出発の日に
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──出発の日に
ジークはロジーから路銀を、セラフィーネはネルファから出資提供を、エマはアルブレヒトから北に向かう船をそれぞれ手に入れた。
「よし。出発の準備はできそうだな」
「ええ。船もお金も揃いました。いつでも出発できますね」
ジークは港でそう言いながらアルブレヒトが準備してくれた船を見上げる。
それは立派な帆船で、大砲などの武装こそないが頑丈そうな作りをしていたものだった。その造りは外洋での航行にも適したものであり、このルーネンヴァルトから北を目指すジークたちにとって頼りになる船になるだろう。
「食料などを買い込む必要があるな。私たちの分だけではなく、船員の分も必要だろう。だがしかし、具体的にまずカルテンブルクを目指すにはどういう航路になるのだ?」
「最終目的地はカルテンブルクに最寄りのヴァッサーフルトです。それまでは沿岸部を進み、港のある場所で補給をしながら進む予定です。航路はこんな感じですね」
用意された海図にエマが航路を記していく。
「分かった。じゃあ、余裕を持って物資を準備するけど途中で補給するってことも頭に入れておこう」
港に寄りながらの航海になるので、物資はその都度補給できる。あまり船に物資を積みすぎると速力が低下してしまい、余計に物資を食うので補給ができるのはありがたい限りである。
「船の準備はできていますが、出発前にルーネンヴァルトの市民からジークさんたちを見送りたいと言う申し出があります。どうしますか?」
「え? 見送ってくれるのか? それは嬉しいな!」
「もちろんですよ。だって、ルーネンヴァルトを2度も危機から救った恩人ですからね、ジークさんとセラフィーネさんは」
ジークが喜ぶのにエマも微笑む。
確かにジークたちは黒書結社とトリニティ教徒という2度の危機からルーネンヴァルトを救っている。この街の市民が恩義を感じるのは当然の英雄だった。
「ロジー様やアレクサンドラさんたちもジークさんが旅立つ前に時間がほしいと言っていましたし、出発前に少し時間を作りましょう」
「了解した。トリニティ教徒は別に今日明日に南部を征服するわけではないだろうから、英気を養う意味でも時間を作ろう」
エマが言い、セラフィーネも同意した。
「それじゃあ一度神々の神殿に戻るか」
ジークたちは一度神々の神殿に戻り、そこで送別会の詳細を待つことに。
「市長も見送ってくれるのかね?」
「それはどうだろうな。この前、ネルファに会ったがかなり具合が悪そうだった。本人も自分はあと1、2週間しか持たないだろうと言っていた」
「そいつは……」
「ドラゴンもいつかは死ぬものだ。仕方のないことだ」
「だが、ネルファはあんたの古い友人なんだろう? いいのか?」
「ああ。今はなさなければならないことがある」
ジークは必要ならばネルファを看取る時間を作るつもりだったが、セラフィーネはそれを必要としなかった。
「私も多くの別れを経験してきた。だから、分かっている。下手にひとつの別れに時間を取るとそれがより大きな傷になってしまうとな」
「……そっか」
確かに死に際に立ち会い、ひとりの死を見届けるのは残された側にとって傷になる。そして、ジークもセラフィーネもそのような別れを多く体験してきた。普通の人間には耐えきれなくなるほどに。
だから、彼らが別れを見届けるのを避けるのはある意味では仕方ないことであった。
「やつは孤独ではない。看取ってくれる人間は大勢いる。寂しくはないだろう」
「そうだといいな」
人間にせよドラゴンにせよ、弱ると人が恋しくなるのものだ。
「だけどさ。もし俺が不老不死を解いて、あんたより先に旅立つようなことがあれば、そのときは看取ってくれよ?」
「……ああ」
ジークのその求めにセラフィーネは少し寂しそうにうなずいた。
* * * *
邪神フォーラント討伐のために旅に出るジークたち。
彼らを見送るために市民が送別会を開いてくれた。
その式典は神々の神殿で開かれ、大勢の市民が神殿に詰めかけた。
まずは神々の神殿を代表してロジーの挨拶だ。
「勇者ジークと魔女セラフィーネは神々の神託の下、邪神フォーラントを討伐すべく北に向かいます。彼らの旅の無事を皆で祈りましょう。そして、フォーラントが倒されて世界に平和が戻ることを祈りましょう」
ロジーがそう言い、集まった市民たちがジークたちの旅の無事や世界の平和を祈る。
「ネルファ市長閣下が健康上の理由で出席できなかったため、メッセージを預かった私からメッセージをお伝えします」
そういうのはパウロで、彼はネルファからの伝言を伝えた。
「大変な旅と戦いになると思うが、この街からそれを成し遂げる人間を送り出せることは市長として名誉なことです。あなた方の友人としてあなた方が神託を果たせることを祈っています。以上です」
パウロはそうネルファの言葉を読み上げる。
「それでは勇者ジーク、魔女セラフィーネ、そして商人エミールの旅の無事を祈って今日は盛大に飲み交わしましょう!」
「おおーっ!」
これ以上堅苦しい挨拶は必要ないというようにロジーがそう言い、集まった市民たちがそう言って盛り上がっていく。
ジークたちとしてもこっちの方が性に合っている。ジークたちは市民に混じって盃を交わしていった。
「うん。いい酒が出されているな。満足だぜ」
そうやってジークが美味い酒に満足してきたときだ。
「あ、あの、ジーク様!」
「おお。アレクサンドラ。どうした?」
アレクサンドラがやってきてジークに声をかけてくる。
「私からも、その、直接旅の無事を祈っていることをお伝えしたくて……。それと邪神フォーラントを倒されたら再びルーネンヴァルトに戻ってこられますか……?」
「それは分からないな。フォーラントを倒せば不老不死は解けるらしい。解けるというかアーサーが解いてくれるらしいんだけど」
「そうですか……」
アレクサンドラはこれがジークと話す最後の機会なのかと思い、項垂れている。
「分かった。不老不死が解けても、解けなくてもルーネンヴァルトには戻ってくるよ。アレクサンドラにはお世話になったしな。それにここで人生の最後を過ごすのも悪くない。魚は美味いし、大図書館はあるしな」
「そ、そうですか! ありがとうございます!」
ジークの言葉にアレクサンドラが表情をぱあっと明るくした。
「おう。楽しみにしててくれよ。俺たちがフォーラント討伐の旅の話を聞かせるからな。良かったらその話も本にして大図書館に収めてくれ」
「ええ! もちろんです! きっと素晴らしい本になりますよ……!」
ジークがにっと笑って言うのにアレクサンドラも嬉しそうにしていた。
ジークがアレクサンドラと話しているとき、セラフィーネも友人と話していた。
「セラフィーネ先生。邪神フォーラントを討ち取る旅に選ばれるとは流石ですね」
「ブルクハルト。まあ、私も戦神モルガンの寵愛による不老不死だ。神々のためには尽くさないとな」
セラフィーネのかつての教え子で会った魔法学園のブルクハルトもセラフィーネを見送りに来ていた。
「しかし、邪神フォーラントを倒す算段はできているのですか? あの邪神は500年前に討ち取られたように見せかけ、再びこの時代によみがえったわけですが……」
「そこで勇者ジークを頼るしかない。あの男は不老不死になる前に邪神フォーラントを討ち取った。ただの人間であったときにフォーラントを討ち取ったのだ。それならば今回もまた討ち取れるであろう」
「そうかもしれませんね。今回は先生も同行されるわけですから」
「ああ。ジークには今回の旅でも仲間がいる」
セラフィーネはブルクハルトの言葉ににやりと笑った。
「ネルファ閣下もこの場に来れなかったのは残念でしょう。最近、あの方には会われましたか?」
「……具合はひどく悪そうだったな。死期を悟っているようすだった」
「そうですか。ルーネンヴァルトの市長はずっとあの人だった。それが変わるとどうなるのか、私にも分かりませんな」
「心配はいらん。ルーネンヴァルトはこれからも知識と学びの場であり続けるだろう」
ブルクハルトが言い、セラフィーネはそう言って微笑んだ。
宴はそのまま夜まで続き、ジークたちは大勢に見送られたのだった。
* * * *
そして、いよいよジークたちが出発するときが訪れた。
ジークたちは港に集まり、船に物資を積んでいく。
食料や水、医薬品などを積み込み、ジークたちは出発の準備を整えた。
「よし。準備完了だな!」
ジークは荷を積み終えて、そう宣言。
「いよいよ邪神フォーラントを討つための旅に出発するんですね……」
「そうだな。無事にフォーラントを討ち倒してやろう」
エマとセラフィーネもそう言って準備が整った船を見上げる。
彼らの他にも港には見送りの市民たちが集まっていた。その中には当然ロジーやアレクサンドラの姿もある。
「勇者ジーク。いよいよ旅立つのですね」
「ああ。行ってくるぜ、ロジー」
「幸運を祈ります」
ロジーはそう言ってジークの手を握り、ジークもその手を握り返した。
それからジークたちは船に乗り込み、船は見送りの市民でいっぱいの港を出発していく。マストに真っ白な帆を立てて、ジークたちを乗せた船はゆっくりと桟橋を離れてゆき、海に向けて出発した。
「いってらっしゃーい!」
「お気をつけてー!」
見送りの人間たちはジークたちの姿が見えなくなるまで手を振り、声を上げていた。
「いってくるぞー!」
「また会いましょう!」
ジークたちも見送りの声に応えて手を振り、ジークたちは旅立っていく。
船は入り江を抜けて沖に出ると速度を上げ始め、最初の寄港地に向けて進んでいった。航路は船員とエマが決め、船はその航路に従って進んでいく。
船旅の序盤は天候もよく、問題なく進んでいった。
「このまま何事もなくヴァッサーフルトまで到着できればいいんだけどな」
「そう簡単にはいくまい。戦争が起きている海域では、決まって海賊の類が出る。そうでなくとも悪天候に一度も遭遇しないというはあり得ないしな」
「そうなんだよなぁ。船旅ってやつは苦労するぜ」
ジークは以前にも船旅にはうんざりだということを語っていたが、その考えは今も変わっていない。彼は不自由で、危険な船旅にはうんざりしていた。
「まあ、可能な限り何も起きないことを祈りましょう」
ジークはそう言い、甲板から青々とした海を眺める。
ジークたちの予想に反して、最初の港までは悪天候も海賊もなく到着し、ジークたちはそこで一度補給を行うことに。
「セラフィーネさん?」
港に到着して補給物資を積み込んでいたとき見知らぬ男がセラフィーネに声をかけてきた。セラフィーネは怪訝そうに男を振り返る。
「どうした?」
「ルーネンヴァルトより伝書鳩が届いています。こちらが届いた文です」
「ふむ」
ルーネンヴァルトからの文だというのにセラフィーネがそれを読む。
「どうしたよ?」
「……ネルファが死んだそうだ。私たちが出発してから2日後に旅立ったと」
「ああ。そうか……」
文にはルーネンヴァルトの市長でありセラフィーネの旧友ネルファが死んだということが知らされていた。セラフィーネが感情を込めずに言うのに、ジークは心の中でゲヘナにネルファの冥福を祈った。
「やつに勝利の知らせを聞かせてやりたかったが……仕方がない」
「安心しろって。俺たちは神々のために戦うんだ。きっとゲヘナ様が勝利の知らせを届けてくれるさ」
「優しい男だな、お前は」
ジークが優しく言うのにセラフィーネも僅かに笑う。
それから最初の寄港地を出発し、ジークたちは旅を続ける。
* * * *
ヴァッサーフルトに至るまでは4、5か所の港を経由する予定だったが、その3か所目の港で雲行きが怪しくなり始めた。
「海賊が出没するようになったらしいぜ」
ジークは港で集めた情報をセラフィーネたちに伝える。
「いよいよ海賊が出るようになりましたか……」
「蹴散らしてやればいい」
エマが深刻そうにするのにセラフィーネはそう言ってのけた。
「だが、どうもその海賊どもにトリニティ教徒の連中が混じっているらしいんだ。あのルーネンヴァルトで負けた連中が敗走する途中で海賊になったらしくてな。かなり立派な船で略奪をしていると」
「ふむ。トリニティ教徒というのは本当に厄介者だな……」
またしてもトリニティ教徒が他に迷惑をかけているという話に、セラフィーネはため息をついた。
「連中、きっと俺たちを見つけたら死ぬ気で襲ってくるぜ。相手は軍艦らしいしな」
「ど、どうしましょうか? あともうちょっとでヴァッサーフルトなんですが……」
ジークが悲観して言うのにエマが狼狽える。
ジークたちの船には大砲などの装備はない。純粋な商船だ。それゆえにトリニティ教徒に軍艦で襲われたらたまったものではなかった。
「海賊の目的は略奪だ。いきなり船を見つけて沈めはしないだろう。接近してきたとおろを殴ればいい。こちらには神々の恩寵を受けた人間がふたりいる。負けはせん」
「そうですよね。きっと大丈夫です」
セラフィーネはそう力強く言い、エマも彼女の言葉に少し安堵する。
「だといいだけどねぇ。俺が前に海賊船に出くわしたときは、連中はいきなり大砲ぶっぱなってきたからな……。まあ、沈められるってことは確かになったけどさ……」
ジークの方は未だに少し不安そうだった。
確かに海賊は略奪を目的に相手の船や港を襲うものだ。彼らは略奪で生計を立てているのであって、海軍の軍人として給料が支払われているわけではないので当然だろう。
だが、海賊は海賊でも相手はトリニティ教徒の残党だ。どうなるかは……。
「ここでうだうだ悩んでもしょうがないな。物資を積み終えたし、そろそろ出発するとしよう。海賊に会わなければラッキーで、会ったら可能な限りぶちのめしてやろう」
「ああ。出発だ」
そして、ジークたちはヴァッサーフルトまで残り僅かな船旅を再開した。
しかし、悪いことの兆候が見え始めると事態は瞬く間に悪い方に傾くものである。
天候が僅かに荒れ始め、ジークたちを乗せた船が激しく揺さぶられ始めた。ジークたちは必死に船の中で自分を固定しようとするが、これが上手く行かない。船は左右に上下にと激しく揺れ、ジークたちは船の中を転げるように振り回される。
そして、そんなときにより悪い事態が起きた。
「海賊船だ! 海賊船が近づいてきている!」
そう、このタイミングで海賊が襲ってきたのだ。
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