目的地定まる
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──目的地定まる
ジークたちはそれから服屋を巡った。
「なあ、やっぱりこういう白い服を着る気にはならない?」
「ならない」
ジークはセラフィーネに可愛らしい服を着せようとするのだが、セラフィーネは頑なにそれを拒否する。
「俺の前だけでも着てくれるとか?」
ジークがそう頼むとセラフィーネは意地悪く笑った。
「なんだ? お前、私がそういう服を着ているところが見たいのか?」
いつもならばここでジークがからかわれたと思って否定するのだが……。
「ああ。見たい。マジで見たい」
今回のジークにはそういうことはなく、がっつりとそう言ってきた。
「そ、そうか……。そうであれば、その、考えてやってもいいぞ……?」
「よーし! じゃあ、張り切って服を選ぼうぜ!」
「お、お前の前で着るだけだからな! よそでは着ないぞ!」
セラフィーネがそう言うのにジークはいろいろとセラフィーネに合いそうな服を買い占め始めた。あれこれを服を選んでは買い物かごに入れようとする。
「そ、そんなにたくさんは必要ないだろう。一着だ。お前の前で着るだけのものは一着だけ。いいな?」
「ええー……。分かったよ。一着だけね」
それからふたりは白いワンピースをベースにコーディネートし、それらを買うと服屋を出たのであった。
それからジークの服や靴なども購入し、旅の準備を整えると彼らは再び神々の神殿へと戻る。エマには何か分かったら神々の神殿まで来てくれと頼んでいたが、今のところは彼女にも分かったことがないのか、ここにはいない。
「それじゃあ、早速試着しようぜ!」
「う、うむ。だが、妙にはしゃぐな、お前……?」
「前々からあんたは素体はいいんだから、どんな服着ても似合うって思ってたんだよ」
セラフィーネが困惑するぐらいはしゃぐジーク。
確かにセラフィーネは美少女だ。何を着ても似合うだろう。なのに、いつも古ぼけた黒いワンピースしか着ていなかったのは、確かに勿体ないのかもしれない。
「それじゃあ、試着してみてくれよ。着替え終えたら教えてな」
「分かった、分かった」
セラフィーネもそんなジークの執念に観念して服を着ることに。
ジークはセラフィーネが着替える間、部屋から出てからしばらく待つ。もう全裸も見た関係だし、今さら下着ぐらいは気にしないのだろうが、ジークも相手は女性なので配慮している形である。
「着替えたぞ」
「おお?」
セラフィーネの声がして、ジークは部屋に戻る。
「……どうだ?」
セラフィーネが僅かに頬を紅潮させてみせるのは、白いワンピースに桃色のカーディガンという組み合わせで、足には黒いタイツと編み上げのブーツだ。
刺繍やフリルの多い白いワンピースと桃色という柔らかな色合いのカーディガンはいつもの厳めしい彼女と違った雰囲気になっており、新鮮な感じであった。
「似合う、似合う! いや、本当に似合うな……」
ジークはセラフィーネの姿を見て、うんうんと満足そうにうなずく。
「本当に俺以外にそれ見せる気ない?」
「ない」
「そっかー」
だが、セラフィーネとしては似合っているとは思えないのか、反応は頑なであった。
「エミールやロジーたちに見せても絶対に似合ってるって言うと思うだけどな。まあ、俺とあんただけの秘密にしておくのも悪くはない」
ジークはそう言ってセラフィーネに微笑んだのだった。
* * * *
エマが行商人を当たって情報を仕入れてきたのは、ジークとセラフィーネが洋服を買いに行ってから数日後のことだった。
「トリニティ教徒の拠点について情報が手に入りました」
「おお。やつらはどこを拠点にしているんだ?」
エマが報告するのにジークが尋ねる。
「ネーベルグラートと呼ばれている都市です。かつては北部にある国の交易都市でしたが、今は反乱を起こしたトリニティ教徒によって占領され、やつらの拠点になっているそうです」
「聞いたことはあるな。ネーベルグラートには立派な神々の神殿があったはずだ」
「ええ。今ではそれは破壊され、トリニティ教徒の神を祭る祭壇ができているとか」
「ふん。不信心者どもめ」
エマの口からネーベルグラートというトリニティ教徒の拠点の名が明らかにされた。そして、どうやらその都市についてはセラフィーネも知識があるようだ。
「セラフィーネ。あんたはネーベルグラートって場所への行き方は知ってるのか?」
「ああ。昔だが行ったことがある。ある程度の道は分かるつもりだ」
「それはよかった。俺は全然知らなかった場所だから」
ジークはネーベルグラートなる都市については知っておらず、セラフィーネの知識を頼りにさせてもらうことにしたのだった。
「オレもネーベルグラートは知っていますから。トリニティ教徒の反乱が起きる前に一度近くまで行ったことがあって。道案内ならオレにも任せてください」
「頼りにしてるぜ」
そして、エマもそういうのにジークはそうセラフィーネとエマのふたりに頼んだ。
「で、ルーネンヴァルトからネーベルグラートってのはどれくらいの距離なんだ?」
「ルーネンヴァルトから船で北の港に向かえれば、2か月もあればつくだろう」
「結構遠いな……」
「それはそうだ。それに恐らくトリニティ教徒の軍勢もどうにかしなければならないぞ。簡単には通過できまい」
「となると、しっかり準備していかないとな……」
ジークはこれからの旅の困難さを想像して唸る。
「それなんですが、もしかしたら南進してきているトリニティ教徒を押しとどめるべく戦っている連合軍の支援が得られるかもしれません」
「へえ? 連合軍の支援?」
「ええ。今、まさにトリニティ教徒たちが南進していて連合軍がそれを食い止めるために戦っています。彼の目的もトリニティ教徒の打倒です。目的は一致しているので手は結べるのではないでしょうか?」
「だといいんだけど。まあ、こっちも一応神々の神託を受けてってお題目があるし、そこら辺は交渉の余地がありそうだが」
ジークはエマにそう言われて考え込む。
トリニティ教徒たちは北から南へと侵攻を開始し、各地で激戦が繰り広げられている。それを防ごうと連合軍が結成され戦っているのは、以前にも聞いたことがあった。
ジークたちもその連合軍の力を借りられれば、ネーベルグラートまでの旅は比較的楽になるかもしれない。
「では、まずは彼らの司令部があるカルテンブルクまで向かいましょう。そこで連合軍と交渉して彼らの支援が受けられるか相談してみるんです」
「オーケー。カルテンブルクは俺も知ってるぜ。ここからは船を使えば1週間ってところか?」
「ですね。船を出してもらうように頼んでみましょう」
「そうだな。しかし、誰が船を出してくれるかね……」
ルーネンヴァルトの港を出入りしているのは、海峡連絡船ぐらいで他の港に向かうような船は交易会社の船ぐらいである。
「オレも伝手を訪ねて頼んでみます。けど、ロジー様に頼むのが一番かもしれません。ロジー様はこの街の有力者であり、ネルファ市長にも影響力がありますから」
「そっか。そうだよな。ロジーにも頼んでみよう」
ロジーはヘカテの眷属であり、ルーネンヴァルトにおける神々の代表者に等しい。彼女の影響力は大きなものだろう。
「あとでロジーに声をかけておこう」
「私は先にネルファを頼ってみる。路銀も必要だしな。小遣いをせびってみよう」
「おう。ネルファには俺たちもこの街を守ったっていう貸しがあるしな」
ルーネンヴァルトの市長でありドラゴンであるネルファには、ジークたちが悪魔崇拝者である黒書結社を打倒し、さらにはトリニティ教徒の侵攻からルーネンヴァルトを守ったという貸しがある。その貸しを返してもらうのもいいだろう。
「では、それぞれ行動開始だ。俺はロジーを、セラフィーネはネルファを、エミールは伝手をそれぞれ当たろう」
行動の方針が定まり、ジークたちは早速行動を開始することに。
まずはジークがロジーに船の手配を頼みに行く。
「ロジー。アーサーからの神託の件なんだが」
「それがどうかしましたか、勇者ジーク?」
「連中の拠点が分かった。で、そこに向かうまでの船がいるんだ。何か伝手はないか? 船を準備してくれそうな相手に」
ジークはトリニティ教徒の拠点ネーベルグラートとそこに向かうまでに経由すカルテンブルクについてロジーに話した。
「なるほどですね。しかし、船を出してくれそうな相手にあたちはコネがないのです。ですが、代わりに船を借りれそうなお金を集めることはできるのです。この神々の神殿には喜捨が多くありますから」
「本当か? しかし、神殿への寄付だろ? 俺たちが使っていいのか……」
「もちろんなのです。勇者ジークたちは神託を受けて邪神を討伐に向かうのですから。それに喜捨されたお金を使わずして、何に使うというのですか」
神々の神殿は基本的に喜捨で成り立っている。
神々という存在が身近なこの世界においては、現実の中世における十分の一税など取らなくても喜捨だけで神殿は運営できるのである。
「それじゃあ、ありがたく受け取らせてもらうよ。今、セラフィーネとエミールも伝手を当たっているからもしかしたらお金がいらない可能性もあるけど」
「そのときは路銀にしてください。ネーベルグラートまでは遠い道のりなのです」
「ありがとうな」
こうしてジークはロジーから幾分かの資金を入手することになたt。
* * * *
ジークがロジーから船のレンタル料、あるいは路銀を手に入れていたとき、セラフィーネは市長官邸に向かっていた。
「ん?」
市長官邸に到着すると、そこには何台かの馬車が停車していた。どれも高級そうな馬車ばかりである。
「ああ、セラフィーネ殿。あなたも市長閣下のお見舞いに?」
「見舞いだと?」
市長官邸を警備している憲兵が尋ね、セラフィーネが怪訝そうにそう言う。
「ええ。ネルファ市長閣下は具合を崩されていまして。まだ詳しい容体は分かっていないのですが、皆さんお見舞いに訪れていらっしゃってますよ」
「ふむ。いや、知らなかった。会えるのか?」
「もちろんです。どうぞ」
具合が悪いのでは会えないかと思ったが、面会は許可されているらしくセラフィーネは市長官邸の執務室まで通された。
「おお。我が友セラフィーネか……」
執務室のネルファは明らかに具合が悪そうであった。鱗は荒れており、瞳の濁りは増している。そして、体全体から活力が消えているようなそんな有様であった。
「どうしたのだ、ネルファ。ひどい有様だぞ」
「ふふ。分かるだろう。私もついに旅立つときが訪れたというだけだ」
セラフィーネがその様子に驚いていうのにネルファは力なく笑う。
「私もドラゴンとして長く生きた。まだまだ生きたかったが、残された時間はあまりないようだ。さらにここ最近は激務であったしな……」
ネルファは600年近く生きてきた。ドラゴンとしてもう寿命を迎えている。
「そうか。残念だ、我が友ネルファよ」
セラフィーネも友人をひとり失うことになり、悔やむように首を横に振った。
「それより私に何か用事があったのであろう? 何だろうか?」
「ああ。神託が下った。英雄神アーサーから邪神フォーラントを打倒せよとの神託だ。その神託に従い、我々はフォーラントを崇めるトリニティ教徒の拠点ネーベルグラートに向かう。そのための船が必要なのだ」
「なるほど。船の手配が必要なわけか。交易会社のいくつかに頼んでみよう。神託を受けてとあれば、喜んで手を貸してくれるはずだ」
「だが、お前のことが心配だ。どれくらいもちそうだ?」
セラフィーネはそう言ってネルファを心配そうに見る。
「そうだな……。あと1週間はもつかもしれない。私自身でも分からないのだ。死とは予告なく突然訪れるものであろう?」
「そうだな……」
ネルファはそう言いながら僅かにせき込み、セラフィーネは考え込んだ。
「お前にフォーラントを討ち取ったという知らせを届けたかったよ」
「ありがとう、我が友よ。だが、心配はいらない。魔女セラフィーネと勇者ジークの名は冥界まで響くことだろう。私が旅立ったあとでもちゃんとその名を聞くことはできるとも。だから、心配はいらない」
セラフィーネが僅かに残念そうにそう言い、ネルファはそう言って笑った。
「船だけではなく、路銀も必要であろう。私の私財からも出させてもらうよ。あれこれとため込んだが、金銀を冥界には持っていけないからね」
「助かる。では、ネルファ」
「ああ。いつかまた会おう、セラフィーネ」
老いたネルファに死期が迫る中、セラフィーネはネルファから路銀と船の案内を受けたのであった。
* * * *
エマも船の手配をしようと奔走していた。
しかし、彼女の方はなかなかに上手くいかない。神託であったとしても、見ず知らずの相手に船を貸すようなお人よしはあまりいないものだ。
エマは頼るまいとしていたが、ここでひとりの人物を頼ることにした。
彼女の父であるアルブレヒトだ。
「ああ。エマお嬢様、ようこそ」
「ど、どうも」
アルブレヒトの屋敷の前に立つと、執事ベルンハルトがすぐにやってきた。
「今回はどうなされましたか?」
「アルブレヒトさんに船を出してもらえないかと思いまして。勇者ジーク様たちに英雄神アーサー様から神託が下ったんです。トリニティ教徒たちの崇める邪神フォーラントを討ち取るようにと」
「なんと……。神託が……。すぐに旦那様をお呼びします」
ベルンハルトはそう言ってアルブレヒトを呼びに向かった。
アルブレヒトはすぐにやってきて応接室にてエマの前に座った。
「話はベルンハルトから聞いたよ。どこまで船を出せばいいんだい?」
「トリニティ教徒たちの拠点であるネーベルグラートに向かう前に、連合軍との合流を目指す予定です。なのでカルテンブルクに近い港町まで」
「それならばヴァッサーフルトまでだね。分かった。船を出そう」
「ありがとうございます。それかれこれも報告しておくべきだと思うのですが、オレも勇者ジーク様たちに同行するつもりです」
「それは……! 危険ではないのか?」
案の定、アルブレヒトは我が子を心配した。
「戦闘に加わるつもりはありませんが、後方で物資の管理などの支援ができればと思いまして。オレも勇者ジーク様たちと旅をしたいんです」
「そうか……。そこまで決意しているならば私が止めても無駄なのだろう。だが、一度だけ引き止めさせてくれ。私が出資するから、このルーネンヴァルトで店を構えて、平和に商売をするつもりはないか?」
アルブレヒトはそう呼び止める。
「……ちょっと前ならば引かれたかもしれないですけど、今は勇者ジーク様たちと一緒に旅をしたいと強く思います。これは世界の危機だし、オレだって何か手伝いたいんです。分かってください」
「ああ。私もまだ若ければ勇者ジークとともに行ったはずだ。分かるよ」
エマの決意を込めた言葉にアルブレヒトは目を閉じて頷く。
「だが、エマ。生きて帰ってきてくれ」
「はい」
そして、エマは強く頷いたのだった。
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