ルーネンヴァルト防衛
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──ルーネンヴァルト防衛
トリニティ教徒たちは輸送艦からボートなどを使ってルーネンヴァルトへと上陸してきた。入り江の入口には船が沈んでおり、桟橋なども破壊された港だった場所への上陸には時間を要した。
しかし、トリニティ教徒たちには時間的制約がある。
「異端者どもめ。面倒なことをしてくれたものだ」
砲艦の上から破壊された港を見て、侵攻軍の司令官ルキウスがそう呟く。
「軍の揚陸は遅れそうですね」
ルキウスの隣で副司令官のヴェロニカが港の被害状況を見渡してそう言った。
輸送艦は着岸できず、沖からボートで揚陸しているが、これだと万を超える侵攻軍の揚陸には数日かかるだろう。
「我々の兵站には限りがある。時間をかけるわけにはいかんのだがな」
ルキウスの懸念は兵站だ。
パウロたちも分析していたように海上の孤島であるルーネンヴァルトへの侵攻は兵站の上で大きな問題を抱える。
ルキウスは輸送船団のひとつに大量の物資を搭載して運んできたが、それでも物資は有限である。無から食料や武器弾薬はわいてこない。
時間の経過は限りある物資の消費を意味し、タイムリミットが近づくのだ。それゆえに揚陸の遅れは苛立たしいことであった。
もちろん、パウロたちもそれを理解しているから、このような破壊行為を行い、トリニティ教徒たちへの妨害工作に出たのだ。そして、その妨害工作は有効であった。司令官であるルキウスがこの状況に怒りを覚えるほどに有効だ。
時間をかけていては物資が持たない。だが、時間をかけなければ港が封じられている今の状況において揚陸は難しい。まずは安全な橋頭保を確保し、そこに兵力を揚陸することが必要なのだ。
「ヴェロニカ。ルーネンヴァルトを落とすのに必要な時間はどれほどだと思う?」
「そうですね。一般的な攻城戦なら数週間でしょう」
「我々トリニティ教徒ならば?」
「戦意ある勇敢な我々の兵でも城壁を飛んでは超えられません」
楽観的な答えを欲しているようなルキウスにヴェロニカは首を横に振った。
「だが、我々には信仰心がある。それに火砲もな」
ルキウスはそう言って健在な砲艦を眺める。大量の火砲を搭載した砲艦はその側面をルーネンヴァルトの方に向けて砲撃準備を始めていた。
「火砲によって城壁が崩せれば早期決着も望めるかもしれませんね」
「そうであると願いたい。カールハーフェンに向かった艦艇も、カールハーフェンの港湾設備が破壊されているのを確認した。徹底して我々の兵站を妨害することで勝利するつもりのようだぞ、敵は」
パウロたちの狙いはそれだ。数で劣るルーネンヴァルト防衛軍はトリニティ教徒が兵站面で破綻をきたし、敗北することを狙っている。
「それは防がねばなりませんね。早期決着を目指さなければ。ですが、ルキウス閣下。あなたのお力があれば物資が切れようと戦い続けることは可能でしょう?」
ヴェロニカはそう言ってルキウスの方を見るとルキウスは小さく笑った。
「ふん。だからこそ私がこの戦いに選ばれたと言えるだろうな」
しかし、そのルキウスの力というものがどのようなものかをルキウスもヴェロニカも語らなかった。
「さあ、ルーネンヴァルトを落とし、悪魔に支配された街を浄化するぞ。揚陸を急げ。1日でも早く上陸を完了させるんだ。そして異端者どもを焼き払う」
「了解。手配しましょう」
トリニティ教徒の軍勢は遅くはあるが確実な上陸を進め、ルーネンヴァルトに数万のトリニティ教徒たちが上陸してきたのだった。
* * * *
ルーネンヴァルトの城壁からジークたちはトリニティ教徒たちの侵攻軍を見ていた。
「すげえ数だな……。あれが全部敵か……」
上陸したトリニティ教徒たちは天幕を張り、ルーネンヴァルトの正面に展開している。その天幕の数も兵士の数も膨大だ。
「戦い甲斐がありそうだな」
「勘弁してくれよ。沖合には砲艦も停泊してるしさ。あれが砲撃して来たら不味いぜ」
セラフィーネはにやりと笑ってそう言い、ジークは渋い表情で沖合の砲艦を見る。
この時代、火砲の射程は伸び続けている。ジークは艦載砲の射程を知らないが、砲艦が火砲を搭載した側面をルーネンヴァルトに向けているということは、彼らがルーネンヴァルトを照準していることを意味するだろう。
「確かにあの砲艦を叩かなければなりませんね……」
城壁の上にはパウロもおり、彼は単眼鏡で沖合の砲艦を見ていた。
「こちらの火砲はあそこまで届くのか?」
「通常の火砲では無理です。ですが、例の魔法学園の実験兵器ならば、もしかしたら」
「ふむ。どういうものなのだ?」
「砲弾を魔力によって飛翔させるものと、魔法そのものを砲弾の代わりに飛ばすものの2種類の実験兵器があります。射程が長いのは前者だそうです」
セラフィーネの問いにパウロがそう説明。
「なら、早速ぶっぱなとうぜ。あそこにいる砲艦が砲撃してくる前に」
「今、調整中です。まもなく終わるとは言っていましたが……」
問題の実験兵器は魔法学園からやってきた技術者が囲んでいる。外見は普通の火砲より大きい程度しか違いはないが、これが実験兵器なのだ。
「準備はどうだい?」
「ようやく撃てるようになりましたよ。ルーネンヴァルトを守るためにこれを使うことになるとは思いませんでしたが……」
ジークがそんな魔法使いの一団に話しかけるのに彼らは緊張した様子でそういう。
魔法使いたちは火砲の調整を済ませており、沖合に砲艦を砲撃する準備を整えていたが、まだ本当に砲撃が砲艦に命中するのかは分からない。
「頼むぜ。あれだけの砲艦に砲撃されたこの城壁も持たないからな」
「責任重大ですね……」
ジークの言葉で魔法使いたちはさらに険しい表情を浮かべた。
「弱音を吐くな。我々の研究が正しければ確実にあそこまでは届く!」
魔法使いの中でも老齢の人間がそう他の魔法使いたちを励まし、彼らは射撃準備を進めていく。狙いが沖合の砲艦に定められ、砲弾が装填された。
「理論上は10発までは射撃に砲身が耐えられるはずだ。よく狙えば敵の砲艦を全て撃沈することが可能である。さあ、ルーネンヴァルトのために!」
「ルーネンヴァルトのために!」
そして、狙いが慎重に沖合の砲艦を捉え、砲声が響いた。
魔法によって放たれた砲弾はすさまじい初速で放たれ、そのままトリニティ教徒艦隊の砲艦に命中した。砲弾の命中によってルーネンヴァルトを砲撃するために準備していた砲艦の弾薬が爆発。砲艦が炎に包まれる。
「やったぞ! 命中した!」
「続けて撃て!」
しかし、トリニティ教徒艦隊はルーネンヴァルトからの砲撃に気づいたのか、ルーネンヴァルトに向けての砲撃を開始した。
砲艦に搭載されている火砲はルーネンヴァルトの城壁まで届き、ルーネンヴァルトの城壁に損害を与えた。ジークたちがいる城壁も砲弾が命中し、城壁が揺れるのにジークたちが思わず伏せる。
「クソ。やはり届くか!」
「撃ち返せ!」
ジークは渋い表情でそう言い、実験兵器を操る魔法使いたちには次弾を放つ。
だが、幸運は何度も続かない。次の砲弾は砲艦に命中せず、海に落ちた。水面に水柱が浮かび、砲艦が反撃するように再度砲撃してきた。
城壁に砲弾が叩き込まれ、城壁の一部が損壊。やはり城壁は激しく揺れる。
「ひいいっ!」
「や、やはり無茶があったのでは!?」
ルーネンヴァルトの多くの魔法使いたちにとってこのような戦いは初めてだ。彼らは実験兵器をいきなり実戦に持ち出したことを後悔しつつあった。
「怯むなと言っている! 怯まず撃ち続けろ!」
しかし、年配の魔法使いが檄を飛ばし、実験兵器による攻撃は続けられた。
3発の目の砲弾は見事に敵砲艦を捉えて撃破。再び砲艦が爆発炎上する。
「はははっ! いいぞ! 見たか、カルトどもめ!」
「次弾装填!」
実験兵器は次弾を装填し、砲撃。3隻目の砲艦が被弾して爆発し、そのまま海中へと沈んでいく。
ここでトリニティ教徒たちの艦隊はこのままでは割の合わない戦いになると踏んだのか、撤退を開始。沖に向けて進み、実験兵器の射程外に逃れた。
「む。あやつら逃げよったぞ」
「十分だよ。相手が砲撃しなくなればそれだけでこっちが有利になる」
年配の魔法使いが残念がるのにジークはそう言った。
ルーネンヴァルトの城壁はまだ崩壊していない。砲艦による砲撃が中止された今、トリニティ教徒がこれを攻略するには彼らが血で道を作るしかなくなった。
「さあて、これから相手がどう出てくるかだよな……」
「以前の戦いを見れば連中が損害を恐れないのは明白だ。狂信者たちは自分たちの屍を山のように積み上げても進んでくるだろう」
「ぞっとするぜ」
ジークたちは城門が突破されるか、夜間の切り込みまでやるべきことはないため、パウロととともに一度城壁から降りた。それからジークたちは銃壁のそばで前線司令部になっている倉庫に入った。酒などを貯蔵していた頑丈な倉庫で火災にも強いため、司令部に選ばれた場所だ。
「敵はまだ前進していない。揚陸そのものが完全に終わっていないのかもしれません」
「敵の橋頭保は脆弱なはずだ。今からでも斬り込むか?」
パウロが戦況を告げるのにセラフィーネがそう提案した。
「いえ。今はまだ城壁に抜け道があることを敵に悟られたくありません。斬り込むとしてもこちらを追うことが難しくなる夜間です」
城壁の抜け道は今のところ、最大の機密情報だ。ここを敵に利用されると戦況はきわめて厳しいものになってしまう。
「では、夜になるまで待機ってことでいいか?」
「はい。今は英気を養っておいてください」
「了解だ」
ジークはパウロの言葉に頷き、前線司令部に設けられた仮眠室に向かう。セラフィーネもそれに続き、仮眠室に向かった。
「まさかルーネンヴァルトまでカルトの攻撃を受けるとは思わなかったぜ」
その途中でジークはそうぼやく。
「確かにな。しかし、やつらの目的は何だ? どうして攻略が難しいルーネンヴァルトを選んだ?」
「それはルーネンヴァルがヘカテの寵愛を受けているから?」
「神々の寵愛ならヴェスタークヴェルも受けている。ここだけが特別というわけではない。それなのにやつらは真っすぐここに向かってきたそうではないか」
「ふむ……。そうだな……。確かにその点は妙だな?」
どうしてトリニティ教徒たちはルーネンヴァルトを攻撃目標に選んだのか。ルーネンヴァルトを攻略することに彼らにとって何の利益があるのか。
「しかし、今それについて考えてもしょうがないぜ。何が目的であるにせよ、相手と対話してどうこうってのは無理だからな。相手は狂ったカルトだ」
「それは分かっている。だが、やつらにとってルーネンヴァルトが絶対に攻略しなければいけない場所となると、攻撃は必ず激しいぞ」
「憂鬱だな……」
それからジークたちは夜まで休むことになった。
ルーネンヴァルトの正面にはトリニティ教徒たちが続々と上陸を続けている。
* * * *
トリニティ教徒の侵攻軍はまだ攻撃態勢を整えていなかった。
やはり港湾施設の壊滅が打撃となり、彼らは上陸するのに時間がかかっていたのだ。報告によれば上陸には4日から7日程度かかるだろうということであった。
しかも、相手が上陸中のところをルーネンヴァルト側が黙ってみているはずもない。
ルーネンヴァルト防衛軍は投石機などでトリニティ教徒の橋頭保を攻撃し始めた。
石材をかき集め、ルーネンヴァルト防衛軍は投石機に乗せて放つ。投石機の攻撃は遅れているトリニティ教徒の上陸作戦をさらに遅延させた。
さらにときおり油樽に火をつけて放つなどしてルーネンヴァルト防衛軍はトリニティ教徒の数を減らしていく。炎に包まれたトリニティ教徒たちが叫ぶ声は城壁の方まで聞こえてくるほどであった。
橋頭保というのは本来脆いものだ。トリニティ教徒たちの中にいる元陸軍将校たちはそれを理解していた。橋頭保を確保している最中の軍は機動力が失われ、防御力もほとんどない状態の軍隊であり、とても脆弱である。
それゆえに軍では強襲上陸より奇襲上陸を好むのだが、今回は選択肢がほとんどない海上の都市への上陸だった。
トリニティ教徒は血をもってして橋頭保を確保することになり、彼らの流した血はルーネンヴァルトの海を赤黒く染めつつあった。
そして、夜になってトリニティ教徒たちが篝火を炊く中、ジークたちが奇襲に向けて動いていた。脆弱な橋頭保に夜間に斬り込み、敵を攪乱しようという作戦である。
「こっちです」
案内する憲兵に続いてジークたちは地下下水道を進む。
地下下水道の出口が城壁の外に続いているということは事実だった。
「おお。本当に城壁の外に出れたぜ……」
ジークたちは月の光だけが照らす夜に、ルーネンヴァルトの城壁の外に出た。出口は崖になっている場所にあり、そこからは僅かな陸地と海だけが見える。その海は黒く、月明りが僅かに反射しているのみだ。
「行くぞ、ジーク。斬り込んで攪乱する」
「ああ。相手はまだ上陸中だ。それをぶっ潰してやろう」
この作戦は危険すぎるため参加するのはセラフィーネとジークだけ。それでも彼らならば絶大な戦果を上げられることだろう。
ジークとセラフィーネは崖を城壁に沿って進み、ルーネンヴァルトの正面を目指す。ルーネンヴァルトの正面の方には無数の明かりが見えた。トリニティ教徒たちの炊いている篝火だ。
「静かにいくぞ。見つからないように」
ジークたちは可能な限り最初は奇襲するために静かに闇夜を進んだ。
またしてもジークたちに都合がいいことに、長い船旅でトリニティ教徒たちは疲弊していた。それに加えて投石機の攻撃を受けており、彼らの疲労は極限に達していたのだ。そのためその警戒はおろそかであった。
それによってジークたちは見つかることなくトリニティ教徒の橋頭保に達した。
「ここからは暴れに暴れまわって撤退だ。いいな?」
「ああ。任せておけ。いつでも始められる」
「では、レッツゴー!」
ジークたちは闇夜の中からトリニティ教徒たちに襲い掛かった。
最初に犠牲になったトリニティ教徒は半分居眠りをしていた人間でジークの“月影”がその首を刈り取った。その吹き上げた鮮血を浴びた他の仲間が攻撃に気づくが、セラフィーネが投射した朽ちた剣がトリニティ教徒たちを屠る。
「な、なんだ!?」
「悲鳴が聞こえた!」
響いた悲鳴で他のトリニティ教徒たちが集まってくる。クロスボウや矢で武装したトリニティ教徒たちが、何十人という数でジークたちの下に押し寄せてきた。
「派手にやるぜ! おらおらおら!」
「敵を引っ掻き回せ!」
ジークは篝火を蹴り倒してテントに火をつけ、セラフィーネは朽ちた剣を上空から降り注がせる。
流血の夜は始まったばかりだ。
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