選択
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──選択
連合軍とともに数年をかけてフォーラントを追い詰めるか。
それとも500年前のように少数でフォーラント打倒を目指すか。
それが問題だ。
「どうしたものかねぇ」
ジークはベルククローン奪還を祝って無料で酒が振舞われている酒場で、赤ワインをちびちびやりながら考えていた。
「まだ悩んでいるのか?」
そこにセラフィーネがやってきてそう尋ねる。
「そりゃあ、悩むさ。俺の選択次第ではフォーラントを倒せないかもしれないんだ。そうなったときどうなるかと思うとな……」
邪神フォーラントが討たれなければ、世界に何が起きるか想像もできない。少なくとも彼女が支配を拡大した500年前は地獄であった。
各地で虐殺が繰り広げられ、無数の死体が大陸を覆ったのだから。
「私としては連合軍についていくだけというのは反対だ。時間がかかりすぎる」
「俺だってそう思うよ。だけど、確実なのはそれだ」
セラフィーネの言葉にジークがぐいっと赤ワインを飲み干してそういう。
「だが、単独で行動して本当にフォーラントを討てるのか? 今の俺にはそこまでの自信がないってのが正直なところだ」
そう言ってジークは酒を呷る。
「どうしてだ? お前は500年前に成し遂げているではないか」
「そう、500年前だ。今とは大きく違う。俺は……弱くなったのかもしれない」
セラフィーネの問いに絞り出したような声でジークが言う。
「弱くなっただと?」
「そうだよ。昔はずっと強かった気がする。肉体的に、精神的にも。恐れを知らず、神々のためにと頑張れた。けど、今は……」
ジークはそう言って首を横に振る。
「ふむ。それは単に自信を失っているだけだ。お前は変わることがないのだからな」
「それはそうだけど……」
「神々が気に入らないなら彼らのためにと思うな。もっと身近なもののことを思え」
「身近なもの、か」
「そうだ。ルーネンヴァルトで知り合った人間たちでもいい。エミールでもいい。そして……私でもいい」
セラフィーネはそう言ってジークの肩を叩く。
「あんたのため?」
「そうだ。私のためだ。異論でもあるのか?」
「ははは。ないよ」
セラフィーネは怒ってはいなかった。まるで冗談でもいうように笑っていた。それにつられてジークも微笑む。
「じゃあ……俺たちだけ行っちまうか?」
「ああ。そうすべきだ。私は歓迎するぞ」
ジークが言うのにセラフィーネは頷いた。
「オーケー。決まりだ。俺たちだけでフォーラントを討ちに行く」
ジークはそう決意し、新しいワインのマグを開けた。
「では、いつ出発する?」
「可能な限り早く。エミールにもどうするのか聞かないとな」
セラフィーネの問いにジークはそう答え、彼らはエミールの下に向かった。
「エミール。相談があるんだけど」
「ジークさん。どうしました?」
エミールはカルテンブルクから運んできた物資を確認しているところだった。
「話し合ったんだが、俺たちは連合軍が陽動を仕掛ける間に俺たちだけでフォーラントを討ちにいくつもりだ。その方がこの戦争は早く終わるだろうから」
「ジークさんたちだけでですか……? しかし、それは……」
「ああ。リスクはある。その上で聞くが、エミールはどうする? 俺たち来てくれるなら来てほしいが決めるのはお前だ。無理をしなくてもいいぞ。俺たち自身、これが相当な危険のあるものだってのは理解しているからな……」
ジークはエマに迷惑はかけたくないと思っていた。彼女がここまでついてきてくれたことは嬉しいが、ここから先はジークも彼女の安全を保証できない。
「行きます。オレも一緒に行きます」
しかし、エマはそう宣言した。
「本当か? 危険な道のりになるぞ」
「それでもです。ジークさんたちのお役に立ちたいんです」
エマの表情は真剣そのもので、ジークは彼女の決意を否定することはできなかった。
「分かった。では、一緒に行こう。苦しい旅路になると思うが、支え合って行こうな」
「はい!」
こうしてエマもジークたちの旅に同行することに。
そして、ジークたちは彼らの決断を司令官のエルヴィンに伝えることにした。
「エルヴィン司令。俺たちは単独でフォーラント討伐に向かうことにしたよ」
「おお。決意したか、勇者ジーク。我々は500年前の英雄譚の再現を見るわけだ」
「500年前のように成功する保証はないけどな」
エルヴィンが感極まった様子で言うのにジークは苦笑いしてそう返す。
「ともあれ、そうであるならば我々は陽動を行おう。可能な限りトリニティ教徒たちを引き付けておく。その間に勇者ジークたちはネーベルグラートに向かうといい」
「ああ。そうさせてもらうよ」
ジークたちはエルヴィンに陽動を任せ、彼らはフォーラントが待つネーベルグラートに向けて駆け抜けることにした。
エルヴィンたちは可能な限りネーベルグラートからトリニティ教徒の戦力を引きはがすために努力した。陽動を行い、偽情報を流し、トリニティ教徒の戦力を釣り上げようとした。
そして、それは成功した。
トリニティ教徒たちはネーベルグラートから戦力を南部に移し、連合軍の迎撃に充てようとしたのだ。
「敵は動いた」
エルヴィンはジークたちに報告する。
「敵は大規模な戦力を南進させたことが確認された。当然ながらその中にはネーベルグラートを守っていた戦力も含まれるだろう。今こそ攻撃のチャンスだ」
「おう。任せておけよ」
ジークはエルヴィンにそう請け負う。
「それでは諸君の健闘を祈る。我々も義務を果たすからな」
「そちらこそ健闘を祈るぜ。死ぬなよ」
こうしてエルヴィンたちが陽動を行う間に、ジークたちはネーベルグラートを目指すことになった。
「エミール。出発の準備は万端か?」
「はい、ジークさん。物資を積み込みましたよ」
エマはすでに物資を積み込んだ馬車を準備しており、それによっていつでも出発可能であった。
「ネーベルグラートまで物資は持つか?」
「水などの一部のもの以外は大丈夫です、セラフィーネさん」
「そうか。助かったぞ、エミール」
エマがそう請け負うのにセラフィーネが頷いた。
「では、連合軍の陽動が成功している間に動かないとな。出発しようぜ」
「ああ。500年前の伝説の再現だ」
そしてジークたちはネーベルグラートに向けて出立した。
* * * *
ベルククローンからネーベルグラートまでは1週間程度の道のりだ。
ジークたちは街道に沿って進むが、そこにトリニティ教徒たちの姿はない。陽動は成功したようである。
「この調子なら何の抵抗もなくネーベルグラートに殴り込めるかね?」
「それは流石に楽観的すぎるな。敵も完全に無警戒ということはないだろう」
「やっぱりそうだよな……」
大軍勢と遭遇することがなくともネーベルグラートを守っているある程度の戦力と交戦する可能性はあるだろう。
「なに、我々にかかれば敵ではない。蹴散らしてネーベルグラートに乗り込んでやろうではないか」
「オーケー。そういう気概でいかないとな」
セラフィーネに言われてジークは自信を取り戻し、ネーベルグラートへの道のりを進んでいく。
ネーベルグラートまでの道のりにいくつかの村や小さな都市があったが、そのほとんどは破壊されていた。トリニティ教徒たちが略奪を行ったのだろう。家畜の死体と村人の死体が残る以外は何もない。
「滅茶苦茶やりやがって……」
ジークはそんな光景を見てそう呟く。
「ジーク。気を付けろ。グールがいるぞ」
「だよな。こんな状況じゃあ、グールもわくってもんだ」
埋葬されていない死体があればグールが生まれる。このネーベルグラートまでの道のりでもちらほらグールを見かけていた。
「このままグールの餌ってのも可哀そうだ。ゲヘナ様に祈りを捧げておいてやろう」
「そうだな。せめて私たちが弔ってやろう」
ジークたちは死者のために祈りを捧げ、グールが寄り付かないようにと祈った。
それからジークたちは旅を続ける。
ルーネンヴァルトを目指す旅とは違い、目的地についても安らげるわけではない。むしろ目的につけば戦いになるのだ。
戦いに向けた長い旅。ジークたちは夜休むときも敵に警戒して、見張りを建てながら休んだ。
それから4日ほど旅をしたときである。
「あれは……」
ジークたちの前に街道をふさぐ集団が現れた。白装束の集団──トリニティ教徒だ。
「いよいよネーベルグラートが近いな。あれは守備隊の一部だろう」
「オーケー。どうする? 蹴散らして進むか?」
「そうすべきだろう」
「了解だ!」
ジークたちは軍馬で駆け、トリニティ教徒の一団に近づく。
「止まれ! ここら先は神聖なる場所である! 立ち入りは──」
「黙れ」
セラフィーネがわめくトリニティ教徒に向けて朽ちた剣を投射し、トリニティ教徒の喉が引き裂かれ、地面に倒れ込む。
「いいぞ。このまま撃滅する!」
ジークは軍馬から飛び降りてトリニティ教徒との斬り合いに向かう。トリニティ教徒たちは槍などを構えて次々にジークに襲い掛かるが、彼らの得物はジークに触れすらしない。ジークは完全に攻撃を弾いていた。
「恐れるな、同志たちよ! 我々は神の戦士だ!」
「おおおおっ!」
トリニティ教徒たちはいつもの狂信によって前に出てくる。そこに死への疑問はなかった。彼らは死ぬことを恐れない。
「ふん。こっちだって神々の戦士だぜ?」
ジークは彼らの掛け声を鼻で笑い、そのまま戦闘を継続する。
不死身のジークを前にしてはいくらトリニティ教徒たちが死を恐れず戦おうと分が悪い。トリニティ教徒たちはじわじわと押されてゆき、殲滅されていった。
「う、うおおおお!」
最後の敵集団が突撃してくるが、それにセラフィーネが朽ちた剣を叩き込み、戦闘は終結したのだった。
「何とかなったな」
「余裕だっただろう?」
「そうかね?」
ジークたちはトリニティ教徒たちを一掃し、彼らは再び前進することが可能になった。ジークたちは再び軍馬に跨り、前に進んでいく。
* * * *
その日の夜のことだ。
「ジークさん、セラフィーネさん。お食事です」
ジークたちは焚火を炊いて野営をしていた。
エマがまだたくさんある馬車に積んだ物資を使って料理を作ってくれ、ジークたちはそれを受け取る。
「ありがとうな、エミール」
「いえいえ。これぐらいはやらせてください」
ジークが微笑んで礼を述べるのにエマはそう言って笑う。
「ネーベルグラートまではかなり近づいてきた」
食事をしながらセラフィーネが述べる。
「特に問題がなければこのままネーベルグラートに突っ込むことになるだろう。それについてはいいか?」
「俺もあんたもこそこそ忍び込むのが好きってわけじゃないだろう。正面切って突っ込んでフォーラントの野郎の首を取ってやろうぜ」
「それでこそだ」
ジークの言葉にセラフィーネは満足げに頷いた。
「しかし、俺たちも随分と長く旅をしたよな……」
ジークは暗闇に包まれた周りの光景を見てそう呟く。
「あの森の要塞からルーネンヴァルトに行って、それからこうしてネーベルグラートに向かっている。俺も不老不死を解くための手段を探してうろうろはしていたけれど、ここまで短い時間にこれだけの旅をしたのは初めてだ」
森でセラフィーネに出会い、ルーネンヴァルトを目指すことになった。それからはエマと出会い、ルーネンヴァルトで大勢の新しい友ができて、今は新しい目的とともにネーベルグラートを目指している。
「いいことではないか。私もお前との旅は楽しかったぞ?」
「そうですよ、ジークさん。楽しい旅でした」
セラフィーネとエマはそれぞれジークにそう言う。
「俺だってそこそこ楽しかったぜ? 旅には出会いがあるからな。ただ……」
ジークが言いよどむ。
「出会いと別れってのはセットだ。それがつらいよな」
ジークは少しばかり悔やむようにそう言った。
ジークが出会った大勢はセラフィーネを除けばジークより先に逝ってしまう。ジークが不老不死を解かない限り。
「仕方ないことだ。長く生きればそれだけ出会いと別れを経験する。だが、それは他の人間より大勢を知れるという長所でもあるのだ」
「そう思っておこうかね。まあ、これでフォーラントを討てばアーサーが俺の不老不死を解くだろうしな」
セラフィーネの言葉にジークはそう言って僅かに笑う。
「……本当に不老不死を解いてしまうのか?」
そんなジークにセラフィーネはそう小声で問う。
「……解ける手段があるならば解きたい。その俺の気持ちは変わってない」
「そうか」
「だけど、不老不死を解いたからすぐに死ぬってことはないだろ? もうしばらくはあんたに付き合うさ」
ジークはそうセラフィーネを安堵させるように言うが、彼女の表情はあまり晴れていなかった。
「ジークさん。神々の加護あると言っていましたが、具体的なことを神々はしてくれたのでしょうか?」
「それはまだ分からん。神々ってのは存外いい加減だからな。忘れててあとから慌てて何かしてくれたりするってこともあり得る」
「ははは。それは困りますね」
ジークたちはそれから雑談をして過ごし、翌日に出発に備えた。
ネーベルグラートまでは確実に近づいている。
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