英雄神アーサーの神託
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──英雄神アーサーの神託
ジークたちは不老不死を解く方法を探している。
だが、以前のような焦りはジークにはなかった。今のジークはある意味では運命を受け入れていた。それを受け入れることのできる心境が、彼とともに歩んでくれるセラフィーネのおかげで整ったからだ。
「いやはや。やっぱり見つからんな……」
そんなジークの調査は完全に手詰まりになっていた。
いくら探せど神々の助けなしに、神々による不老不死を解くすべはない。どんな奇跡や魔法でも神々抜きには不老不死は解けない。
「ま、まだ分かりませんよ。頑張って探してみましょう……」
「ああ。気長にやっていこう」
アレクサンドラに励まされてジークは頷く。
不老不死を解く方法はさっぱり見つからないものの、ジークとしては最近の大図書館通いはなかなかに有意義なものだと感じていた。大図書館に眠るその知識を探っていくのは、なかなか勉強になるのだ。
そんなわけでジークは今日も大図書館の本をアレクサンドラと読み漁っていた。
こんな日常が数年は続くのではないだろうかとジークは思っていたが、その終わりは存外早く訪れた。
彼が大図書館の閉館を受けてセラフィーネと飲みに出かけたときだ。
「聞いたか。またトリニティ教徒に動きがあるらしいぞ……」
酒場で魚介料理をつまみに酒を飲んでいると不穏な噂話が聞こえてきた。ジークとセラフィーネはそちらに方に耳を澄ませる。
「おいおい。またここを攻めようってわけか……?」
「いや。違う。全体的に南進しているらしい。北の大地からあちこちに攻め込んでいると聞いた。今は対トリニティ教徒の同盟が結ばれ、連合軍が応戦しているらしいが、それでも押されているそうだ」
トリニティ教徒たちが北から押し寄せている。人々はそう噂していた。
「じゃあ、連中が北からずっと押し寄せてきて、またここに攻め込んでくる可能性もあるのか……?」
「分からないが、それまでには誰かに食い止めてもらいたいものだよな」
酒場の人間たちはそんな憂鬱なことを予想しながら、酒をちびちびとやっていた。
「ふうむ。またトリニティ教徒たちがな……」
ジークは酒場の噂話を耳にしてそう呟く。
「やつらの狙いは何なのだろうな。神々を悪魔呼ばわりし、自分たちは邪神を崇めて」
「分からん。500年前のフォーラントはただ世界に混乱を引き起こそうとしていただけだった。そこに目的と言える目的ははなかった。しいていうならば、俺たちを苦しめるのを楽しんでいたというところか」
邪神であるフォーラントはそこに目的など有していなかった。あるのはこの世界の人間に対する悪意だけ。彼女はこの世界を好き放題に引っ掻き回せれば、それで満足だったのである。
「そうであれば、トリニティ教徒の行動も特に意味がなく、我々を苦しめることだけが目的なのかもしれないな」
「だといいんだが。ひとつ、俺が思いつくのは……復讐ってことだ」
「復讐?」
セラフィーネはジークの告げた言葉に首をかしげる。
「500年前にやつを倒した俺への復讐。やつの目的は俺を苦しめることなのかもしれない。どういう方法を使うのかは分からないけれど……」
ジークが懸念してるのはそういうことであった。フォーラントに感情というものがあれば、500年前に彼女を倒したジークへの復讐ということを考えるだろう。
もっとも邪神である彼女にとっては500年の眠りなど大したものではないかもしれず、以前ジークに言ったようにジークに恨みなど持っていないのかもしれないが。
「ふむ。それは警戒すべきかもしれないな」
「ああ。俺だけが狙われるならいいけど、ルーネンヴァルトを襲ったときみたいに俺の周りの人間を狙われたら困る」
ジーク個人が襲われる分には彼が対処するが、彼の周りの人間がターゲットになるとジークでも守りきれるのか危うくなってしまう。それにジークは不死身でも周りで同じなのはセラフィーネだけなのだ。
「というか、今回のフォーラントは誰が倒しに行くんだ? またアーサーが気に入った人間を送り込むのかね……」
「お前は神々に選ばれた英雄であったな」
「一応は、な」
ジークは邪神フォーラント討伐のために神々に祝福された人間であった。だから、ジークも今回のフォーラント復活において、まだ誰かがフォーラントを討つための英雄に選ばれるのだと思っていたのである。
確かにその通りだろう。邪神フォーラントは危険な存在であり、500年前には世界を脅かした。神々にとっても彼女は明白な敵である。
「次に選ばれる英雄は不老不死にされないといいけどな」
そんな状況にジークは他人事のようにそう言ったのだった。
* * * *
ジークたちがそんな会話をした翌朝。
神々の神殿の礼拝堂でロジーがジークとセラフィーネのふたりを待っていた。
「勇者ジーク、魔女セラフィーネ」
「おう、ロジー。どうした?」
ロジーがジークたちに声をかけ、ジークは首をかしげる。いつもなら朝の挨拶をしてそれでお終いのはずなのだが。
「ふたりに英雄神アーサーからの神託があります」
「アーサーからの神託ぅ?」
ロジーの告げた言葉にジークが無茶苦茶に嫌そうな顔をする。
「そうなのです。今日、夢の中でお告げがあったのです。今日の朝、勇者ジークと魔女セラフィーネに対して英雄神アーサーから神託があると」
「内容は?」
「まだ分からないのです。だから、ここで待つとよいのです」
ロジーがそうジークに言ったときだ。礼拝堂に光が差した。
その光の先に現れたのは──長身の男性だ。長い金髪をくくって背中に伸ばし、その目の色は決意に満ちた灰色。その長身を鎧で包み──そして、その手には英雄神の象徴である剣を手にしていた。
「久しいな、ジーク!」
そう、彼が英雄神アーサーだ。
「うへえ……」
「『うへえ』とは何だ、『うへえ』とは。お前を勇者として讃えた神を迎える言葉はもっと他にあるであろう?」
「うへえ……」
ジークはアーサーの方を見て無茶苦茶に嫌そうな表情をしていた。
「英雄神アーサー。神託とは?」
ここでロジーがそう尋ねる。彼女は知の女神ヘカテの眷属であり、アーサーは直接の崇拝の対象になっていない。だから、その敬意は表向きだけのものだった。
「うむ。諸君はすでに邪神フォーラントが復活したことを知っているだろう」
アーサーはそう話を切り出した。
「ああ。知ってる。やつに会ったよ。やつはこの街で悪魔崇拝者を組織し、トリニティ教徒に関わっているみたいだ」
「そこまで分かっていれば話は早い。我々はやつを再び仕留め、今度こそ永遠に封印しなければならない」
アーサーはジークの言葉にそう続ける。
「私は邪神フォーラントの討伐を勇者ジークに命じる!」
そして、アーサーはそう言い放った。
「……はああああっ!?」
そのアーサーの言葉にジークが信じられないような大声でそう叫ぶ。
「うるさいぞ、勇者ジーク。神々からの神命を帯びたことへの喜びは分かるが、神々の前ではもう少し静かにしろ」
「ふざけんなよ! 俺はもう1回やつを倒してるだろ! 今度は他のやつを勇者に指名していかせろよ!」
アーサーが煩わしそうに言うのにジークがそう叫びまわる。ジークは2度も邪神討伐の仕事をやらされるなど信じられないという具合だ。
「お前は本当にそれでいいのか? 邪神フォーラントを倒し損ねたこと、後悔しているのであろう?」
しかし、アーサーの方はジークの内心を知っていた。彼が500年前に邪神フォーラントを倒し損ねたことで、今の悲劇が起きたことを悔やんでいることを。
「クソ。性格の悪い神様だぜ、あんた。もしかして、俺を不老不死にしたのはこういうときのためだったのか?」
「まあ、それはある。邪神フォーラントが完全に倒されたかどうか、我々には確認できなかったからな」
ジークが忌々しげに言うのにアーサーはにやりと笑ってそう言った。
「さあ、勇者ジークよ。再び神々に祝福されて、邪神フォーラントを倒す旅に出るのだ! さすればお前の願いをひとつだけ叶えてやろうではないか!」
「俺の願いを……?」
「ああ。解きたいのだろう、不老不死を」
ジークはそう言われて戸惑った。
確かにジークは不老不死を解こうと努力していた。
しかし、今の彼にはそれを焦らなくていい理由もあった。セラフィーネの存在だ。彼女に不老不死を解く方法が見つからなければともに過ごすとジークは彼女に約束しているのである。
ここでアーサーに不老不死を解くために従うというのは、その点を踏まえるとジークにとって悩む点だった。
ただセラフィーネがともにいても不老不死はつらい現実だ。それを解決する手段はあるに越したことがない。
それに何より──。
「ああ。分かった。邪神フォーラントを討つ。500年前に仕留め損ねたあいつを、今度こそ確実に討ってやろう」
ジークにはやはり500年前にフォーラントを討ち損ねた後悔がある。今度こそ彼女を倒せるのだとすれば、そうすべきだろうと。
「それでこそだ、勇者ジークよ! 今は旅の準備をするがよい。邪神フォーラントとの戦いにおいては間違いなく神々の祝福があろう」
アーサーはそう言って哄笑すると、そのまま光の中に消えていった。
「……あーあ。受けちまったぜ。ちょっと後悔しそう……」
アーサーが消えてからジークがそうぼやくのにセラフィーネが彼の隣に立つ。
「大丈夫だ、ジーク。私も手を貸そう」
「ああ。ありがとうな、セラフィーネ」
セラフィーネが優しくそう言うのにジークもにっと笑った。
「そうと決まれば旅の準備をしないとな。トリニティ教徒は北に拠点を持っている。つまり北に向かわなければならないわけだ。長い旅になりそうだ……」
「まずは目的地を確認することも必要だろうな。北に向かうという大雑把な目的だけでは不確かだ。明確に北のどの土地がトリニティ教徒のアジトになっているのかを突き止めなければ」
「じゃあ、必要なのはまず情報収集か」
セラフィーネの指摘にジークはそう言って頷く。
「しかし、どこで情報を集めたものかな。ルーネンヴァルトまで北のトリニティ教徒たちの噂は流れてきているんだろうか?」
「分からんが、エミールを頼ってみたらどうだ? あいつの行商人仲間が何か知っているかもしれない」
「なるほど。じゃあ、早速エミールに会いに行こう」
ジークとセラフィーネは早速エマに会うことに。
神々の神殿を出て、ジークたちはエマが宿泊している宿屋を目指したジークたち。宿は今も同じ場所だという確信はなかったが、エマが他に所在を告げていなかったので前の宿を目指した。
するとである。宿ではエマは受付の女性に伝言を託していた。
「エミールさんはここの移動されましたよ」
「おう。このメモの場所ってどこら辺だ?」
「それはですね──」
当初のあまり治安の良くない場所からエマは移動しており、次に移動していた宿は中流階級が泊まるようなそこそこの宿がある場所のものであった。
「ジークさん! どうされましたか?」
エマはジークにその宿で呼ばれて1階の酒場にやってくる。
「エミール。調べてほしいことがあるんだ。トリニティ教徒の拠点が知りたい」
「え!? トリニティ教徒の拠点、ですか?」
「ああ。アーサーから神託を受けた。やつは俺に復活した邪神フォーラントを討ち取れと言っている」
ジークはトリニティ教徒の拠点を探さなければならない経緯をそう説明。
「神託ですか! それは責任重大ですね……」
「やつが言うには俺がフォーラントを討てば不老不死も解いてくれるらしいからな。どうだ? トリニティ教徒の拠点って分かるかもしれないか?」
「少し時間をください。行商人をやっている人間たちに尋ねて回りますから」
「すまん。よろしく頼む」
ジークはエマにそう頼み、彼女が北にあるというトリニティ教徒の拠点について調べてくれることになった。
「それから余計な質問かもしれないけど、アルブレヒトさんとはどうだ?」
「ええ。それなりにいい関係になりましたよ。ただ今はまだ独力でやりたいのに、出資したいとか言われてて困ってます」
「ははは。仕方ない。あの人にとっては大事な娘だからな」
エマの言葉にジークがそう笑うが、彼女は真剣な顔をしてジークの方を見た。
「しかし、ジークさん。オレも一緒に邪神討伐についていってはだめですか?」
「え!? エミール、お前も邪神討伐についていきたいってどういう……?」
「確かにオレは戦うことはできませんが、物資の調達とかで旅のお手伝いはできると思うんです。それにオレも何か役に立ちたくて……。だめだったら全然ダメって言って貰って構わないんですけどどうでしょうか?」
エミールはそうジークに尋ねる。決意を秘めた瞳で。
「……楽な旅にはならないだろうし、守りきれるかも分からないぞ?」
「覚悟はしています」
「そっか。分かった。考えておく」
「ありがとうございます!」
エマは満面の笑みでジークに礼をするとすぐにトリニティ教徒の拠点について行商人仲間に調べに向かったのだった。
「本当にエミールを連れていくのか?」
「考えている。確かに長い旅になるだろうから、誰か財布を管理してくれるのはありがたい。神々の祝福があっても金がいらなくなるわけじゃないし」
「ふうむ。それはそうだが……」
「どれだけ厳しい旅になるかはちゃんと聞かせるつもりだ。俺だって一度目にフォーラントを討ちに行ったときにはすげー苦労したしな。その点は理解しているつもりだ」
「そうか。それならば何も言うまい」
ジークとて今回が初めての邪神討伐の旅ではない。彼にとっては2度目の旅だ。
「さて、エミールが情報を集めてくれている間に、俺たちもそれなりの準備はしておかないとな。やっぱり服は必要だろ?」
「北の大地はやはり寒さが厳しいだろうからな。自然環境も敵になるんだろう」
「そうそう。全裸で過ごしてたら邪神とは戦えませんよっと」
そう言ってジークたちはエマが情報を調べる間に、服屋で服を調達することに。
「あんたのお気に入りの服も何度もぼろぼろになっちまったし、今度はある程度数を揃えておこうぜ。どんな服がいい?」
「私はいつも通りだ。黒のワンピースでいい」
「おいおい。せっかくだからオシャレしようって気にはならないの?」
「ならん。これから我々は邪神討伐に向かうんだぞ。大勢が私たちの話を語り継ぐだろう。そこで私が浮かれているような格好で出かけて行ったとは歌われたくはない。私は堅実な格好で行く」
「そうですかい」
ジークはセラフィーネのオシャレした姿も見てみたかったのだが、その願いは叶わずじまいのようであった。
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