鎮魂の使徒『ルキウス』
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──鎮魂の使徒『ルキウス』
ジークたちはルーネンヴァルトを陥落させんと大量のゾンビを送り込んできたトリニティ教徒の術者を探している。
「こっちはクリアだ」
「ああ。だが、まだ目的の術者は倒せていないな」
ジークたちの襲撃はまだトリニティ教徒たちに気づかれていない。彼らはこの状況でルーネンヴァルト防衛側が攻撃に出るなど思ってもみなかったようである。
そういう理由で無警戒だったトリニティ教徒たちのキャンプで、ジークたちは彼らを殺しまわっていた。誰がゾンビを生み出しているのか分からない以上、こうして殺し続けるしかないのである。
「次に行こう。幸い、ここに残っているトリニティ教徒の数は多くない」
「そうだな。それだけが不幸中の幸いか」
ジークたちはほとんどのトリニティ教徒たちが出撃し、手薄になったキャンプで術者の捜索を続ける。
「さっきの連中、使徒がどうのこうのって言ってたよな? あれってあの降伏勧告しに来たやつのことじゃないか?」
「可能性としてはあり得るな。だが、結局どこにいるかは分からん」
「前に派手な天幕があったろ。トリニティ教徒にとって使徒は特別みたいだし、ならあの天幕にいるんじゃないか?」
「ふむ。だが、そこには空間切断を操る使徒がいる。それとセットならば厄介だな」
「確かにな。あれは面倒だ……」
ジークとセラフィーネはそのように話し合う。
空間切断を操る使徒──ヴェロニカにはジークたちも勝利できなかった。あの使徒に加えて別の使徒までいるというのは、不味いことになりそうである。
「ともあれ、我々がやらなければルーネンヴァルトが落ちる。やるしかないな」
「ああ。ルーネンヴァルトを守らないと」
ジークとセラフィーネはそう言葉を交わしてキャンプ内を探る。
キャンプがその広さのわりに人が少なく、がらんとしていた。以前にジークたちが燃やした食糧庫や弾薬庫の焦げたあともある。
しかし何より血の臭いと酷い腐臭がキャンプ内には漂っていた。
「この臭い。まだ死体がキャンプ内にありあそうだな……」
「次にけしかけるゾンビの準備をしているのかもしれん。気を付けろ」
ジークの鼻が人間の腐った臭いをかぎ取り、セラフィーネはそう警告する。
臭いは近くなり、羽虫が飛び回る音も聞こえてきた。間違いなく死体がある。それも1体や2体の死体ではない。大量の死体だ。
「やべえ予感がひしひしとしてきた……」
「だが、間違いなく術者はこの近くにいるぞ」
ジークとセラフィーネはキャンプ内を駆け、そして依然見つけた立派な天幕を再び発見する。そのそばからすさまじい死臭は感じ取られていた。
「あそこだ。どうする? 火でもつけてやるか?」
「いや。正々堂々名乗りを上げて挑んでやろう」
「物好きなことで」
セラフィーネは呆れるジークにそう言って前に出る。
「カルトの頭目ども! 私は魔女セラフィーネ! 正々堂々と勝負せよ!」
セラフィーネは本当に天幕に向けて名乗りを上げた。
それからゆっくりと天幕が開かれる。
「まさかここに現れるとはな、魔女セラフィーネ、勇者ジーク」
そしてルキウスとヴェロニカがその姿をジークたちの前に現わした。
「おうおう。ルーネンヴァルトにゾンビをけしかけているのはてめえだろ。てめえさえ倒せばルーネンヴァルトはどうにかなる。よって覚悟してもらうぜ」
ジークはそう言って“月影”の刃をルキウスに向けた。
「ほざけ。この私、鎮魂の使徒ルキウスは偉大なる指導者よりこの街を落とせと命じられたのだ。それは神託である。絶対に果たさねばならない任務である」
ルキウスは鼻でジークの言葉を笑い、彼に向けてて伸ばした。
「見るがいい。これが神の奇跡だ」
ルキウスがそう唱えると近くにあった天幕が蠢き、そこから無数のゾンビがあふれだしてくる。ゾンビたちはゾンビと聞いて想像されるのろさではなく、人間と変わらないか、それ以上の速度でジークたちに迫ってきた。
「だろうと思ったよ! セラフィーネ、あれは俺が抑えるからお前はルキウスってやつを仕留めろ! やっちまえ!」
「了解だ!」
ジークはゾンビたちの前に立ち、ゾンビたちを食い止めるべく立ち向かう。その間にセラフィーネは後方からルキウスを狙って朽ちた剣を放つ。
「させませんよ」
しかし、その朽ちた剣をヴェロニカが空間切断で弾く。
「やはり一筋縄ではいかぬか。だが、それでこそだ……!」
セラフィーネはまずはヴェロニカを始末しなければ、ルキウスは倒せないと認識。そして、その認識は正しい。
「ジーク! 私はまずヴェロニカとやらを倒す! 暫く持つか!?」
「ああ。いくらでも持たせてやるよ!」
ジークはそう言いゾンビたちを薙ぎ払う。次々に群がるゾンビが“月影”の刃で腐肉を斬られて倒れ込み、その倒れたゾンビを乗り越えて次のゾンビが襲い掛かってきた。
「来やがれ! まとめて叩き切ってやる!」
ジークはそんな人海戦術による攻撃を受け止め続け、ばったばったとゾンビたちを斬り伏せていく。そして、ジークは少しばかりハイになっていた。
ジークがそうやってゾンビの相手をしているときにセラフィーネはヴェロニカを排除するために朽ちた剣を放っていた。
「そちらはいつまでもつだろうな? 私の攻撃を前に!」
セラフィーネは朽ちた剣を大量に生み出してはヴェロニカに叩き込む。ヴェロニカはそれを機械じみた正確さで確実に排除し続けていた。
「必要とあらば明日の朝まででももたせますよ。それが私の仕事なので」
ヴェロニカはすでにセラフィーネが空間操作を行うことを把握している。そのため彼女はセラフィーネが背後から斬りかかってくることに警戒していた。
事実、セラフィーネの狙いもそれであった。ヴェロニカの正確な迎撃を潜り抜けて、彼女に攻撃を叩き込むにはそれが必要であった。
しかし、相手がそれに警戒している状況では、なかなか不意を打つのは難しい。
「不意は打たせないか。ならば、こっちも頭を使うとしよう!」
セラフィーネはそう言うとヴェロニカの左右に空間操作で門を生み出す。そして、そこから朽ちた剣を射出し、ヴェロニカを挟み撃ちにして攻撃した。
「ふん。その程度ですか?」
ヴェロニカは素早く左右からの攻撃を迎え撃って撃破し、今度は反撃にセラフィーネに向けて空間切断を放った。
「その言葉に割には深刻そうな顔だぞ?」
セラフィーネは空間切断を回避し、にやりと笑う。
確かにヴェロニカは押されつつあった。セラフィーネの連続攻撃を前に、ヴェロニカに対応速度は徐々に遅れ始めていた。
「ヴェロニカ。何としても持たせろ。私がこの異端者どもを始末する」
ルキウスはそう言うと腕を大きく広げた。
「神よ! どうか我々の声に応えたまえ!」
そのルキウスの言葉とともにこれまでジークたちに倒されていたゾンビたちの腐肉が蠢いた。それはひとつの生き物のように蠢き、つなぎ合わさり、そして──。
「な、なんじゃこりゃー!?」
ジークの前にひとりの巨大な巨人となって形成されたのである。
「はははっ! 異端者よ。悔い改めるがいい」
ルキウスはの瞳には狂気の色がはっきりと浮かんでいた。
* * * *
ルキウスは元は冥界神ゲヘナを讃える神々の神殿の神官であった。
死後の世界を司るゲヘナの神殿に勤める彼によって死は日常のこと。彼は恐れることなく、死者を看取り、冥界に渡れるように祈りを捧げてきた。
「死を恐れることはありません。我々は死後、慈悲深いゲヘナ様の下で暮らすのです」
ルキウスは病人や老人たちにそう説いてきた。彼自身もそれを信じていた。
だが、彼のその信仰を揺さぶる出来事があった。彼の幼い子供が死んだことだ。
彼は神々の名において葬儀を行い、我が子に別れを告げたがどうしても我が子と再び話したかった。それゆえに彼はゲヘナに我が子の魂と会わせてくれと祈ったが、その祈りが聞き届けられることはなかった。
そして、あまりにも我が子を恋しく思った彼は聖職者でありながら死霊術に手を出してしまう。そのことはすぐに神殿側に発覚し、ルキウスは神殿から追放された。
それからさまよう彼はトリニティ教の指導者に出会った。
「神々の言う死後の生とは嘘なのだよ」
指導者はルキウスに説く。
「死後の生は存在するが、それはゲヘナの管理するものではない。彼女は偽りを口にしている。本当の死後の生にはふたつの道があるのだ」
ふたつの道とは? とルキウスは彼に尋ねた。
「悪魔を信じる者が落ちる地獄。悔い改めたものたちが招き入れられる天国。死後の生にはこのふたつがある。そうであるから、ゲヘナのいう冥界というのは虚偽でしかないのだ。本当に死後の生を知るのは私たちの神だ」
おお。それでは我が子は天国に行ったのでしょうか? とルキウスは問う。
「それは親である君の働き次第だ。君が悪魔を崇拝していたことを改めるならば、君の子も地獄から救われ天国へと召されるだろう」
ああ。我が子は今は地獄で苦しんでいるというのか……。だから話すことができなかったのだとルキウスは知った。
指導者からそう聞かされたルキウスはこれまでの信仰を捨て、トリニティ教へと回収したのであった。
* * * *
ルキウスが生み出した巨大な肉の巨人。
それがジークたちに牙をむいた。
巨大な腕を巨人は振り下ろしてジークたちを攻撃し、ジークはそれを辛うじて回避するが、巨人はそのままその腕を横なぎに払いジークたちを薙ぎ払う。
「くうっ……!」
ジークは直撃を受けて呻く。骨が折れ、内臓に突き刺さり、さらには内臓が潰れて口から血が漏れてくる。それは信じられないほどの激痛であった。
「なめるなよ!」
それでもジークは折れなかった。彼は傷を負いながらも巨人の腕に“月影”の刃を突き立てて、それを引き裂こうとする。巨人の腕は所詮は腐肉の集まりであり、引き裂くことそのものは問題ではなかったのだが……。
「ちいっ! やっぱり多少斬っても無駄か……!」
死体が集まって生まれた巨人にとって少しばかりその身が切断されても、それは大したダメージにはならない。すぐさま傷口を再生させてジークたちを猛追する。
「ジーク! 援護に回る! そいつを仕留めないとどうにもならないようだからな!」
「助かる、セラフィーネ!」
ここでセラフィーネがヴェロニカから巨人に攻撃目標を変更。腐肉の巨人に向けて朽ちた剣を叩き込み始めた。
腐肉の巨人は“月影”の刃に、朽ちた剣に引き裂かれたながらも、暴れまわり続ける。ジークとセラフィーネは何度も普通の人間であれば死ぬであろう打撃を受けた。巨人の振り回す腕で体を叩き潰された。
それでもジークたちは決して諦めない。
「おらっ! こっちだって無限に再生するんだぜ! 無駄無駄!」
ジークは叩き潰された下半身を再生させ、腐肉の巨人に再び挑む。
「何故だ」
そこでルキウスがそんなジークの方を信じられない顔をしてみる。
「そのようないくら苦痛を味わっても死ねないなど、もはや呪いではないか。そのようなおぞましい呪いをかけた神々のために、どうしてお前は戦っている……!?」
ルキウスはかつて神々を信じていた。だが、今は信じていない。彼らはルキウスたちを騙し、偽りの死後の生の教えていたのだから。そのせいで彼の子は地獄で苦しんでいるのだから。
だが、ジークたちはどうだ? 彼らは生きながらにして地獄のような境遇にありながら、それでも神々のために戦っているではないか。
それはなぜだ? なぜあんな仕打ちをした神々にそこまで仕える必要がある?
「はあ? 俺は別に神々のためには戦ってないぜ?」
ジークはそんなルキウスの問いにそう答える。
「俺は俺のために戦っている。神々のためじゃない。俺と俺が思う人々のために戦っている。そういうあんたこそ神のために戦っているのか?」
そうジークはルキウスに向けて逆に尋ね返した。
「私は……神のために……」
いいや。違う。自分も結局は子供のために戦っているのだ。地獄で苦しめられている子供ために、自分は神を信じようとしている。
「だが、私は神のために戦わなければならないのだ……!」
ルキウスはそう力を入れて宣言し、腐肉の巨人を操ってジークに襲い掛かる。
しかし、その動きはどこか鈍い。
「セラフィーネ! 反撃の時間みたいだ! 手伝え!」
「ああ! 援護は任せておけ!」
ここでジークは反撃に転じ、セラフィーネが朽ちた剣を無数に降らせる中で、ジークは“月影”の刃を剣呑に光らせて腐肉の巨人に斬撃を叩き込む。
一撃、さらに一撃、もう一撃とジークは動きの鈍った腐肉の巨人を切り裂いていく。
「私は……神のために……! 疑ってなど……!」
ルキウスも懸命に腐肉の巨人を操るが、ジークの猛攻を前に押され始めた。じわじわと腐肉の巨人は力を失っていき、ルキウスの方へと下がっていく。
「このまま……!」
そしてジークの加えた最後の一撃によって腐肉の巨人はその姿勢を崩して倒れた。
「さあ、再度のとどめだ──!」
そこでジークはルキウスの下に駆けて、彼の胸を“月影”の刃で貫く。それによってルキウスは気泡の混じった血を口から漏らし、げぼげぼと苦しげに息をした。
「教えてくれ……勇者ジーク……」
「……なんだよ?」
そんなルキウスが“月影”の刃を握って尋ねるのに、ジークはいぶかしげにそう尋ね返した。
「私たちは……死んだらどこらへ行くんだ……?」
「ゲヘナ様のところさ」
「そこには天国や地獄は……あるのか……?」
「それは行ってみないと分からんな」
ルキウスの問いにジークは肩を竦めてそう言った。
「そうか……。我が息子よ……。ならば、私も今そっちに……」
ルキウスは最後にそう言い残して、こと切れた。
それと同時にルーネンヴァルトを攻撃していたゾンビたちも動きを止め、その場で崩れ落ち始める。突然のことにルーネンヴァルトの守備隊は戸惑いながらも、どうやら自分たちが危険な戦局を切り抜けたようだということを理解し始めた。
「勝ったな」
ルーネンヴァルトの方から勝利の雄たけびが聞こえ始め、セラフィーネがにやりと笑う。しかし、彼女はあることに気づいた。
「ヴェロニカが消えた。どこにいった……?」
「あ。マジだ。いないぞ、あいつ!」
そう、先ほどまでは確かにそこにいたはずのヴェロニカがその姿を消していたのだ。ジークたちは不意打ちに備えて警戒するが、どこを探してもヴェロニカの姿は見当たらず、彼女は忽然とルーネンヴァルトから姿を消したのだった。
「ふうむ。やつを取り逃したのは惜しいが、だが我々が勝ったぞ」
「ああ。俺たちの勝利だ。ルーネンヴァルトのみんなに会いに行こう」
そして、ジークたちはルーネンヴァルトへと凱旋する。
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