へ直談判した。
『俺をこの店の用心棒にしてくれ!』
だが返ってきたのは、
『見た目の怖い男が立ってた方が、馬鹿が減るんだよ』
という至極まっとうな理由だった。
「日給で銀貨二枚から三枚。しかも住み込み賄い付き。……採用されてれば、金銭問題は全部解決したのにね」
リリィが今日一番のジト目を俺に向けてくる。
「ゲームの画面越しでも女の尻を追いかけて、わざわざ女キャラなんか作るから」
「いや、メインキャラは男だったし! サブキャラくらい自分好みの美少女にしたいって思うのが男の性だろ!?」
だいたい、自分が作ったサブキャラの体で異世界転移するなんて、誰が予想できるというのか。
「まぁまぁ。でも毎日お風呂に入れるようになっただけいいじゃないですか」
アブ姉がふわぁと欠伸をしながら空気を緩める。絶妙なタイミングのフォローだが、この人の場合は計算なのか天然なのか判別がつかない。
アブ姉が店主へ、『お湯を提供するので、空き倉庫に桶を置かせてください』と提案した結果、俺たちは毎日無料で風呂に入れるようになった。
しかも最近では店主自身も利用しており、その礼として宿代を銅貨二枚分まけてくれている。
本当に、いい人だ。
「そうだね。……まぁ、状況は好転してる、のかな?」
リリィの呟きは、明らかに疑問形だった。
無理もない。現在の全財産は銀貨八枚と銅貨五枚。数日前までは銀貨二十五枚あったのだから、完全に支出が収入を上回っている。
お金を稼ごうと、アブ姉が店主に「魔法で水を提供します!」とドヤ顔で申し出て即却下された記憶が蘇る。
前日に「井戸の水汲み体験をしてみたいです!」とはしゃいで、自分で水が確保できることを証明していたのに。相変わらずのポンコツっぷりである。
そんな俺とリリィの不安をよそに、アブ姉は背筋をピンと伸ばし、自信満々な笑みを浮かべて宣言した。
「間違いなく好転していますよ。なんと言ったって今日は――Eランク冒険者への昇格試験なんですから!」
短めなので二話投稿します。
読んでいただきありがとうございました!




