慈悲の使徒『ヴェロニカ』
……………………
──慈悲の使徒『ヴェロニカ』
ジークたちは夜の闇に紛れてトリニティ教徒の橋頭保に攻め込んだ。
「う、うわあ!」
「敵襲、敵襲だ!」
トリニティ教徒たちは突然の激しい攻撃を前に大混乱に陥っている。
「いいぞ。弾薬や食料があれば残さず燃やしていけ!」
「合点だ!」
ジークたちの狙いは兵員への直接的なダメージの他にトリニティ教徒の兵站への負荷を狙っていた。ジークたちのこの攻撃で弾薬や食料が焼かれれば、それだけでトリニティ教徒たちの継戦能力は低くなるのだ。
ジークは食糧庫に松明を放り投げ、セラフィーネも弾薬庫に火を放つ。トリニティ教徒たちのキャンプはごうごうと燃え始め、炎が一面を覆う。
しかし、流石は狂信者たちなだけあって、彼らはただではやられなかった。
「神のために!」
「偉大なる唯一神のために!」
彼らはありあわせのものを武器にしてジークたちの攻撃を撃退しようとした。槍や剣があれば上等という具合で、中には戦闘用ではないナイフや割った陶器のかけらを握ってジークたちに襲い掛かってきたのである。
「クソ。イカレてるぜ」
ジークはそうぼやきながら、襲い掛かってくるトリニティ教徒を斬り伏せる。
「ジーク。司令部らしきものがある。あそこに突っ込むぞ」
「あれ、司令部か」
トリニティ教徒たちが広げた天幕の中にひときわ豪華なものがある。司令部か、それに準ずるものであると見て間違いないだろう。
「オーケー。なら、あそこに突撃だ。雑魚は蹴散らせ!」
ジークたちは刃を振るってトリニティ教徒の雑兵たちを蹴散らし、司令部と思しき天幕に向けて駆ける。
「やつらを進ませるな!」
「神の名において殺せ!」
トリニティ教徒たちは次々にジークたちを阻止しようと攻撃を仕掛けてくるが、まだ本格的な上陸前のせいで武器弾薬は乏しく、マスケットや火砲などの武器もない。
「邪魔するなよ!」
「退け、雑兵ども!」
ひたすらな白兵戦に挑もうとするトリニティ教徒たちをジークとセラフィーネは撃破しながら、司令部に向けて着実に迫っていた。
しかし、そこで司令部と思われた天幕に動きがあった。
天幕からひとりの女性が姿を見せたのだ。
「あれは……」
「あの雰囲気はただものではないな……!」
ジークとセラフィーネはその女性からすぐさま脅威となる雰囲気を感じ取った。
「退きなさい。私が相手をします」
その女性──ヴェロニカはそう宣言した。
背中から巨大な剣を抜き、その刃をジークたちに向けるヴェロニカ。
それを受けてトリニティ教徒たちは一斉に道を開け、ジークとセラフィーネはヴェロニカと対峙する。
「名を名乗れ、カルト」
セラフィーネは朽ちた剣をヴェロニカに向けて告げる。
「私は慈悲の使徒ヴェロニカ。神の名においてあなた方を討伐しましょう」
「へえ。やれるもんならやってみな」
ジークはそう言って獰猛に笑うと“月影”の刃を構えた。
「聖剣の前に屈するといいでしょう」
ヴェロニカはそういうといくら巨大な刃でも、まだジークたちにはとても届かない位置でそれを振るった。困惑しそうになるジークたちの下で鋭い痛みが走り、鮮血が舞う。
気づけばジークもセラフィーネも深い傷を負わされていたのだ。
「これは……!」
「気を付けろ、ジーク! 空間切断だ!」
ジークが狼狽え、セラフィーネが叫ぶ。
空間切断。文字通り空間そのものを断裂させるものだ。あのヴェロニカの剣が振るわれる際に裂くのは、ただの物や人の肉体ではなく、空間である。
「気づいたところでどうしようもありませんよ」
ヴェロニカは遠方から次々に斬撃を叩き込んでくる。空間切断は防御のしようもなく、ジークは斬り刻まれ、セラフィーネも痛手を負う。
「クソ。俺が囮になるからその間に何とかして肉薄できないか!?」
「難しいだろうな。空間切断は狙って壁の向こうを切断できる。囮や盾を無視できるということだ」
「ってことは、俺が何をしても無意味ってわけかよ……」
これまでの戦いではジークが囮や盾になる戦術が有効だったが、ヴェロニカの握る聖剣という武器はそれらの戦術を無効化している。
「なら、不死身の力に頼って無理やり前進して間合いに収めるしかないな!」
ジークはそう言うとヴェロニカが空間切断を放ってくる中を強行突破する。
「愚かな。進ませはしませんよ」
ヴェロニカはそんなジークの手足を切断して力尽くで前進を遅らせる。
「ジーク。そのまま進み続けろ。私がどうにかする」
「オーケー。何か思いついたんだな?」
「ああ。思いついたぞ」
ジークが尋ねるのにセラフィーネはそう返し、彼女は朽ちた剣を構えたまま、攻撃のチャンスを窺っている様子であった。
「じゃあ、行くぜ!」
ジークは切断された足を回復させながら強引に前進。
「進ませないと言っている」
ヴェロニカはその手足を斬り落とし、ジークは何度も地面に倒れながらも、這うようにしてヴェロニカの下に向かう。
「俺は諦めが悪いのが取柄でね……! そう簡単に諦めはしないぞ……!」
ジークはそう宣言し、また再生した手足で進んでくる。
「どうかしている……」
流石のその光景に恐怖を覚えたのか、ヴェロニカが後退しようとしたときだ。彼女ははっとした顔をした。先ほどまで前方にいたはずのセラフィーネの姿が消えていたことに気づいたのである。
「後ろだ!」
ヴェロニカはすぐさまセラフィーネの居場所を当てた。空間操作によってヴェロニカの後方に出現したセラフィーネが朽ちた剣でヴェロニカに斬りかかろうとしたのを、彼女は聖剣で受け止め、鍔迫り合いを始める。
「ほう! まさかこの攻撃に気づくとはな!」
「空間が操作されたときには独特の匂いがする。刺激臭のようなものです」
セラフィーネが驚きながらも笑みを浮かべるのに、ヴェロニカはそう冷静に指摘。
「しかし、あえて仲間を囮にしてその際に回り込むとは。異端者はやることに情というものがないようですね。その冷酷さが悪魔を崇めている証拠でしょう」
ヴェロニカはそう指摘し、一度セラフィーネを弾いて鍔迫り合いをやめ、セラフィーネに向けて空間切断を放った。空間切断はセラフィーネを上半身を下半身に切断し、セラフィーネが腸をまき散らして地面に倒れる。
そして、そこにトリニティ教徒たちが押し寄せてセラフィーネを取り押さえた。
「そのまま縛り上げて海でも捨てておきなさい。不死者でもしばらくは無力化できるでしょう」
「了解です、ヴェロニカ閣下」
ヴェロニカが命じるのにトリニティ教徒たちは縄を取り出そうとしたが、その首に次々に朽ちた剣が突き刺さる。
「そうはさせん。私はまだまだ戦いたいのでな」
セラフィーネはそう言って下半身を再生させると朽ちた剣を再びヴェロニカに向けた。ヴェロニカはそれを一瞥すると、何やら考え込んだ。
「不死者の相手ほど不毛なものはないようです。ここは引かせてもらいましょう」
「何?」
ヴェロニカはそう言うとセラフィーネに背を向けて逃げた。その予想外の動きにセラフィーネは一瞬呆気に取られてしまう。
「セラフィーネ! 使徒が逃げるぞ!」
「クソ。だが、もうすぐ夜が明ける。撤退だ!」
「了解!」
ジークたちは夜の闇に紛れて逃げなければならず、ヴェロニカを追うわけにはいかなかった。仕方なく彼らは撤退し、トリニティ教徒に致命的なダメージというものは負わせることには失敗した。
だが、確実に時間だけは稼げた。
ジークたちの攻撃によってトリニティ教徒は橋頭保を立て直さなければならなくなり、そのために必要な時間は増えたのだった。
* * * *
「とりあえず攻撃はしてきたが……」
ジークたちは事の顛末を前線司令部でパウロたちに報告する。
「ふむ。空間切断を操る使徒ですか……」
ジークたちは敵の物資を焼き、橋頭保を混乱に陥れたが、空間切断を操るヴェロニカをいう使徒によって決定的なダメージを与えることは阻止されてしまった。
「何度も夜襲を繰り返せば相手はいずれ城壁に抜け穴があることに気づくでしょう。今回の攻撃の成果で満足しておくべきかもしれません」
パウロはそう慎重な意見を述べた。
「そうだな。抜け道がばれると不味いことになる。何から何まで満足できる結果じゃなかったけれど、敵の上陸はこれでさらに遅れるだろうし」
「あとは持久戦だな。トリニティ教徒の兵站が破綻するのが先か、我々が城壁の中で飢え始めるのが先か」
セラフィーネとジークはそれぞれそう述べる。
「ええ。持久戦になります。厳しい戦いになるでしょうが、何とか乗り越えなければ」
パウロもこの戦いの本質が持久戦にあることは以前から理解している。どちらが物資が切れて音を上げるまで戦いは続くのだろうと。
「では、ジークさんたちには城壁での戦いに参加してくれると助かります。敵はルーネンヴァルトの城壁を超えようとしてくるはず。それを阻止しなければなりません」
「了解だ。何とか守り抜こう」
ジークたちはこうして城壁の戦いに参加することになった。
そこで砲声が聞こえ、前線司令部が揺れる。
「何が起きた!」
「確認中!」
前線司令部にいた傭兵の指揮官が叫び、彼らの部下が確認に走った。
「沖合から砲艦が再び砲撃を始めた模様! 正面以外の城壁が砲撃を受けています!」
それから報告が入る。
トリニティ教徒の艦隊は魔法学園の実験兵器が待ち受ける正面に接近するのを避け、ルーネンヴァルトの周囲の城壁を砲撃しているようであった。その狙いは突破というよりも、城壁を崩壊させ、市街地を砲撃することで市民にダメージを与えるため。
つまりは戦略爆撃のようなものだ。
「魔法学園の実験兵器は正面から動かせないのか?」
「まず防がなければならないのは、正面からの突破です。そのためには魔法学園の実験兵器は動かせません……」
「では、市民を頑丈な建物に避難させようぜ。そうしないと不味いぞ」
「ええ。すぐに避難命令を出しましょう」
ジークが言い、パウロが応じる。
パウロたち憲兵は市民への避難命令を出し、市民は神々の神殿など頑丈な建物の地下に隠れるように求められた。
その間にもトリニティ教徒の艦隊からの砲撃は続き、西の壁が集中砲火を受けて崩れ始めていた。
西の壁が崩壊し、砲弾が市街地に届くようになれば繁華街も崩壊してしまうだろう。ジークたちが飲み明かしたあの酒場なども被害を受けることになる。
戦争とはまさに日常の破壊なのだ。
* * * *
トリニティ教徒の砲艦の1隻にヴェロニカは戻ってきていた。
「噂の勇者ジークと魔女セラフィーネか。相手は強力だったか、ヴェロニカ?」
昨日のことを尋ねるのは司令官のルキウスだ。
「ええ。とても強力でしたね。このまま連中を無力化できなければ、我々の出す損害は増えるでしょう。最悪、ルーネンヴァルトを攻略できない可能性もあります」
「ふうむ。不死者の無力化というのは厄介なことだぞ」
「分かっていますが、現実問題として必要です」
ルキウスが険しい表情を浮かべるのにヴェロニカはそう指摘。
「分かった。では、私もそれなりに手を打つとしよう。方法がないわけではない。昨日の戦闘でもかなりの死傷者が出ている。それが我々の力になることだろう」
死傷者が力になると、確かにルキウスはそう言った。
しかし、それはどういう意味なのだろうか?
「それから計算したところ、このまま順調に物事が進んだとしても我々は10日以内に物資切れに陥る。それを補う方法も今のところはない」
「10日ですか……。厳しい戦いになりそうですね」
「ああ。時間との勝負だ。そろそろ正面からも仕掛けるぞ」
ルキウスたちを乗せた砲艦はルーネンヴァルトを砲撃していたが、一方の地上部隊はルーネンヴァルトの門を攻撃するための準備を着実に進めていた。
攻城兵器として攻城砲や破城槌が準備され、いつでも侵攻軍はルーネンヴァルトの正門を攻撃できるようになったのだ。
そして、そこにルキウスからの攻撃命令が下る。
「攻撃開始だ、諸君! 神のために!」
「神のために!」
盾を構えた歩兵が進み、破城槌が進み、攻城砲に砲弾が装填される。
「撃てぇ!」
そして、攻城砲が城門を砲撃し始めた。
城壁が砲撃される中でルーネンヴァルト防衛軍は投石機や火砲で攻城砲への反撃を試みる。油樽に火をつけたものが投石機で放り投げられて攻城砲陣地を攻撃し、その攻撃によって火薬が引火した陣地は爆発と炎に包まれる。
しかし、そちらを叩くのに懸命なあまりルーネンヴァルト防衛軍は破城槌を持った歩兵集団の接近を許してしまった。
「叩き壊せ!」
破城槌が激しい音を響かせながら城門を叩き、ルーネンヴァルトの城門が揺れる。
そんな侵攻軍部隊に向けて熱した油やお湯がかけられ、炎が放たれる。破城槌が炎上し、歩兵が構える盾が炎上し、侵攻軍歩兵部隊から悲鳴が響く。
しかし、侵攻軍も一方的にやられてばかりではなく、クロスボウやマスケットの射撃で城壁の上にいる敵を撃ち抜き、撃ち抜かれた死体が城壁の下に向けて落下していく。
攻城戦は攻める方も、守る方も地獄の戦いだ。
それでもトリニティ教徒の士気は高く、彼らは攻撃の手を緩めずに攻撃を続けてきた。城門は激しく攻撃され、突破されそうになるが、ここで魔法学園のもうひとつの実験兵器が火を噴く。
それは迫撃砲のような形をした武器で弾道計算を行う魔法使いと射撃を担当する魔法使いたちによってチームが編成されていた。
「射撃準備よし!」
「よーし。撃て!」
ポンと空気の抜けるような音が響き、砲弾の代わりに撃ち上げられたのは魔法だ。それは迫撃砲のような曲線を描いて城壁を超えると破城槌の方に着弾した。
破城槌が爆発して吹き飛び、周辺の歩兵もばらばらになって血の海に沈む。
破城槌は完全に破壊されてしまい、トリニティ教徒たちは今回の攻撃は失敗だと判断して引いていく。
ルーネンヴァルト防衛軍は最初の攻撃を退けたのであった。
このことは砲艦の上に司令部を置いているルキウスとヴェロニカは報告される。
「第1次攻撃は失敗したそうだ」
「次の攻撃はいつ?」
「3時間後だ」
ルキウスが宣言したように3時間後にはすぐに次の攻撃が再開された。
トリニティ教徒たちはルーネンヴァルト防衛軍に休む暇を与えないために攻撃を連続して繰り返した。数だけは多いトリニティ教徒たちの物量に任せた攻撃は、ルーネンヴァルトにとって脅威だ。
「徹底した連続攻撃で相手を疲弊させる。それが必要だ」
ルキウスがそう語る中、砲艦はルーネンヴァルトを依然として砲撃している……。
……………………




