ネーベルグラート
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──ネーベルグラート
彼女はずっと思っていた。
自分には未来がない、と。
高名な剣士であった父は名声を築き、兄弟とともに彼女も父に弟子入りした。彼らは兄妹は才能があり、めきめきと頭角を現わした。兄妹で切磋琢磨し、剣の戦いならば誰にも負けない。そんな人間に成長した。
しかし、その腕を買われて戦場にいったとき、彼女たちは現実を知った。
今はもう剣と魔法で戦う時代ではない。個々の英雄が名乗りを上げて、戦局を左右するような戦場ではない。そのことを思い知らされたのだ。
銃弾が飛び交い、戦場には数万の兵士たち。そこでたった数名の剣の天才にできることなど、何もなかったのだ。
兄弟はそんな戦場で死んだ。名声も富も何も残せずに。
彼女だけが敗北という不名誉とともに家に戻った。
それから父は荒れた。酒浸りになり、剣も売り払って酒代に変えてしまった。
「ああ。私たちがやってきたことは無意味だったんだ」
そう感じたときにはもう手遅れで、今さら人生を変えようもないとそう思った。
やがて借金で首が回らなくなり始めたとき、父が死んだ。自殺だった。
彼女には役に立たない剣術と借金だけが残された。
彼女もまた自殺を考え始めたとき、その人物に出会った。
「私はあなたの件の才能は素晴らしいと思っています」
男は語る。
「時代にそぐわないというのならば、時代を変えてしまえばいいのです。我々とともに神を信じれば、時代を変えることはできます。再びこの世を剣と魔法と、そして英傑が支配する時代へと変えましょう」
そのトリニティ教徒の指導者を名乗る男の甘い言葉に、彼女は乗った。
* * * *
ジークたちがネーベルグラート到着したのは、ほとんど出発から1週間後のことであった。ジークたちは想定通りの時間でネーベルグラートに到着したことになる。
「あれがネーベルグラートか……」
ネーベルグラートは城壁に囲まれた都市で、近くには大きな街道が走っている。
しかし、今はそこを行きかう人々もおらず都市の周りには暗雲が立ち込めていた。
「準備はいいか、ジーク?」
「もちろんだ。やってやろうぜ」
ここの邪神フォーラントがいる。ジークたちはそれを討たなければならない。
「オレはここで待っていますね。健闘を祈ります、ジークさん」
「ああ。勝利の知らせを期待していてくれ」
エマはネーベルグラートの手前の村に隠れておくことにし、ジークとセラフィーネだけがネーベルグラートを目指して前進する。
「警備の兵はほとんどいないな。連合軍の陽動は大成功らしい」
「いいことだ。雑魚の相手をしているような余裕はないからな」
ジークとセラフィーネはそう言葉を交わして、ネーベルグラートの城門に近づく。城門は開け放たれており、数名のトリニティ教徒が番兵として立っていた。
「止まれ!」
ジークたちを見た番兵が声を上げるが、ジークたちは無視して突撃。
「クソ! 敵だ! 殺せ!」
トリニティ教徒たちは槍を構えてジークたちの騎馬突撃を阻止しようとする。
「そらよっと!」
ジークは軍馬に跨ったまま突撃するかに見せかけて、馬から跳ねるように飛び降り、槍を構えるトリニティ教徒に襲い掛かった。
「ぎゃあ──っ!」
トリニティ教徒は“月影”の刃で両断され、地面に崩れ落ちる。
他のトリニティ教徒たちもセラフィーネが放った朽ちた剣にて貫かれて果てた。
「さあ、殴り込みだ!」
異教トリニティ教の本拠地であるネーベルグラートにジークたちは殴り込む。
「敵襲、敵襲!」
トリニティ教徒たちは警報を鳴らし、すぐさまジークたちが突入してきた城門に押し寄せる。ジークたちはそれを撃破しながらネーベルグラートを中心地に急ぐ。
だが、流石はトリニティ教徒の拠点だ。簡単にいかない。
なぜならばここにはジークたちがかつて戦った強敵が潜んでいたのだ。
「楽勝! このまま殴り込んで──」
トリニティ教徒の雑兵たちを蹴散らしてジークが進もうとしたとき、彼の胴体が横一線に真っ二つにされた。
「何が……!?」
「ジーク! あいつだ! あのときの使徒だ!」
困惑するジークに向けてセラフィーネが叫ぶ。
彼女の視線の先にいるのはルーネンヴァルト侵攻の際に現れた空間切断を操る使徒──ヴェロニカであった。
「残念ですが、これ以上先には進ませませんよ」
ヴェロニカはそう言った彼女の剣を構える。
「やろうってのか。いいぜ、やってやる」
ジークは切断された下半身と上半身を接合すると、ヴェロニカと対峙。
「ジーク。油断はするな。ルーネンヴァルトでは味方を捨てて逃げたやつだ。ここで現れたということは何かしらの策があるのかもしん」
「オーケー。慎重にぶち殺しましょう」
セラフィーネの言葉にジークは獰猛に笑うと、ヴェロニカとの距離を縮める。
ヴェロニカもジークたちとの距離を測りながら攻撃の機会を窺う。
そして、両者が一斉に動いた。
「そら!」
「させませんよ!」
ジークは彼の間合いにヴェロニカを捉えようとするのにヴェロニカは空間切断でそれを撃退。ジークは片腕を切断され、鮮血をまき散らしながらも“月影”を構え続ける。
「セラフィーネ! 俺が引き付けている間にやれ!」
「ああ! 任された!」
ジークはそう叫び、セラフィーネが朽ちた剣を叩き込もうとする。
そこで異変が起きた。
「やらせはしません」
ヴェロニカの構えてる剣が分裂し、それら全てが空間断裂を発生させて朽ちた剣を叩き落したのだ。
「何だと……!?」
ヴェロニカの周囲に浮かぶ剣は、まさに“月影”が分身した状態に酷似していた。
「少しばかり本気を出しましょう。覚悟するといいですよ」
ヴェロニカはそう宣言し、召喚した無数の刃をジークたちに向ける。
「不味いぞ──!」
剣から一斉に放たれた空間切断がジークたちを八つ裂きにする。回避できるような余裕もなく放たれたもので、ジークもセラフィーネもずたずたに引き裂かれる。
「不死身と言えどこの私を超えては進ませません」
ヴェロニカは通りに立ち、そう宣言する。
「クソ。こいつはやばいぜ……」
「ああ。何とかして空間切断を無力化しなければ突破できない」
立ちふさがるヴェロニカにジークとセラフィーネはそう言葉を交わす。
「ひとつ、私に策がある。数秒でいいのでやつの意識を引き付けてくれ」
「あいよ。頼むぜ」
そこでセラフィーネはそう言い、ジークが“月影”の刃を構える。空間切断でも“月影”を裂くことはできない。
「ここは助っ人を呼ぼうかね……!」
ジークはそう言って祈るように剣を構えると、刃から青白い粒子が漏れ出る。
「ふわあ。主様、ボクを呼ぶとは何かの用事ですか?」
「おう。“月影”、力を貸してくれ」
現れたのは“月影”の化身だ。彼女が大きく欠伸をしてジークの前に立った。
「ボクの力が必要なほどの強敵なのですか~?」
「ああ。見ろよ。あの刃からは空間切断が放たれる。おかげで近づけない」
「ふむふむ。大変そうですね~」
ジークが無数の刃を展開しているヴェロニカを指して言うのに“月影”はそうのんびりと告げる。
「分かったのです。では、やってやりましょ~う!」
そう言って“月影”の化身も刃を握ると、ヴェロニカに対峙。
「ふむ。インテリジェントウェポンですか……」
その様子を見たヴェロニカが呟く。
「ですが、それでも私が守るここを突破することはできませんよ」
“月影”の化身を相手にヴェロニカは刃を向け、空間切断を放つ。それは“月影”の化身すらも引き裂いたかのように見えたが──。
「そんなの効かないのですよ~!」
“月影”の化身は空間切断を受けても僅かにその体が蜃気楼のように揺らいだだけで、ダメージを受けていなかった。
「厄介ですね……!」
「いくのですよー!」
“月影”の化身は刃を握って突撃し、それをヴェロニカは分裂した刃で迎え撃つ。ヴェロニカは“月影”の化身を退けてはいたが、先ほどまでのイージーゲームの雰囲気は失われている。
「おうおう! 俺も参戦させてもらうぜ!」
さらにジークもヴェロニカへの肉薄を目指し、ヴェロニカに迫る。
「しつこいやつらですね……!」
ヴェロニカはそう苦しげに言うと一斉に空間切断を放ち、ジークを叩き切った。だが、ジークは体を切断されながらもヴェロニカに迫る。
「おうとも! 俺はしつこい男だぜ! そう簡単には諦めない!」
ジークはそう言い、ヴェロニカに向けて“月影”の刃を振るう。
「しっかり俺の相手をしてもらうぜっ!」
「鬱陶しい! これだから不老不死は!」
ジークとヴェロニカは接近戦を戦い、ヴェロニカにはもう余裕と呼べるものはなかった。完全にジークと“月影”の化身のペースに持ち込まれてしまっている。
「いいぞ、ジーク。これで隙が生まれた!」
ヴェロニカがセラフィーネをマークすることができなくなったとき、彼女が動いた。彼女は空間転移でヴェロニカの背後に回り込み、そこから朽ちた剣をヴェロニカの背に突き立てたのだ。
致命的な一撃であった。ヴェロニカはノーマークだったセラフィーネからの奇襲を受けて、背中から胸を朽ちた剣で貫かれた。
「がはっ……!」
ヴェロニカは気泡の混じった鮮血を吐き、地面に膝をつく。明らかな致命傷であった。これで助かるとは思えない。
「よーし! やったぞ!」
ジークは早々と勝利を宣言する。
「ここまで……ですか……」
ヴェロニカはそう言い残して果てた。
それと同時に彼女が握っていた剣が蒸発するようにして消滅したのがジークたちの目に入った。魔剣とでも言うべき恐るべきものだったが、あれもフォーラントが生み出したものだったのだろうか……。
「さて、進むか。このままフォーラントのところまで乗り込むぞ」
ジークたちは再びネーベルグラートの通りを前進し、中心部へと進む。
「中心部には神々の神殿があったはずだが……」
「連中は神々の神殿を破壊したって話だぜ」
「罰当たりどもめ」
ジークたちはそう言葉を交わしながら神々の神殿があった場所についた。
「こいつは……」
「神々の神殿を叩き壊して、自分たちの神殿を建てたのか。忌まわしい」
かつてネーベルグラートの神々の神殿があった場所には今では全く異なる建築様式の神殿がそびえていた。これがフォーラントを讃える神殿なのだろう。
「乗り込むぞ。全てが終わったらもう一度ぶち壊して神々の神殿を建てればいいさ」
「ああ。あとでぶち壊してやる。こんな忌々しい建物など」
ジークは邪教の神殿に向けて進み、セラフィーネもそれに続いて神殿の中に入った。
「おやおや。来たようだよ、お客さんたちが」
「そのようですな、我らが神よ」
神殿の中にはふたりの人物がいた。
ひとりはフォーラント、もうひとりは真っ白な祭服を身を纏ったひょろりとした細身で長身の男。ヴェロニカにユダと呼ばれていた男である。
「フォーラント。お前をぶちのめしに来たぜ。何を企んでいるかは知らないが、叩き切らせてもらうからな……!」
ジークはそう言って“月影”の刃を構えてフォーラントの方に向ける。
「そんなの酷いじゃないか。私はまだそんなにひどいことはやってないよ?」
「何をほざいている。お前はこうしてトリニティ教なる忌まわしい集団を作り、神々に刃を向けたであろうが」
フォーラントが肩を竦めてそう言うのにセラフィーネがそうすごむ。
「ははは。君にとっては今の神々が全てなんだね。だけど、神々だって昔存在していた上位存在を排除して神々になったんだよ? だからさ。私が同じことを狙って何が悪いっていうんだい?」
「何はどうあれ俺はお前が気に入らない。だからぶちのめす」
ジークは笑うフォーラントにそう言い放った。
「どうやら戦うしかないようだね、ユダ」
「そのようですな、我らが神よ」
フォーラントはやれやれというように笑うと、ユダはそう言って頷く。
「では、神の祝福を」
そう言ってフォーラントはユダに手を振る。それと同時にユダから不穏な空気が生じ始めた。
「ジーク。気を付けろ。何かしたようだぞ」
「そうみたいだ。前に戦ったときはあいつ自身が戦ったんだが、今回は手下をけしかけるつもりらしいな……!」
ジークはユダから感じる不穏な空気を前に油断なく“月影”を構える。
「では、我らが神のために戦いましょう」
ユダがそう宣言すると彼の両手に槍が構えられた。
「異端者に死を」
その言葉とともにユダがジークたちに迫った。
「来たぞ──!」
「速い……!」
一瞬でユダはジークたちに肉薄し、槍を振るう。素早く振るわれる槍を前にジークは“月影”の刃でそれを弾くが防戦に追い込まれていた。
「援護する、ジーク!」
セラフィーネが横から朽ちた剣を投射して援護しようとすると、ユダはジークから距離を取り、そして槍で放たれた刃を弾く。
「そう簡単にはやられませんよ」
ユダは不敵ににやりと笑い、セラフィーネとジークの両名を相手取る。
「ただの手練れというわけではなさそうだ。ジーク、一気に片付けるぞ。長期戦になれば何が起きるのか分からない」
「ああ。フォーラントの野郎も今は見ているが、いずれ手を出してくるだろうしな」
ジークとセラフィーネはそう言葉を交わしてユダに向けて彼らの刃を向けた。
「行くぞ!」
まずセラフィーネが一斉に朽ちた剣を投射。しかし、それをユダは弾く。さらにジークが“月影”の刃を手に肉薄するが、それもユダは巧みに槍を操って撃退する。
「まだまだ!」
しかし、ジークたちはそう簡単には引き下がらない。ジークはさらに斬撃を放ってユダを攻撃し続け、セラフィーネも後方から朽ちた剣で援護する。
「ふふふ。勇者ジークと戦えるとは光栄ですよ。あなたが地に膝をつくのを見られればいいのですがね」
「ほざけ!」
不気味に笑うユダにジークはそう叫んで大きく“月影”を振るう。
「無駄です。そんな考えなしの斬撃では私は傷ひとつ負いませんよ」
ジークの斬撃は回避され続け、ユダはジークを翻弄しながら反撃に槍でジークを刺突する。ジークがそれで死ぬことはないが痛みは感じるし、それに苛立ちも感じる。
「クソ。こいつ……!」
ジークは苛立ちを隠さず、ひたすらに剣を振るうがそれだけではユダは倒せない。
「優れた戦士ですが……不死身にものを言わせて腕を上げるのを怠りましたね。それでは神の加護を得た私を倒すことはできませんよ」
ユダは余裕の表情でそう言い、ジークを鞭のようにしならせた槍で打撃し、姿勢を崩したところをさらに刺突する。
この打撃と刺突を繰り返されてジークはダメージを追い続けている。
「ジーク! ここは連携するぞ!」
「了解だ! 一緒にこの野郎をぶちのめしてやろうぜ!」
「ああ!」
ここでセラフィーネがジークの隣に立ち、ジークとともにユダに対峙する。ユダはそれに対して不敵に微笑んでいた。
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