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勝利を祝って!

……………………


 ──勝利を祝って!



 ジークたちはルーネンヴァルト防衛線にてトリニティ教徒の侵攻軍を打ち破った。


「勝利だ!」


 激戦地となった城門では守備隊が勝利と、そして生き残ったことを祝っている。


「おーい! 戻ったぞー!」


 ジークたちもそんな勝利が祝われている城門へとやってきた。すでに城門は破壊されて開かれたままになっており、そこにジークとセラフィーネはやってきたのだ。


「おお! 英雄たちの凱旋だ!」


「ゾンビが一斉に倒れたのはジークさんたちのおかげなだろう!?」


 どうやら城門でもジークたちの活躍のおかげでゾンビが一掃されたことは理解されていたようだ。ジークたちは歓声をもってして城門の守備隊に迎えられた。


「よせやい。今回の勝利は俺たちが全員で頑張ったからだぜ。それより死体を片付けよう。このままだとグールや病気が発生しちまうぜ……」


 城門には敵味方問わず、大量の死体があり、すでにネズミや昆虫がわいていた。このまま放置すれば間違いなくグールや病原菌の発生地点となってしまうだろう。


「聞いたな、お前たち! 死体を片付けるぞ!」」


「おお!」


 勝利のあとすぐだったためか、守備隊は疲労をものともせずに死体を片付け始めた。守備隊で犠牲になった人間のものは丁重に扱われ、トリニティ教徒のものは集められて火にかけられた。


「勇者ジーク、魔女セラフィーネ。お疲れ様なのです」


「ロジー」


 ここでロジーがジークたちに挨拶に来た。


 彼女はこの戦いの間、後方で野戦病院の指揮を執っており、そのおかげで助かった人間も少なくなく存在する。


「今回の戦いでは犠牲も出ましたが、ルーネンヴァルトを守り抜くことに成功しました。この勝利をあとで祝いましょう」


「ああ! 酒を頼むぜ? 飛び切りのやつをな!」


「もちろんなのです」


 ジークはにやりと笑ってそう言い、ロジーも微笑んで返したのだった。



 * * * *



 全ての片付けが終わったのは1週間後のことだった。


 戦死者を弔い、犠牲者を埋葬し、城門は通行可能なように修理された。


 そして、戦勝祝いの場が神々の神殿にて設けられたのだ。


「まずはこの戦いで犠牲になったものに黙祷を」


 ロジーはそう言い、神々の神殿に集まった全員が黙祷を捧げる。


 しっかりと祈りを捧げ、死者の魂がゲヘナかモルガンもとに召されることを祈る。


「それでは生き残ったものたちとしてルーネンヴァルトにおける勝利を祝いましょう。神々もきっとそれを望んでおられるのです!」


「おーっ!」


 そうしてジークたちは勝利を祝う宴を始めた。


 ルーネンヴァルトでは定番の魚料理がたっぷりと出され、さらにはルーネンヴァルトでは珍しい肉料理もたっぷりと提供された。味付けもオリーブオイルとニンニクの他に、魚醤や唐辛子といったものが使われており、香ばしい香りが満ちている。


 酒に関しても飛び切りのものが提供されて、神々の神殿には歓喜の声が響く。


「ジークさん、セラフィーネさん!」


「おお、エミール。無事だったか」


 神々の神殿には大勢の市民が詰めかけており、その中にはエマの姿もあった。


「ええ。オレは後方で物資の管理を手伝っていただけですから……」


「立派な働きじゃないか。後方が安定してないと前線だって満足に戦えないからな。乾杯しようぜ!」


「はい!」


 エマはジークにそう言われてグラスを重ねる。ガラスがいい音を立ててふたりはこの勝利に乾杯したのだった。


「しかし、危ないところでしたね……。オレたちにも神々の神殿まで下がるように命令が出てて、このルーネンヴァルトの市街地が戦場になるかと思いました」


 この戦いは危うい戦いだった。ゾンビによる猛攻が始まってから、城門は陥落して守備隊は予備陣地まで撤退した。それから予備陣地を守る戦いが始まったが、それは長くは持ちそうになかったのだ。


 あわやこのままルーネンヴァルト市街地での戦いになるかと、そう思われたときにジークたちがルキウスを討ち取り、ルーネンヴァルトを襲っていたゾンビたちは一掃されたのである。


 本当に危うい戦いであった。


「しかし、トリニティ教徒ってのは死霊術まで使うんだよな。恐ろしい連中だぜ」


「いや。あれは死霊術ではないな」


「え?」


 ジークが酒精の強い蒸留酒のグラスを手に言うのにセラフィーネが首を横に振った。


「あのゾンビの中には明らかにゾンビとしてでも生存できないものが含まれていた。頭のないゾンビというのは成立しえない。死霊術においてはな。ただ、別の方法ではそれが成り立つのを覚えているか?」


「……悪魔の力か」


「そうだ」


 かつてジークたちは2種類のゾンビに遭遇している。ロタールの生み出したゾンビとパスカルが生み出したゾンビだ。その違いは死霊術によるものか、悪魔の力によるものかの違いであった。


 死霊術によるゾンビはある程度人の形を保っていなければならなかったが、悪魔の力によるものは頭がかけていようとゾンビとして行動可能であった。


「じゃあ、トリニティ教徒には悪魔が関係していると……?」


「可能性としては高いだろう」


 エマが思わず尋ねるのにセラフィーネはそう返した。


「そもそも神々を悪魔呼ばわりする連中だ。それに本物の悪魔がかかわっていても全く不思議ではない」


 セラフィーネはそうも述べて、赤ワインのグラスを傾けた。


「……どうにもタイミング的にあの野郎がかかわっているような気がするんだよな」


「あの野郎とは?」


「邪神だ。邪神フォーラント。黒書結社の件にはやつがかかわっていた。そして、黒書結社問題が終わったとたんに次はトリニティ教徒が攻めてきた。これが完全な無関係のイベントの連鎖だと思えないだよな……」


「確かにな。復活したやつが何かしらの陰謀を企んでいる可能性はあるな……」


 邪神フォーラント。白髪の少女はルーネンヴァルトで陰謀を企てていた。その陰謀はジークたちの活躍によって黒書結社ごと潰されたが、彼女は邪神だ。邪な神として次の陰謀に着手していてもおかしくない。


 そして、今回のトリニティ教徒の突然の侵攻。それにそんなフォーラントが関与しているのではないかとジークたちは疑っていた。


「あとでロジーに相談しておいてはどうだ? 神々から何か神託があるかもしれんぞ」


「神々の神託、ね。どうせパシられるだけだろうしなぁ」


「そういうな。神々は人々の精神の柱だ。この私にとっても」


 セラフィーネはそう言ってジークの方に体をもたれさせる。彼女の女性らしい香りがジークの鼻をくすぐり、ジークは思わずどきりとする。


「な、なんだよ、いきなり……」


「別に。何かあるのか?」


「な、ないけですけど!」


 セラフィーネは意地悪げににやりと笑い、ジークはそんな彼女からそっぽを向いた。


 それから宴はさらに賑やかになり、準備された酒も料理もどんどん消費されていったのだった。


 人々は戦いに勝利したことと今という時間を生きていることを祝っている。


 こうして祝えるの生存者の特権なのだから。



 * * * *



 ジークたちはその日は酔いつぶれるほどに飲み食いしたが、ジークはそのままベッドには直行しなかった。


 彼には思うところがあったのだ。


 彼は神々の神殿のある丘からトリニティ教徒の艦隊が撤退した夜の海を眺めていた。海は真っ黒で、近くの灯台もトリニティ教徒を誘導しないように火を消したため、今日の海には光の点すらない。


「どうした、ジーク?」


 そんな海を眺めているジークにセラフィーネが声をかける。


「……いや。もし、本当にトリニティ教徒にフォーラントが関係しているとすれば、俺がフォーラントを確実に討ち取っていれば、こんなことにはならなかったのかなって、そう思ってな」


 ジークはそう内心を吐露する。


 彼は自分がフォーラントを討ち取れていなかったことを悔やんでいた。自分にはそうできたはずなのに、それを達成できなかったことを。目的を達成できなかったのにこれまで勇者や英雄と呼ばれていたことを。それらを悔やんでいた。


「背負いすぎだぞ。お前ひとりでどうこうできることではない」


 そんなジークにセラフィーネがそう言う。


「お前は500年前に確かに邪神フォーラントを討ち取った。だから、この500年は平和だったんだ。そのことを忘れるな。お前は500年の間、この世界を守ったんだ」


「……そう思っていいのか?」


「ああ。思っていい」


 セラフィーネはジークにはっきりとそう言った。


「ありがとな。そう思えると気分も楽になるよ……」


 ジークは先ほどまでの思いつめた表情から、安堵の表情を浮かべていた。


「少なくとも私はお前のことを真の英雄だと思っている。お前は弱きを助け、決して己の力におごらず、正しくあろうとしている。それはまさに英雄の素質だ。私はそれを素晴らしいと思うぞ」


 セラフィーネはジークの隣に立ち、そう言って微笑んだ。


「俺はお調子者だし、別に常に正しくあろうとしているわけじゃないぜ。ただときどきそうだってだけの話でさ」


「ふふ・謙遜するな。私はこれまでお前を見てきたが、お前は自分が思っているよりずっと立派だ」


 ジークは苦笑いを浮かべて言うのにセラフィーネがにんまりと笑う。


「……私もお前とならばともに歩めると、そう思うのだ」


 それからセラフィーネはジークに横でそう呟くように言った。


「それって……」


「なあ、不老不死を解くのはやめて私とともに過ごさないか? 私にはお前が必要なんだ。今の私はお前によって変えられてしまったからな……」


 セラフィーネはそう告白ともいえるような言葉をジークに向けて口にした。


「……不老不死を解くのをやめることはできない。ただ、不老不死を解く方法がなかったときは、そのときはあんたと一緒に過ごしてもいいぞ。ただし、殺し合うのとかはなしだぜ?」


「本当か?」


「本当だ。繰り返すが不老不死を解く方法が見つからなかったらの話だぞ」


 セラフィーネが目を輝かせるのにジークはそう繰り返した。


「そうか。ありがとう。私にとってお前は最良の戦友であり、最良の英雄だ。ともに過ごせることを願うよ」


「俺もあんたのことは嫌いじゃないからな」


 セラフィーネとジークはそう言葉を交わすと、しばしの間暗い夜の海を見つめた。



 * * * *



 それからルーネンヴァルトには平穏が訪れた。


 黒書結社という悪魔崇拝者たちは摘発され、トリニティ教徒の侵攻は撃退された。


 ルーネンヴァルトも様々なものを失ったが、生き残ったものたちは以前の生活を再建しようと努力し始めている。


 艦砲射撃で破壊されたルーネンヴァルト西部も再建のために大勢の職人たちがルーネンヴァルトを訪れて慌ただしくしている。


 職人たちが移動するのに必要な海峡連絡船も部分的に再開しており、、カールハーフェンの港も再建とともにかつてのような運行スケジュールに戻ると思われた。


 そんな穏やかなルーネンヴァルトにて。


「ジーク。今日も大図書館か?」


 神々の神殿から出かけようとするジークにセラフィーネが声をかける。


「ああ。一応可能性は調べておかないとな。どうにも望み薄な気がするけどさ」


 ジークは不老不死を解く方法が見つからなければセラフィーネとともに過ごすと約束した。だが、まだ見つからないと決まったわけではなく、彼は大図書館に通い詰めていたのだった。


「それなら私も一緒に行こう」


「いいぜ。行こうか」


 セラフィーネとジークは並んで神々の神殿のある丘を降り、大図書館へと向かう。


「正直、割と焦ってたんだよな。このまま不老不死を解く方法が見つからなかったらどうしようかって。アレクサンドラも手伝ってくれてたけど、不老不死をどうにかする方法は全然見つからないし」


 ジークがそうセラフィーネに向けて語る。


「だけど、今は少し安心している。もし、不老不死が解けなくてもあんたがしばらくは付き合ってくれるってな」


「しばらくではないぞ。もっと長い時間だ」


「ははっ。あんたが俺に失望するまでの時間かな」


 セラフィーネが笑っていうのにジークもそう言って笑う。


 それから彼らは大図書館に到着した。大図書館はトリニティ教徒の侵攻においていざというときに避難所になる予定だったが、今回は無事に難を逃れていた。


「あ、ああ。ジーク様、セラフィーネ様」


「よう、アレクサンドラ。今日もよろしく頼むぜ」


「は、はい」


 それかれジークたちは再び不老不死を解く方法を探し始めた。


 だが、今のジークは焦っていない。彼のそばに確かにこれからも存在し続けてくれるものがあるからだ。不老不死のジークと同じ時間を過ごしてくれる存在がいるからだ。


 ジークはセラフィーネの方をちらりと見ると、セラフィーネもジークの方を見て微笑んだ。今の彼らは確かな絆で結ばれている。



 * * * *



 ヴェロニカは生き残ったトリニティ教徒の艦隊で北の地に戻った。


 砲艦数隻と輸送艦数隻が生き残ったトリニティ教徒たちを北にあるトリニティ教徒の拠点へと運んでいく。


「指導者ユダ様。戻りました」


 その拠点では取り崩された神々の神殿のあとにトリニティ教徒の神殿が立てられていた。その構造は神々の神殿とは異なり、軍事要塞のような造りになっている。


 そして、そこには真っ白な祭服を身を纏ったひょろりとした細身で長身の男がいた。そのブラウンの目には狂信の色が見える。宗教的な妄執を抱えているような、そんな闇の深い瞳の色である。


「……ルーネンヴァルトは落ちませんでしたか」


「残念ながら。ルキウス閣下も戦死しました」


「そうですか。分かりました。ご苦労様でした、ヴェロニカ」


「いえ。務めが果たせずどうお詫びしていいのか」


「神は許されるでしょう。あなたまで失っていては困りますから」


 ヴェロニカが跪いて告げるのにユダと呼ばれた男はそう優しげに笑った。


「では、あなたは再び北部軍の統率に戻ってください。南部から神々というなの悪魔を狂信するものたちが攻め込んできているようなのです」


「畏まりました」


「頼みますよ」


 ユダはあくまで穏やかな口調でそう言い、ヴェロニカは深く頭を下げて退室する。


「さて……」


 それからユダは神殿の奥に向かう。そこにはユダだけが入ることを許された部屋があって、彼はそこのカギを取り出して中に入った。


「我らが神よ。ルーネンヴァルトは落ちなかったようです」


 ユダはそこにいる存在に恭しく頭を下げてそう言った。


「それなら仕方ないね。せめて大図書館が手に入ればと思ったけれど」


 それにそう答えるのは──。


「では、次はどのように?」


 ユダが尋ねる。


「それはね。──神々との全面戦争だよ」


 白髪の少女──フォーラントはユダにそう言った。


……………………

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